第24話 願わずには居られなかった


 無駄に広い会議室。

 その建物の中で最も体積を取る一室の割に、その部屋を使う人間は10人にも満たない。


 そんな無駄を贅沢と呼ぶスーツ姿の彼等は集まり、話し合いという名目の責任追及と糾弾を行う。


「スパークルトーチは休止。

 まぁ、トップを失ったのですからギルド自体の倒産も視野に入るでしょうな」


 不気味な笑みを浮かべる痩せた男がそう言った。


「スパークルトーチは我が社のお得意様の一人。

 それを失うのは痛い失費ですなぁ」


 堂々と胸を張り、金色の腕時計を付けた褐色の男がそう言った。


「我が社の製品の広報。

 それが犯罪者を出したと、しかもトップがともなれば、広告自体が裏目に出る事も考えられるかと」


 長い円卓の座る男たち。

 皆一様に値の張るスーツを着用し、ネクタイや腕時計も豪勢な物だ。


「今回の警備失敗で我が社の機密扱いの新製品が盗まれた。

 それだけでも被害は相当な物なのに、まさか提携している大ギルドその物を失う事になろうとは、いやはや」


 彼等は一様に下座に座る男を見ている。


「安形君、確か君だったね。

 スパークルトーチとの取引を持って来たのは。

 それに、今回の警備に彼等を選んだのも」


「それがこのザマだ。

 全く笑えて来る成果だね」


 最初からシナリオは決まっている。

 ここで何がどうなっても。

 下座の男がどれだけ騒いでも。


 結果は絶対に変わらない。


 これは単なる最終通告。

 既に通達の内容は選ばれている。


「さて、何か反論はあるかね? 安形君」


 上座に座るでっぷり太った初老の男は、今まで興味無さげに下座に目をくれなかった。


 しかし、正面から見てその左に座る男が汚く笑みを浮かべて問いかけた瞬間、でっぷり太ったその男もまた下座に視線を移した。


 結果は分かり切っている。

 これはただの遊びだ。


 けれど。

 それでも。


 願わずには居られなかった。


「それでも、これまでの利益を出して来たのは私とスパークルトーチの縁があったからです。


 新型のクラスデバイスの着想をしたのは私です。

 私の息子はSランク探索者で、有名になりつつあります。弟の方も優秀で将来性があります。


 私は……この会社に尽くしてきました。

 私は……この会社に必要な人間です


 どうか、どうか今一度挽回の機会を頂きたいのです。

 代表取締役! どうか、お願いいたします!」


 席から立ち上がり、彼は頭を下げた。

 どうか……どうか……と懇願しながら。


 その姿を見て、上座の男は腹を揺らす。


「ブフ……なにそれ。

 ドラマでしか見ないよそう言う展開。

 ってか、キモすぎでしょ」


 溢れんばかりの生クリームが乗せられたホットココアに、スプーンを突き刺しながら彼はその光景を笑い飛ばした。


「あぁ、笑った笑った。

 でも、君の言ってる事滅茶苦茶だよ。

 スパークルトーチとの縁が邪魔になってるのが原因なんだし。

 新製品の開発者って、そんなのうちには幾らでも居るよ。

 ていうか、君が技術職だったのってもう何年も前だよね。

 今更復帰して最前線の技術者を越える発案ができるの?

 無理無理、無理に決まってるでしょ。

 それに息子ってあのギルドをクビにされた無能でしょ?

 どうせ、この件の責任は誰かが取らなくちゃなんない。

 それに最も適任なのがぁ? 君でした、パチパチパチ」


 下座に座る男以外の全ての役員が、上座の拍手に追従して手を鳴らす。


 味方は居ない。

 その事実だけがその場にあった。


「息子は親に似るって話はよく聞くけど、逆は初めてだ。

 息子を追いかけて同じ境遇になる父親なんて。

 家族想いで結構だし、君のその精神を尊重して。

 君、辞任クビね。安形宗助あがたそうすけ君」


 真っ白な頭はその先の光景を記憶させなかった。

 憶えているのは歳のいった男たちの笑い声だけ。


 会議は終始その有様で――終わった。




 ◆




 帰路の途中。

 曇天の空から雨が降り出した。


 傘を持っていなかった男は、走ろうかとも悩んだがそういう気分では無いと首を横に振る。


 雨に打たれていた方が気持ちが良い。

 そういう気分だった。


「九郎……桂……」


 呟く言葉に覇気は無い。

 それは最後の可能性を願う呟き。


「家を復興するには……もう……」


 自分は終わった。

 だから託す。

 そんな思考回路で男は、トボトボと帰路を進む。


 暗い夜道。

 よれたスーツ姿で、草臥れた鞄を抱えて歩いた。



「――やぁ、お父さん」



 電灯の下に男が見えた。

 影の中の手に何かを掴んだ男。

 それは端正な顔立ちで、温厚な雰囲気を醸し出している。


 現代には似つかわしくない剣を腰に携えた、探索者。


「天城白夜……」


「こんばんは。

 貴方に用事がありまして。

 探すの大変だったんですよ」


 そう言って彼――天城白夜は手に持っていた物を安形宗助に放った。



 目が、合った。



「あ――?」


 暗い瞳が、こちらを見る。


「代表……」


 一気に顔が青ざめる。

 意志の宿らぬそお顔が、目の前に転がったのだ。

 その首の下に肉体は無く、切り離れていることは明白で。


 つまり、代表は既に――死んで居る。


「聞いたら、もう帰ったとかクビにしたとか、自分は関係ないとか。

 馬鹿みたいに騒がしくてさ、だから静かにして貰ったんだ。

 それに貴方にこれを見せた方が、話も早いと思ってね」


 要するに。

 そう、彼は笑みを浮かべて語った。


「貴方に拒否権は無いって事です」


「な、何が狙いだ!

 この人殺し!」


「その片棒を担いだのは貴方じゃないですか。

 自分の息子の情報を売って。

 自分の会社の機密まで売って。

 僕等を警備に捻じ込んで。

 僕にチップを渡してくれた。

 全部貴方が居たからできた事なんですよ」


「……違う、私はただ」


「そう。

 貴方はただ、僕を信用してくれただけだ。

 けれど、それはつまり犯罪者の片棒を担いだって事ですよ。

 もう分かってるでしょ?

 貴方と僕は一蓮托生だって」


 歩みが進む。

 白夜が宗助に近づいていく。

 転がった生首を、視界にも入って居ないかの様に蹴って。


 その姿は地獄の獄卒。

 もしくは悪魔だ。


「協力して下さい。

 貴方が開発者なんでしょ?

 このチップを量産するんです。

 僕は表舞台からは退いた。

 それでも僕の夢は終わってない。

 裏を率いて、表の全てを飲み込めば僕が一番だ」


 狂気の瞳孔。

 狂乱の微笑。


 天城白夜は狂っている。

 今頃気が付いたその事実は、もう遥かに遅い後悔で。

 魔の手はもう、直ぐそこまで来ていたのだ。


「私は……俺は……

 なんで……こんな……事に……」


 後悔先に立たず。


 そんなことわざが頭に浮かび。

 そして口に出されたのは。


「すまなかった……九郎」


 己の失敗を自覚した男の、謝罪の言葉。


「行こうか、天才発明家様。

 貴方の家は、これから一生僕の元です」



 二人の影は、闇の向こうに消えて行った。

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首を切られた人形師、実家で見つけた機械生命体が現れるダンジョンでメカニックとして覚醒する 水色の山葵/ズイ @mizuironowasabi

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