第20話 裏切り者


 襲撃ポイントは崖沿いの道路。

 反対側は森林だ。

 近くの街から探索者を呼んでも到着には数十分かかる。

 計画的にここを選んだのは間違いない。


 敵の総数は30人強。

 全員が武装している。

 銃、剣、杖、様々な武装だが、つまりそれは相手も探索者という事だ。


 リーダー格はSランク。

 改造デバイスによって通常以上の身体強化が見受けられる。


「照準捕捉」


 背中のジェットで飛行する機体のコックピットに乗り込んだ俺の頭に、レイの声が響く。


 コックピットのモニターには口を開けて呆ける敵、そして味方の姿が見えていた。


「なんだあれ……」


「動画で見た記憶あるぞ」


「どうやって倒すんだよコレ!?」


 敵味方問わず、困惑の言葉をマイクが拾った。


「全ての対象を攻撃可能です」


 平坦で静かなレイの声を聴くと、俺の頭も冷静になって行く。


「破壊力の高い兵器の使用は控える。

 周囲の被害を最小に。

 敵もできる限り殺すな」


「雷撃砲、出力22%。

 周辺への物理的な被害は無し。

 周辺が数秒停電する可能性あり。

 敵被害予測、Bランク以下は昏倒。

 Aランク以上も暫く麻痺させる事が可能と推測されます」


 俺のオーダーに適した戦術をレイが提案し、俺はそれに頷く。


「よし、それで行く」


 照準は既に合っている。

 左手武装を砲撃にシフト。

 手に持ったライフルが、アームズの中にあった雷撃砲と入れ替わる。


「発射」


 小さく呟いたその瞬間、電撃が敵だけに飛来する。


 幸いな事に味方は全て顔見知りだ。

 スパークルトーチの連中。

 そして迷宮機構から一宮間切。

 それが今回の護衛の全て。


 狙いは外さない。


「ガッ!」


「なん……だ……?」


 雷撃が命中した敵の多くはその場に倒れた。


「無力化成功数19名。

 残存数11名」


 守られた。

 防御系、結界のスキルか。


 レイの言葉通り、青い障壁の中に11人の人影が残っている。


兵装交換アームズ


「出力42%。

 収束、ボイスキャノン」


 兵器の換装は二秒で完了する。

 俺のアームズのレベルはテン

 それは発動速度にも関係する。


 レイの声と同時に、レフトレバーのスイッチを押す。


 音は魔力障壁を貫通する。


 今度は声すら上げる暇無く、闇ギルドの探索者たちがパタパタと倒れて行く。


「残存兵力1名」


 残ったのはリーダーただ1人。


「何なんだよテメェ……

 聞いてねぇぞ……

 クソ、クソ……クソが……」


 呆けた表情で男は俺を見ている。

 巨大な鉄の兵士の顔を凝視し。



「何なんだよテメェはぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 声を荒げると同時に、その手には巨大な赤黒い大斧が出現する。


 斧を振るいあげ、赤黒く流動し隆起した筋肉に任せ、男は俺に向かって突っ込んでくる。


 その疾走。

 その跳躍。


 何よりもその殺気は、正しくSランクのソレであり……


「だからお前じゃ、俺には勝てねぇよ」


 レバーを引くと同時に、鉄巨兵オレの右腕が敵大将――


「ぐほっ……!」


 柴峰壊しばみねかいの体を弾き飛ばす。


 血に塗れた体は森林を突き抜けて、巨木を圧し折り奥へ吹き飛んでいく。


 緊急事態だ。

 この程度の被害は目を瞑って貰おう。


「さて、これで全滅か?」


「いえ、サーモスキャンで確認しました。

 柴峰壊しばみねかいが森の中を逃走中です」


「は?」


 今の一撃で死んでない?

 どころか気絶すらしてないだと?

 スキルの発動は魔力観測でも確認して無いし、Sランクとしても並み外れた耐久力だ。


 いや、そうか。

 改造デバイスの身体強化。

 それで今の一撃を堪えたのか……


「雷撃砲で狙うぞ」


 幸い、逃走中の地点はまだ俺の射程内。

 ここからでも狙撃できる。


「可能ですが……

 雷撃砲は山火事の恐れがあります。

 私達に消火手段はありません」


「ッチ、ボイスキャノンは?」


「既に有効射程の外です。

 他兵装にチェンジしても、あの人物を確実に戦闘不能にする事はできないかと」


「じゃあどうすればいい!」


 叫んだ直ぐ後に後悔した。

 叫んでも解決する問題じゃない。

 咄嗟に腕で弾いたのは俺の判断だ。


 レイは関係ない。


「……悪い」


「いえ、クロウの願いを言って下さい」


「知恵を貸してくれ。

 どうすればいい?」


「追えば、追い付きます」


 そりゃそうだな。

 背面のジェットを点火し出力を上げながら、俺は周辺へのマイク接続をオンにする。


「白夜、奴が逃走した。

 俺は奴を追う!」


 するとすぐに返事は帰って来た。


「待て、僕も行く!」


 インカムで白夜が全員へ指示を飛ばした。


「スパークルトーチ各員は警備続行。

 僕と九郎が戻って来るまで護送車を守れ」


 同時に白夜の背に翼が生えた。

 青く、半透明な氷の翼だ。


「僕も着いて行く。

 九郎、奴を追え」


「言われなくても!」


 機体を加速させ飛行しながら奴を追う。

 サーモセンサーで場所は捕捉してる。

 飛行してるこっちの方が速度は出る。


「5分で追い付きます」


 俺の飛行に追従する形の白夜と共に、俺は柴峰壊しばみねかいを追った。


「九郎、一体いつの間にこんな力を手に入れたんだい?

 これがあれば、あの巨人にも太刀打ちできたんじゃ」


「そりゃ、お前に首にされた後に決まってるだろ」


「そうか。

 君はもうそこまで……」


「なんだよ、言っとくが戻る気は無いぞ」


「心配しなくても誘う気は無いよ。

 やはり、形振り構ってられなそうだ」


「……?」


 どういう意味だ。

 その問いを口に出すより早く、レイの声が頭に響く。


「追い付きました」


「予定より早くないか?」


「対象が、止まって居ます」


 目前の地面に男が立って居る。

 闇ギルド『赤い水底』リーダー。

 ランクS。


 柴峰壊しばみねかいが、薄ら笑いを浮かべて待っていた。


「諦めたのか?」


「九郎、捕らえるよ」


「あぁ」


 短く言葉を交わし、俺と白夜は前に――


「白夜……?」


 全方位を移すモニターの後部。

 空中で停止した白夜の姿が見える。


 しかし一度点火したジェットは、構わず俺を前に進めた。


「悪いね、九郎」


 笑みを浮かべたその顔は、白夜が思い通り事を運んだ後に見せる、余裕の表情。


「起動しろ」


 柴峰壊が小さく口に出した、その瞬間。



 ――魔力供給停止。


 ――機能を維持できません。



 アームズが解除され、俺は空中に投げ出された。


「魔力除去結界……

 デバイス妨害だって……?」


 それは空間内の魔力を取り除く結界。

 デバイスは使用者の魔力を空気中の魔力で仲介して、スキルを発動させている。

 空気中の魔力が0になれば、デバイスは機能を失う。


 【デバイス妨害】とも呼ばれる対探索者用の結界だ。


 アームズで顕現していた全てが消える。

 ブーストによる身体強化も喪失する。


 他のアーツも……レイも……


 全て、発動不能。


 俺が突入した空間は、男の合図で結界に覆われた。

 それは、探索者を無力にする特殊な結界。


 完全にトラップに誘われた。


「クソ……」


 空中に投げ出された俺の体が、地面に打ち付けられる。


 ブーストも無しだ。

 背と腰と臀部を強打した。

 俺は仰向けに倒れる。


 骨は無事……体が痛いだけで済んだ。


「どういう事だ……!?」


 それが誰の策謀なのか。

 俺には一瞬で理解できた。


「どういう事……か……

 こういう事だよ、九郎」


 白夜が結界の向こうから俺を見る。


 その手には、俺たちが守っていた『箱』があった。

 護衛対象。新型のクラスデバイスだ。


 黒いプラズマの様な結界を避けて歩き、白夜は柴峰壊に近づいていく。


 その足取りはゆっくりと。

 とても、敵に向かって進んでいる様には見えなかった。


「上出来だな、5位様」


「僕が失敗する訳無いだろ?」


 日本5位のSランク探索者が、闇ギルドと繋がっている訳がないという『先入観』を利用した意表を突く作戦。


「白夜、お前ぇ!!」



 ――これは、天城白夜の手法だ。



「うるさいな、静かにしてくれよ。

 ちゃんと、説明してあげるから」


 地位も名誉も財産も力も。

 白夜は全てを持っていた。


 それがどうして……

 そっち側に立ってんだよ……!


「僕はまだ、5位なんだ。

 Sランク探索者の中で、この国で5番目。

 でもそれじゃ駄目なんだ。

 僕は1位じゃなければならない」


 白夜は学生時から言っていた。

 日本一のギルドを作るって。

 俺も一度はその夢を追いかけたから、こいつの情熱はよく知っている。


「それでも如月皇苛を中心に、1位から4位までの探索者は確かに僕より強いんだ。

 それに君もだ。

 君の今の実力は、僕以上だよ」


 語られているのは、天城白夜という探索者の【闇】だ。


「でも、これがあればその状況は覆る。

 新型のクラスデバイス。

 これはある程度の【熟練度】を持つデバイスへの追加ツール。

 クラスアップチップさ」


 ちょっと待て、何故だ?


「使用方法は簡単。

 Sランク以上のデバイスに接続するだけ。

 たったそれだけで、僕は今までの探索者の能力を凌駕する。

 だから、僕だけがこれを保有している状況なら、日本1位の探索者は僕になるって訳」


 何故……ここまで白夜は詳しい?


 父さんのファイルにはそこまで細かな記載は無かった。

 幾ら護衛でも機密情報をここまで教えられる訳が無い。


 けど白夜は使用方法まで知ってる。


 どうやって……


 いや、誰から聞いた?


「よぉ兄弟。

 さっさと使って見せてくれよ。

 その最強の力って奴を」


「あぁ、そうだね」


 白夜が箱を開ける。

 箱にはパスワードが設定されていた。

 けれど、白夜は警備隊長。

 その内容を知っている。


 どうする?

 一は八か、走って結界から出るか?

 いや、ブーストすら無いのだ。

 対応されない訳が無い。


 悩んでいる間に箱のロックは解除された。


「これだ」


 箱が開く。

 中には小さなチップが入っていた。


「これで、僕が日本一位の探索者に……」


 そのチップが白夜のデバイスに近づけられる。


 全部、白夜の掌の上だってのか?

 この光景を見ているのは3人だけ。

 俺以外は白夜とその仲間だ。


 つまり、俺が死ねばこの光景を誰かに伝える者はいない。


 白夜のデメリットは護衛任務失敗。

 たった、それだけ。

 ギルドマスターの地位は揺るがない。

 日本5位のランカーという地位も。


 そして、新型デバイスを手に入れた。

 それがあればランカー1位に迫る力を得られる。

 白夜の目的は日本1位の探索者になる事。


 このまま行けば。

 その目的は何の代償も無く。


 達成され――



「――ケヘ」



 笑みが揺れる。


 その一撃は……


 白夜の後ろから殺気を消して放たれた一撃は、その側面を抉り。


「何ぃ?」


 赤い大斧が白夜の体に捻じ込まれ、体を吹き飛ばす。


「よっと」


 空中に投げ出されたチップは、男の手の中に納まった。


「悪い、やっぱ約束……

 はっ、破らせて貰うわ」


 白夜の体は大樹に激突し、倒れる。

 両背の氷翼が折れて散り、腕は在らぬ方向に曲がり、赤い血が地面を濡らす。


「白夜ちゃんよぉ。

 ペラペラペラペラ、何から何まで全ぇ部喋ってくれちゃってぇ。

 パスワードのロックも解除してくれて、使い方まで説明してくれて、しかも条件はSランク以上?

 じゃあ、俺でいいじゃんな?」


「お前……裏切るつもりか……?

 一体誰が……今まで匿ってやったと……」


 息も絶え絶え。

 顔を上げた白夜が殺気の籠った視線を向ける。


 されど悪人は……

 柴峰壊しばみねかいは笑みで返す。


「それはほんとに感謝してるぜ?

 だからこれが、悪人のお礼って奴だ。

 受け取ってくれよな白夜ちゃん」


「貴様ッ……!」


「表は表で表のルールでやってりゃ良かったのにな。

 調子乗って一方的に悪人を利用できると思い込んでっから、お前は足元を掬われんのさ」


「ク……!」


 白夜の無事だった左手に、氷の結晶が生成され、それが一直線に柴峰壊に飛んでいく。


「無駄だ」


 しかしその結晶は、大斧の腹で阻まれ届かない。


「致命傷だぜ、どう見ても。

 30人も探索者を殺してっと流石に分かんだ。回復系のスキルでも無きゃ治らない。

 俺はお前と違って下らねぇミスはしねぇ。

 大人しく見とけ、俺が天辺に座る所を。

 空の上からな」


 髪を掻き揚げ、男は嗤った。



 コツ……コツ……コツ……コツ……



 森の中を足音が近づいて来る。


 俺はその方向に反射的に見た。


 あぁ、そうか。

 納得いったよ。


 デバイスは迷宮機構に渡される予定だった。


 迷宮機構で効果を精査し、情報送信機能を取り付けて実用化する為だ。


 って事は、迷宮機構の人間ならデバイスの効果や使い方を知っていて不思議はない。


「九郎さん……」


 俺の名を呼びながら、俺に近づいて来る。

 現れた彼女は、ぶら下げた【刀】を抜き。


「一宮間切……お前がスパイか……」


 俺に、振り下ろした。













 あれ……?


「気が付いておられたのですね。

 私が、天城白夜と赤い水底の癒着を追う【公安スパイ】だと。

 流石です、九郎さん」


 うん……?


「結界は割断しました」


「え? あ、どうも……」


 魔力切断。

 結界には天敵の力だ。

 助かった。


 ただ、魔力の乱流が少し残ってる。

 俺がデバイスを真面に使うには少し時間を置く必要がありそうだ。


「それと、嘘を謝罪します。

 迷宮機構公安所属【特Aランク】探索者。

 それが私の肩書であり、私はある特定の状況下であればSランクと同等以上の力を認められた探索者です。

 その状況とは……」


 いつもと違う後ろで一つに結んだ黒髪ポニーテールを揺らし……


 庇う様に、俺の前に立つ。

 刀を敵に向けて彼女は言った。


「――探索者を相手とする、一対一の戦闘である事です」


 黒い刀に殺気を乗せた彼女の姿と胆力。

 それは確かに、Sランクと見紛う迫力を有していた。


「貴方には及びませんが、ここは私にお任せ下さい」

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