第4話 救護用部屋にて

気付くと何かフカフカした、場所に寝かされていた。




天井は木か何かで出来ているようだ。詳細は分からない。




ここはどこだ?




誰かが運んでくれたのだろう。体には違う服が着させられている。全身にあったはずの血が綺麗に無くなっていた。洗ってくれたのか。




上体を起こし、自分の体をまじまじと観察する。小さな手、小さい体。細い腕に足。貧弱な胸。サッと自分の下部を見る。男の子だった。




髪の毛は茶色。耳は獣のではなく、エルフのでもない。人間のそれだ。




肌の色は、こんがり焼けた茶色。けども、服に当たっていた胸や腹の部分が白色に近いクリーム色なので、これが元の色なのだろう。黒くも青くもないので、魔族でもなさそうだ。




後頭部を触ると、昨日の傷跡が感じられる。傷自体は塞がっているが、爪痕の部分には、髪の毛が無くなっていた。髪の毛までは再生できないしな。




手足をよく見ると、擦り傷、切り傷だらけだった。足の裏からも痛みを感じる。どうやら、必死であの狼から逃げたんだろう。あの爪からの一撃と大量の出血量と、襲われる恐怖心でショック死したんだろう。可哀想な子供だ。おそらく年齢は8歳から10歳ぐらいだろうか。




「おーい、ネロ、大丈夫か?」




横に視線を送ると、1人の年配の男性が入口にかかっていた皮のカーテンを手で開けて、家の中に入ってきた。




「おい、ネロ。大丈夫か?おーい。お前だよ。ネロ。分かってるのか?聞こえてるかー?おーい。」




と、何度も呼びかけてきたので、自分のことだとやっと理解した。




そうか、この少年のことは、ネロというのか。




と分かった瞬間に、体に刻まれた、ネロ本人の記憶が、私の魂に流れ込んできた。


ネロの今までの記憶、感情、歴史が全てを追体験したかのように感じることができた。




この少年の名前は、ネロ。


年齢は7歳。


両親は村の住人であったが、父親は狩りの最中に魔獣に殺され、母親は流行病に罹り死亡。孤児として、村に住んでいる。


仕事は野良仕事を手伝い、食料を分けてもらっている。この村の住民からは良くしてもらっている。


村の名前はカリア村。人口は1000名程度。


この目の前の男性の名前は、ザック。この村の狩人だ。




親を亡くし、今まで一人で辛抱強く生きてきたのか。ネロの体験が心に迫る。




「どうした?そんなに暗い顔をして。まだ傷が痛むのか?」




「いえ、ザックさん。僕は大丈夫です。村の外で僕が倒れていたんですよね?助けていただき、また介抱もしていただいたようで、大変ありがとうございます。」




「おいおい。えらくバカ丁寧にお礼を言ってくるな。死にそうな目に遇って、人が変わってしまったのか?いや、お前が村の外に出て行ったって、子どもたちが騒いでいたんだ。まさかと思って探しに行ったら、驚いたことに、魔獣の死体の下で気絶しているじゃないか。そんな状況になっているとは思いもよらなかったぜ。お前を何とか魔獣の死体の下から引っ張り出して、よく見れば、お前も大した怪我もなかったんだよ。本当によかった。最初見た瞬間は、『あぁー、死んだな』と思ったぜ。ほぼ無傷で良かったよ。ちなみに、あの魔獣の心臓部分が破裂していたが、ビックリしたぜ。あれ、お前がやったのか?」




さて、この質問には、慎重に答えないとな。私がやったとなれば、どう殺したんだということになる。どうやら、この少年には『魔力』が全くないようだ。それで、村の子供たちからは馬鹿にされて、いじめられているようだ。魔力を使う普通の大人が4~5人かかって初めて討伐できる魔獣の狼を、そんな魔力無しの子どもが一人で殺したとなれば、かなり怪しまれるだろう。この村の魔族との関係や、この国の魔族の状況が分からない以上は、迂闊に手の内を晒すことは控えた方がいい。




「いえ、僕もよく分からないんです。僕は魔獣の下で気絶していたんですか?僕は大丈夫だったんですか?」




「おいおい、知らなかったのか?お前は魔獣の血が全身にかかって血まみれだったんだぞ。何があったかはこっちが知りたいぜ。」




「いえ、知りませんでした。僕も馬鹿で、ケンスの奴に、勇気がある証拠に、森に生えている月見草を摘んで持ってこい、と言われて、大人の人に何も言わず、村の結界の外に出ていってしまったんです。森に向かっている時に、突然空から、何か大きな物が落ちてきて、それにぶつかったのが僕の最後の記憶です。魔獣の狼だったんですか?」




「そうなんだ。魔狼マジックウルフだったんだ。不思議だよな。多分、魔鷹マジックホークあたりが、狩った魔獣狼を落っことして、お前の上にたまたま落ちたんかな?まぁ、良かったよ。それでお前が死んでなかったのが、幸いだったぜ。とにかく、村の結界の外に出るなんてのは自殺行為だ。今後ないような。こんな奇跡的な事、もう二度と起こらないぞ!」




「ありがとうございます。御忠告、胸に染み入ります。ザックさんは本当に良い方ですね。今後十分注意していきます。」




「お。。。おう。分かればいいんだ。お前、本当にネロか?なんか変だな~」




と頭を掻きながら、ザックは私が寝ていた救護用の家から出て行った。




色々とこの世界について知っておかなければならないが、まずはこのネロ少年の潜在能力と戦闘能力を見極めないといけない。今後の魔族との闘争に備えて、準備しなければならないしな。




まずは、闘気量の測定からしよう。




ネロは自分の奥底に流れる、闘気の源流を探した。そこにある闘気量を感じてみると、非常に少ないことが分かった。この量を数値化すると、このようなものか。




闘気 10/10




闘気最大量が10であり、現在使える闘気量が10あるという感じだな。魔狼との戦闘の中で、私が感じた闘気量はわずか3だった。今回の戦闘で、闘気量が増えたのだろう。




私がトーマスの時は、闘気最大量は1億5千万あり、あの装置さえ使えれば、100万の魔族の軍勢さえも展開した防御壁で、王都への侵入を防げたからな。まぁ、この体の年齢が7歳であるのが不幸中の幸いだな。トーマスの時は、たしか50歳で1億5千万まで高められたが、近衛騎士への訓練の中で、一番効率的な闘気量の増加方法を編み出したから、それを今の私に課せば、今世は更に強くなることが可能になれるだろう。今回は失敗しない。奴らは絶対に根絶やしにしてくれる。




魔族の事を思うと、心の底から憎悪の炎が舞い上がる。我が最愛の妻アユーシ、我が最愛の娘アイラ、そして我が最愛の息子ルドラ。そして、我が最愛のサーマリア国の人々よ。お前たちの無念は必ず晴らす。私は奇跡的にこの生を得ることができた。この奇跡的幸運を、必ずお前たちの為に使ってみせる。




そして次に、自分の肉体の『レベル』を確認したい。これは、私が考案して、サーマリア国の騎士の等級にも使われていた。自分自身の奥底を深く観察するのと同じ要領で、自分の肉体的強度を精密に観察し、数値化するのだ。当時の私がレベル3000ぐらいまではあったと思うが、この肉体のレベルは如何ほどか。意識を深く自分の肉体に向けた。この体の強度を数値化すると、大体このようなものか。




ネロ


レベル  10


力    10


素早さ  16


器用さ  7


魔力   0


闘気   10/10




なるほど。。。これは鍛えがいがあるな。おそらく、あの魔狼を殺したことで、レベルが上がったのだろう。本来、7歳の子供がレベル10になっていることはほぼありえない。戦闘経験が無ければ、基本レベルは1のはずだ。しかし、素早さの数値が高いのは、必死に逃げて走ったから、走力がついたのだろうか。大したものだ、ネロ。




レベルも上げる必要があるが、まずは、闘気を上げることからしようか。闘気を上げるコツは非常に単純だ。全ての闘気を使い切り、その後も更に使うのだ。そうすることで、体が生命活動に最低限必要な闘気が引き出される。火事場の馬鹿力のようなものか。体が生命維持の危機を感じ、より闘気が必要であることを認識すると、必死に闘気量を増やすように、全細胞がフル回転して、闘気量が増える、という仕組みだ。この仕組みが分かるまでが大変だった。この『全ての生命活動に必要な闘気を使わない』、紙一重の闘気コントロールが必要なのだ。この塩梅を間違えると、確実に死ぬ。本当に死にかけた兵士たちが何千人といたな。近衛騎士団長に、よく止められたかな。今思い返せば、笑える話だ。




そんなことを思っていると涙が一筋、目から零れ落ちる。




えぇーーい!!感傷に浸る時間はない。私には時間がないのだ。私自身の強化無くして、誓いを果たすことはない。始めるぞ!




私はベッドの上で胡坐をかき、一気に闘気をギリギリまで引き出した。体が熱い。細胞が悲鳴を上げているのが分かる。体全身に激痛が走る。こんなものか。そして、目の前が暗転した。私は再びベッドの上で仰向けになり、気絶した。

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