第8話 鉄の運び人

 くもりない太陽の日差しに目をすぼめて、メアリーはため息をついた。


 できれば雨か曇りがよかった。仕事の日に晴れているとうまくいかない。そんなジンクスをメアリーは信じていた。


 大通りをしばらく歩いてから、メアリーは路地裏に入る。人通りはない。大通りの喧騒が遠くに響く。ただようのは生ごみの臭い。メアリーは鼻をすすりつつ、木箱の上に腰掛けた。


 しばらく待つと、男がやってくる。男はメアリーをちらりと確認するとそのまま前を通り過ぎる。メアリーと同じくゴミ拾いの恰好をしていた。路地裏を歩くには最もふさわしい。とはいっても、この男、トカゲはいつも違う恰好をしているので判別に困るのだけど。


 トカゲが通り過ぎた後、また待つ。焦らないことが寛容。品物の受け渡しは、とにかく自然に動くのが大事。ただのゴミ拾いがごとく、メアリーはのそりと立ち上がって歩き出す。


 木箱の横に置かれた紙袋。大きな取引ということだったが、思ったよりも小さい。宝石か何かだろうか。何にせよ、小さい方が運びやすい。


 メアリーは籠に品物を入れて、そのまま反対の路地に出た。仕事の準備はできている。このままクローヴィアに向かってしまえる。膝の調子もいい。むしろ今度は、左の義足の性能が良すぎて右とバランスがとれていない。この仕事で慣らしていくしかないかと、メアリーはとんとんと軽く跳ねた。


 

「やぁ、また会ったね」


「げっ」



 大通りから一本抜けた人通りの少ない路地。こんなところで話しかけてくる奴は、物乞いか薬物中毒者に違いない。だが、メアリーに話しかけてきた者はまったくもって異なってこぎれいな恰好をしていた。その大きな眼鏡と似合っていないハンチング帽子には見覚えがある。


 ウィリアムと名乗った優男。


 一か八か、メアリーは知らない人のふりをして、通り過ぎようとする。だが、彼にポンと肩を叩かれ止められた。



「メアリー、昨日ぶりだね」


「二度と来んなって言ったよな?」


「ここは貧民街じゃないよ」


「会いたくねぇんだよ。空気読めねぇのか、市民様は?」


「そういえば君の言っていた道化師、みつからなかったよ。酔っぱらった人形師ならいたんだけど」


「せめて話聞けよ。ぶん殴るぞ」


「あ、そうだ。代わりに苦瓜の味がするワッフル屋をみつけたんだけど君知っている?」


「食ったことないど知ってるよ。今流行ってんの。てか、どうでもいい。はぁ、わるいがあたしは今、仕事中だ。ほっといてくれ」


「そうか、わるいね。じゃ、最後に一つだけ」


「もう応えない」


「その荷物を譲ってくれないか? 鉄の運び屋ブリックウォーカー


「……!?」



 メアリーは動かなかった。動かないように努めた。ウィリアムが確信しているかはわからない。手あたり次第にカマをかけているのだとしたら、動揺を誘っている。



「あたしは鉄なんて持ってないぜ」


「別に鉄を運ぶって意味じゃなかった。そもそも通称だからね。気にしてもしょうがないかと思っていたんだけど、それがそうでもなかった」


 

 義体持ち《ブリキ》、とウィリアムは続ける。



「ここでは義体持ちのことをそう呼ぶらしいね。実際に継填装パッチワークは鉄で造られているわけではないから、この言い方は間違いなんだけど。まぁ、それはいいとして、この呼び方の一致は無視できない。つまり、鉄の運び屋とは義体持ちのことなんじゃないかという仮説が立つ」


「飛躍しているな。そいつは仮説じゃない、妄想だ。だいたい義体持ちなんかに仕事を任せる物好きはこの町にはいないよ」


「だろうね。ただ、山脈を越えられる唯一無二の存在であれば話は変わる」


「そこは渡れないんだろ。昨日あんたが言ったんだ」


「そう、普通の人には渡れない。だけど、義体持ちなら通れる道がある」



 坑道だよ、とウィリアムは笑った。



「坑道には有毒ガスが溜まっているんだろ? 義体持ちといっても人間だぞ」


「よく覚えているね」


「バカにすんな。昨日聞いた話だ」


「それが通れるんだよ。ある特殊な義体持ちならば」


「特殊?」


「心肺機能を継填装に置き換えている義体持ちだよ。呼吸をしなければ有毒ガスは問題にならない」


「……」


「理論上はそうだ。けれども、心肺機能を継填装に置き換えて生きているような義体持ちはそういない。いたとしても付加が大き過ぎてまともに動けやしない。普通はね。だから誰も考えない。だけど、もしもいたとしたら。そいつこそが鉄の運び人だ」



 ウィリアムはメアリーの右目をみつめる。



「部品屋は口がかるいね。特徴を伝えたら君のことを教えてくれたよ。義体持ちだと聞いていたけれど、いったいどれだけ身体を入れ替えたんだい? いや、逆に?」


「あのクソ野郎……!」



 次に会ったら絶対にぶっ殺してやる!


 メアリーは苛々と地面をつま先で叩き、ハッと気づいてやめる。顔に出さなくても態度に出てしまっては意味がない。



「まぁ、今のは後付けで、本当は君に会ったときに怪しいと思ったんだけどね」


「は?」


「君が運び屋なのに鉄の運び人を知らないと言ったからさ」


「あたしは運び屋だなんて言わなかったぞ」


「君のコートからジャスミンの香りがした」


「?」


「運び屋が取り扱う商品でいちばん多いのがジャムと呼ばれるドラッグ。これはジャスミン香とよく似た匂いがする。この町でジャスミン香を漂わせているのは使用者か売人か。君は使っている様子はないから売人の方だけど、義体持ちが売人になれるわけないから運び屋が妥当」


「……、あんた、頭ん中どうなってんだ?」


「さぁ、周りからはカカシだと言われているから何も詰まっていないんじゃないかな」



 こいつがカカシならあたしはわらか鉄クズだとメアリーは自虐しつつ、残っている脳みそを回転させる。ジャスミン香? たったそれだけで運び屋と結びつけるだなんて信じられない。坑道ルートだって今までバレたことはなかった。こんな変人にあばかれるなんて。



「なぜ、それをあたしに教える? まだあたしって確信がないからじゃないのか?」


「ん? いや、確信があろうがなかろうが君は捕まえるつもりだったよ。君にわざわざ謎解きしたのは、せっかくひらめいたから披露したかっただけ」


「……」



 こいつ、やっぱりただのカカシかも。


 おそらくウィリアムの話に嘘はない。この会話はほとんど余興だろう。周囲にいくつも気配がある。ここの住人ではない。おそらくウィリアムと同じ兵士達。露店にいた兵士も仲間だったのだろうか。そこでメアリーは当然の疑問に至る。



「あんたら、いったい、何を探している?」

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