第9話 魔法の起源

この世界に伝わる、あるおとぎ話がある。そのおとぎ話を、親が子供を寝かしつける時に、聞かせるのだ。そのおとぎ話は以下の様に始まる。


ある日、人々は魔族によって苦しめられていた。村を焼かれ、町を焼かれ、城が焼かれた。


人々は困り果てて、魔族を怖がる日々を過ごしていた。


しかし、その時、救世主が現れたのだ。それは7人の勇者だった。


それぞれの勇者たちは不思議な力を持っていた。


ある勇者は剣を一振りすれば、竜巻が起こった。


ある勇者は大地に足を踏み出せば、大地が割れた。


ある勇者が息を吹きかければ、山が吹き飛んだ。


ある勇者が水の中に入れば、海が割れた。


ある勇者が目をつむれば、世界は暗闇に包まれた。


勇者たちは、彼らの不思議な力を使い、魔族たちの侵攻を止め、激闘の末、魔族たちをこの大陸から追い出したのだった。


そして勇者たちは、自分たちが去った後にも、魔族に人類が対抗できるように、不思議な力を与えた。そして勇者はこの世界からいなくなった。


人々はその勇者の力を使い、何度も魔族たちと戦いを起こした。


魔族たちは、全て滅んだ。人々はとうとう魔族との抗争に勝利したのだ。


その後、人々はこのイージス大陸に永遠の幸福の都を築き上げたのだった。


おしまい。


ネロも、そのようなおとぎ話を村人から聞き、この英雄譚に心躍らせたことを覚えている。また村人たちは、悪いことをすると、魔族が来て、お前を食べちゃうぞ、と脅す。また魔族が来ても大丈夫なように、しっかりと鍛錬をしようとも付け加える。


いつの時代もおとぎ話には教育的手法で作られているものなのかもしれない。



            ◇



夕食後、私はオババのところへ一人向かっていた。私にはどうしても、解決しなければならない質問が一つあった。他の村の大人たちに聞いても、全く要領が得なかった。皆、最終的には、そういうことは、村のオババに聞くしかないな、とお手上げになるのだ。オババは、この村の創設の時から、ずっと生きていると言われている、村の守護者にして、知恵者、そして最強にして最恐の人だ。今日は、その疑問をオババにぶつけたいと思っている。


エマが私を探していたようだが、ちょっと今日は申し訳ないと思いながら、彼女の捜索を逃れ、村の中央に向かっていた。


オババは、この村の最強の魔法使いだ。つまり、魔力量が断トツで一番多い人なのだ。そして、オババが長年この村の為にしていることは、結界を張り続けることだ。この結界は、悪意のある者は中に入れないようにする侵入者遮断の効果と、外からは村が見えないようになっている外界遮断の効果があると、ネロは幼少の時より村人たちから教わっていた。そのおかげで、村人たちの生存率はかなり高く保たれている。この村の平均年齢はだいたい50歳ぐらい。これはこの世界では驚異的だ。私の時は、平均年齢は30歳ぐらいだったし、他の村でも30歳ぐらいだと、この村の人たちは誇らしげに言っているのを聞く。これは何も30歳で人が死ぬというよりは、幼少期に死ぬ子どもが多すぎるから、全体の平均年齢が大幅に下がるのだが。


子どもが死ぬ理由としては、魔獣に喰い殺されることもあるが、医療が発展しない為に、病気で死んだり、少しの怪我なのに、それが簡単に悪化して死んだりすることが多い。救える命が多く失われるのだ。魔力の定説として言われているのは、『回復魔法』が存在しないということだ。防御はできる。攻撃はできる。相手の力を削げるし、自分たちの力を上げられる。しかし、残念ながら、回復だけはできない、というのが常識になっている。だから、怪我をしたら、もう自分たちが自力で治すしかないのだ。


闘気では攻撃魔法はない。水を生成することも、火を出すことも、風を起こすこともできない。しかし、自分の体に闘気を纏わせることで、攻撃力を増し、防御力を増し、そして『回復』をすることができる。これが魔法と闘気の大きな違いなんだろうな。いつか、『回復魔法』も発見されるんじゃないだろうか、と思う。そして、魔法と闘気の一番の、決定的な違いは、


人間には闘気は使えて、魔力は使えない、


ということだ。そして、


魔族のみに使用が許されているのが『魔法』なのだ。


魔族とは、魔法を使える種族の事を、総称して魔族と呼ぶのだ。これが、私の理解であり、これが、私が、この村の人々と、結論的にどう接するべきなのかに悩む理由なのだ。もし、彼らが魔族で、この村に生きているとすれば、私はこの村の人々を殺さなければならないのだ。そんな未来は見たくはないが、私の魔族に対する怒りは、何代経とうとも薄れることはあり得ない。しかし、目の前の村を滅亡させることを、私には想像がつかない。


ネロに転生してからの大きな悩みこそが、『何故、この村の人々は魔法が使えるのか?』という疑問だ。村の大人に聞いても、「この世界の人々は皆、魔法が使える」との返答が100%返ってくる。では、「なぜ、この世界の人々は魔法が使えるようになったのか?」と突っ込んで聞くと、途端に答えが不明瞭になっていく。曰く「神から与えられた、人の特性」や「人々に元から備わるもの」や「人々の業ごうだ」などだ。


まぁ、言ってくる大人たちが、納得していないが、使えるものは使えるのだ。しょうがない、という感じだ。


私は、一切納得していない。一番の理由は、私がいた、故国サーマリアの人々は魔法は使えなかったからだ。魔法は、どこまでも魔族固有の力だと、私はずっと思っていた。今も思っている。魔族=魔法であり、魔法=魔族なのだ。この疑問を解かない限り、私の今後の身の振り方が分からない。


そう思いながら、皆が最終的に提案する「オババに聞きな」を実行するために、私は一人、オババの家に向かって歩いているのだ。


私はオババの家の前に立ち、木のドアをノックした。


「誰だい、ドアをノックするものは?」


「僕です。ネロです。入ってもよろしいでしょうか?」


「いいよ。どうぞ、お入りになさい。」


ギー、とドアの開く音が鳴り、私は家の中に入った。


「ネロ、どうしたんだい?こんな夜中に、オババのところに来るなんて珍しい。私となんかと話しているより、村の他の子どもたちと話している方が楽しいじゃろ。」


「いえ。僕はオババともじっくり話したいとずっと思っていました。今日は話をしたいと思って来ました。」


と言って、オババと対面した。


オババの双眸そうぼうが、私を射抜いた。深く私の奥底を見入るような、そんな瞳だった。「ネロ、お前も成長したね。」


「ありがとうございます。僕も村でしっかりと働き、村の発展に貢献したいと思い、畑仕事に精を出しています。」


「なるほど。7歳にして、それほどの身体能力があるというのは大したものだね。ネロはよく頑張っているね。」


私は、オババが凄腕の魔法使いであれば、鑑定の魔法もしてくるだろうと、予想をして、闘気を使い、自分のステータスを隠ぺいしていた。おそらく、オババには私のステータスは以下の様に見えているはずだ。


ネロ

レベル 7

力   10

素早さ 10

魔力  0


人は、レベルは年齢ごとに1上がる、というのが基本だ。そして力も素早さもそれに応じて1上がっていく。年齢30ぐらいから自然とレベルが上がっていくことはないが、あとは自分の努力次第だったりする。


私が今、レベル7で、力と素早さは7のはずなのだが、それが10になっているのは私の努力の賜物だな、というのが今のオババの「成長したね」という言葉の意味だ。さすが、私が闘気で見せているが、そのステータスが見えているというのが凄い。さすがこの村随一の魔法使いだ。


私も同様にオババのステータスを見てみた。


オババ

レベル 3000

力   10万

素早さ 10万

魔力  1450万

闘気  1/1


は???なんだこの、バカげた、桁違いのレベルと戦闘能力は???


どうなっている?どうしてこんなレベルと戦闘能力のある魔法使いが、たかだが、この村の為だけに存在している?


どういうことだ!!??


私は、自分の質問の答えを求めることも忘れて、オババをただ見つめていた。


「どうした、ネロ?何かあったのかい?」


「い・・・いえ。ちょっと今日の畑作業で疲れてしまったようで。じ、実は、オババに折り入って相談がありまして。」


なんとか、目の前の興味を頭から振り払い、自分の来た目的を果たそうと心に決めた。たしかにこの人なら、私の求めている答えを持っているんじゃないかと、心が躍る。


「どうしたんだい?」


「じ、実は、僕はずっと疑問に思っていることがあり、オババにどうしても聞いてみたいんです。よろしいですか?ど、どうして人間は魔法を使えることができるのでしょうか?」


オババのステータスの高さにドギマギしながら、私は質問をした。


オババは双眸を細め、私の質問の意図を探るように私の顔をマジマジと見た。


「それは、ネロが魔法が使えないから、どうして魔法が使える人と魔法が使えない人の2種類がいるのか?という質問かい?」


「いえ、魔力がないのは、まぁ、生来の人としての特性もあったりもするでしょうから、文句はありません。僕が使えないことは置いておいて、それよりも、なぜ人は、魔法という人智を超越するような力を持つようになったのか、その経緯が知りたいのです。」


「ふむ・・・・。」


どう答えたものか、と思い巡らしながら、私の顔を不思議そうに見た。


「何故、そうようなことに疑問を持つのかは聞くまい。もしかしたら、ネロの、奥底にある魔力に対するコンプレックスが関係しているのかもしれないからね。けども、そういうことを抜きにして、『何故使えるのか?』に特化して、ワシの持論を披露しようかね。ヒィヒィヒィヒィ。よいか。この話は、ワシのひいひいひいひいお祖母ちゃんが子供頃に、その親のひいひいひいひいひいお祖母ちゃんが言っていたような話だ。まぁ、要は、はるか昔のよく分からん話ということだ。当てにもならないような話だったりするから、話半分に聞いておくれ。」


「はい、分かりました。」


「はるか昔、人間は魔法が使えなかった時代があったと聞く。そして魔族は、この世界を思うままに蹂躙していた。圧倒的な力の差があったからの。魔法の使えない人間たちであったが、実は人間の中にも、魔法ではない、別の不思議な力を使う者もいたようだ。しかし、魔族との抗争の中で、そのような部族も滅亡したらしい。それが、伝説では、サーマンダー国というらしいが。まぁ、おとぎ話の話だからね。王歴500年の時の話らしい。今の王歴が1500年だから、約1000年前の話かね。この王歴も、正確に数えているかどうかも定かではないがね。


そして、魔族はこの世界のほとんどの大陸を支配下に治め、とうとう、人類最後の大陸、このイージス大陸への侵略を始めようとした。海は魔族の眷属である魔獣に溢れ、誰もがこのイージス大陸も同様に占領されると思われた。


しかし、その時に7人の勇者がイージス大陸に現れた。」


「勇者!!」


「そうだ。勇者だ。お前たちがよくおとぎ話の中で聞く、あの勇者だ。7人の勇者の話だ。


勇者たちは魔族を撃退した後に、その不思議な力を人たちにも与えた。


その不思議な力が、今この大陸で使われている魔法の起源となっている、と言われている。どうじゃ?ネロの質問の答えになっておるかな?途方もない話だったかの。」


「なるほど、とても面白い話を聞かせていただきました。まさか、あの勇者の話が、魔法の起源とは思いもよりませんでした。オババ、聞かせてください。結局、この世界の人間、もしくはこの村の人間たちは魔族なのでしょうか?」


「いや、それはあり得ん。そうであるなら、何故魔族は我々の大陸を侵略しようと、今も画策し、人類と魔族は戦い続けているかの理由が説明できない。」


「そうですか。ちなみにオババは、その勇者というのは一体何処から来たか分かりますか?」


「いや、それは分からんじゃろ。私の勝手な推測では、他の大陸から来た、他人種かもしれんし、もしくは、魔族とまぐわって、つまり交配し、魔力を手に入れた人種かもしれんし、突然変異として現れた新たな、魔力を使える人種かもしれんし、もしくは、そのサーマンダー国の人々の生き残りがこの大陸を訪れたのかもしれん。確実なのは、この世界の人種は、魔族との戦いを強いられ、今も魔族との抗争を続けていることじゃ。人類の歴史は、長い長い魔族との闘争の歴史じゃ。その中で、どういう経緯かわからないが、魔力を使える術を編み出したのだろう。人類は偉大じゃの。


このようなおとぎ話は、何かの史実を元に作られた、子供向けの創作物だったりするからの。何が真実で何が簡略化されているか、ワシらでは到底思いつかん。」


「分かりました。ありがとうございます。ちなみに、オババは、この村を作った一人だとお伺いしていますが、この村はいつからあるんですか?」


「しかし、なんじゃ。ネロ。お前の言葉遣いを聞いていると、7歳とは思えんな。どこでそんな言葉遣いを覚えた?」


「いえ、そんなー。村の大人が真剣な時は、こんな風に話してるんだよ。それをちょっと真似てみたんだ。実は固苦しくて、ちょっと困っていたんだ。これからこんな風に話しても?」


「いいよ。いいよ。まだその方が年相応じゃ。子供は子供らしくせねばならん。ホーホーホー。さて、この村の起源の話かえ?そうじゃなー、まぁ、200年前くらいからはあるかもなー。ワシを創始者のひとりだ、というのは、ワシがこれまで張ってきた結界が、多大な貢献をしておるから、その尊敬の念を込めて、村を作った、と言ってくれているだけなのじゃ。ワシが、この村に来たのは、50年前ぐらいかの~。ワシも長く生き過ぎた。もう死ぬかもしれんから、この村の事を、よろしく頼むぞ、ネロ。若者が希望じゃ。」


「オババ、ずっと長生きをしてよ。そんなこと言わないで。今日はありがと。いっぱい話が聞けてよかった!また来るね。」


「いつでも来なさい。子供は世界の未来だ。世界の未来と話をさせってもらって、ワシも光栄じゃよ。」


「じゃあねー。」


と別れを告げて、ネロは帰路についた。


そのネロの後ろ姿を、オババはジッと真剣な眼差しで見つめていた。



           ◇


私はホッとした。よく考えればわかる事だったようにも思う。オババに言ってもらって、確認したかったのかもしれない。分かったことは、人類はずっと魔族と戦い続けていること。やはり魔力の起源は分からないが、魔族とは敵対している、ということが分かれば、人々自体が魔族の分派とか、魔族自身になることはない、と結論付けられるのではないか、と思う。もしかしたら魔族と交配して、人類がその体自体を変化させた、なんていう可能性もあるかもしれないが、それでも現存するこの大陸の人々は魔族と抗争中なのだ。ならば、他大陸の魔族が敵と見る人類の助けをするのが、同じ人類として当たり前だ、と思う。とにかく魔族の思い通りにさせない。お前たちは必ず私が滅ぼす。その怒りのエネルギーが沸々と湧いてくるのを感じ、私は再び誓いを胸に刻むのだった。



           ◇


不思議な子だ。あのネロという少年。


何故、魔力の起源に興味を持つ。当然の力だ。生まれ持った力だ。元々そこにある力だ。


それは、まるで人間になぜ2本の足が存在するのか、と問うているのに等しい。


たしかに魔力がないから、そのように感じるのかもしれないが・・・


しかし、あの子のステータスは不思議だった。雑音がする。


レベルは7と視えたが、少し力を入れ込んだりすると、レベルに雑音が入る。力も素早さにも、正確に見えていないようにも思う。


また、あの少年。ワシのステータスを視たのか??いや、そんなことは不可能だ。魔力がない者が、他の人のステータスを視ることは無理だ。しかし、ワシを見ての、最初の驚いた表情。何に驚いた。


何かを隠しているように見える。しかし、隠すも何も、隠しようがない。しかし、不思議な子だった。


とオババは、ネロとの邂逅を不思議がりながらも、次の瞬間に、他の要件の事に思いを巡らし、静かに目を閉じ、時間の流れに身を任せるのであった。

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