第6話 貧民街での邂逅
「ここにはまだ青桜が残っているんだね」
場違いに気の抜けたことを言って、その優男は
家の前に誰かいる。そう気づいたのは、彼が目立つ恰好をしていたからだ。白いシャツにカーキ色のチノパン、皮の靴。サクラタウンのどこにでもいそうな青年の服装といえる。しかし、ここは
「青桜はすべて撤去したと聞いたんだけど。ここには手がまわらなかったのか」
彼はこちらの反応を気にするふうもなく語り続ける。メアリーに返答を求めているのか、ただの独り言なのか定かではない。独り言だとしたら相当変な奴だ。あまり関わりたくない。
「前に見たのはいつだったかな。本当にいつも思うんだけど、ただ見るだけならばきれいなものだね」
背は高く、ずいぶんきれいな顔立ちをしていた。ただ、ハンチング帽と大きな眼鏡はあまり似合っていない。それでも、メアリーは目を奪われた。なぜだろう。
「君はどう思う?」
こちらを向かれてメアリーは身構える。敵意があるようには見えないけれど、いったい何が目的だ? 計りかねてメアリーは眉間にぎゅっとしわを寄せた。
「足、
「ん?」
「足だよ、足。そこは花壇だ」
「おっと、失礼」
彼は足を避ける。花壇といってもそこには土しかない。
ぎろりと彼を睨みつけてから、メアリーはこれ見よがしに花壇に水をやった。
「あんたもシティから来たのか?」
「どうして市民だと?」
「青桜をきれいだなんて言う奴はここにはいねぇよ」
「あぁ、そうか。ここには被災者が多いんだったね。もしかして君もかい?」
「見てわかんねぇか?」
メアリーは前髪をかきあげる。そこで彼は澄ました顔を一瞬崩した。正直な反応だと思う。彼が見たものは青桜と同じ色の青。額から右目にかけて地割れのような痕が刻まれていた。傷ではない。青色結晶。生物にはない硬質感が痛々しいと、彼の顔に書いてあった。
5年前に起きた災害。突如、世界中の結晶石が暴走して、様々なものを破壊し、そして結晶化させた。彼がきれいと表現した青色結晶柱はその名残。この結晶化に巻き込まれた者は、その身体の一部を失った。たとえばメアリーのように。
「その右目、見えているの?」
「あんたには関係ない」
メアリーはさっと髪を下ろす。右目は義眼。なので肉眼よりもよく見える。ただ耐久性が低く、すぐに使えなくなるので日頃はオフにしてあるのだけど。メアリーは左目の方を彼に向ける。
「ここで何をしている?」
「別に何も。しいて言えば観光かな」
「ふざけてんのか?」
「嘘はついていないんだけどな。一応探しものをしていたんだけど煮詰まっちゃってね。それで気分転換に歩いていたんだ」
「能天気な奴だな。メインストリートならいざ知らず、こんなところ歩いていて殺されても文句言えねぇぞ」
「そうかな。初対面の俺のことを心配してくれる君を見ていると、そうでもない気がするけど」
「ちっ」
バケツをどんと乱暴において、メアリーは調子のわるい義足をカチカチと不連続に鳴らした。
「用がねぇんならさっさと出てけ。ここは貧民街。市民様のうろついていい場所じゃねぇんだよ」
「ウィリアム」
「は?」
「名前だよ。自己紹介がまだだだっただろ。君は?」
「話聞いてなかったのか? あたしは出てけって言ってんだ」
「デテケさん? ユニークな名前だね」
「……」
「冗談だよ」
「市民のジョークはつまねぇんだな」
「君が素直に名乗らないからだろ」
「……はぁ。メアリーだ」
「メアリーか。いい名前じゃないか」
メアリーは苛々しつつも対応を決めかねていた。ウィリアムと名乗ったふざけた男。市民というだけでむかつくし、身ぐるみ剥がしてサクラタウンのゴミ箱に捨ててきたいところだが、それができない。
おそらくこの男、兵士である。
見た目ひょろっちいかんじであるが、対峙してから今にいたるまで一瞬でも勝てるというイメージが湧かない。腹は立つが、できれば荒事は避けたいとメアリーの直感が告げていた。
それにしても今日はどうしてこんなに兵士がいるんだ? 戦争でもおっ始める気だろうか。いや、だとしたら兵服で来るはず。サクラタウンへの旅行が流行っているのか?
「そうだ、メアリー」
「うっせぇな。もう別にいていいから、あたしに話しかけんな」
「わるいけど協力してほしいな。ここに来てまともに話ができたのが君だけなんだ」
だろうな。
こんな得体の知れない奴と関わりたくない。無視するか、金欲しさに襲いかかるか。襲いかかった奴がいたとして、彼が平然としているのだからどうなったかは自明だ。
ウィリアムは、メアリーの相槌を待たずに尋ねた。
「
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