第7話 花壇と愛の詩
「……知らない」
「聞いたこともないかい?」
「知らないものは知らない。ただ相当な巨漢だってことはわかるな」
「どうして?」
「鉄を運ぶんだろ。そんな奴はマッチョな大男だ」
「なるほど、参考にするよ」
「何でそんなの探しているんだ?」
「気になるかい?」
「別に。言いたくないんならいい」
「優秀な運び屋だそうだよ、
「別にそっちの説明を聞きたいわけじゃ」
「スペードランド領とクローヴィア領の間にはハボテ山脈があるから、輸出ルートは限られる。正規のルートは警備兵の目を
「つまり無理ってことね」
「そう。だけど、鉄の運び屋は魔女のように二つの領を行き来して密輸を繰り返しているらしい」
「言っていることが矛盾している。嘘なんじゃねぇか、その噂?」
「さてね。それを調べているってところかな」
「そんな噂を調べるなんて暇なのか?」
「いろいろ事情があるんだよ」
ウィリアムは理由のところをはぐらかした。おしゃべりだというのに意外と口が堅い男である。あんまり
「ところで何が咲くの?」
「は?」
「その花壇に咲く花だよ。さっきから気になっていたんだ」
話の振り方が下手な奴だ。市民は皆こうなのだろうか。メアリーは面倒そうに答える。
「白い花だよ」
「ジャスミンかな?」
「違うな。あんな匂いじゃなかった」
「じゃ、ヒヤシンス?」
「さぁ。名前なんて知らないよ。花は花だろ」
「いつ頃咲くの?」
「夏頃だったかな。あんまり咲かないから忘れちまったよ。じいさんが生きていたときはよく咲いたんだけど」
「そう」
ウィリアムは土を手に取り、首を傾げた。花に異様に詳しいが花屋でもしているのだろうか。確かに花が似合う容姿はしているけれど。
そこで、メアリーは一つ思い出す。
「そうだ。あんたの与太話につきあったんだから、こっちの頼みも聞いてよ」
「いいよ。俺にできることなら」
「この絵の裏に書かれている字を読んでほしいの。市民なら字を読めるだろ」
「カミシラの絵の写しかな? よく描けているね。これをどこで?」
「……拾ったんだよ」
「ふーん。まぁ、詳しくは聞かないよ」
メアリーが布切れを手渡すと、ウィリアムはぐっと広げて掲げた。別に特別知りたいわけでもない。ただ、ちょうど市民がいるのだから使わないのはもったいない、とそんな貧乏根性が
「死しても我が心は君と共に」
「?」
「有名な詩の一説だよ。戦争に行く兵士が愛する女性に向けて書いた愛の詩。きっと恋人へのプレゼントだったんじゃないかな」
「意味がわかんない」
「死んでも君のことを愛しているっていう意味だよ。そのくらい好きだって言いたいんだ。きれいな詩じゃないか。俺は好きだよ」
「愛ねぇ」
「君には好きな人はいないのかい?」
「その感情がわからないね」
「それは残念だ。美人なのにもったいない」
「バカにしてんの?」
「本心だよ」
「……あたしは義体持ちだぞ」
「恋をするのは自由さ」
「時間の無駄だろ。叶うはずがない」
「叶うかどうかは問題じゃない。恋とはいつの間にか落ちているものだからね」
「ハハ、大通りの端で道化師が似たようなことを言っていたよ。あんたも才能があるんじゃないの?」
「それはぜひ見てみたいね。帰りに探してみよう」
ウィリアムを言い負かすのは無理だとメアリーは諦めた。だけれども、やめておけばいいのに、胸につっかえた言葉がぽろりとこぼれ出た。
「それに、人は死んだらいなくなる。一緒にはいられない」
「心は残るよ。お墓だったり、写真だったり、遺品だったり、いろんな形になって残るものさ。君のおじいさんだってそうだろ?」
無意識にメアリーは花壇に目を向ける。そこには土しかないのだけれども、なぜか花壇の話をしているかのような錯覚があった。
「墓なんてないよ、ここにはね。燃やされて埋められるだけ。だから何も残らない。あんたの話は嘘ばっかりだね」
「そうかな。そうかもね」
ふふ、とおかしそうに笑ってウィリアムはメアリーに背中を向けた。
「そろそろ行くよ。お邪魔したね」
「まったくだ。もう二度と来るな」
「次は花が咲く頃に来るよ」
「……ちっ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます