第13話 切番


 【スパークルトーチ】

 ギルド本拠ビル、長部屋マスタールーム


 その部屋の主は一人。

 Sランク探索者。

 ギルドランキング第3位。

 個人ランキング第5位。


 天城白夜あまぎびゃくや


「そっか、やっぱりあいつは諦めて無いですか」


 携帯電話を耳に当て、電話口の向こうへ彼はそう呟いた。


「何故あいつを調査するのか、ですか?

 それはあいつが僕に見せた最後の力が、僕が歯も立たなかった巨人に膝を付かせたからですよ。

 あいつはあの一瞬、僕より強かった。

 このギルドの最強は僕です。そして日本一になるのも」


 睨むは虚空の先。

 描く未来は常勝の栄光。


「だからそのまま監視、よろしくお願いしますね」


 天城白夜は、天を仰いだ。


「はい。お礼という訳では無いですが、例の件は任せて下さい」




 ◆




 何故こうなった……


 縁側でレイと並んで桂の素振りを眺める。

 アームズから呼び寄せられたバスターソードの太刀筋を。


 しかし、剣士系でも接近戦闘系でも無い俺にその良し悪しなんて殆ど分からない。


 桂の練習を見ているのは別人だ。


「すいません、少し仕事の電話が入っていたので」


 そう言いながら戻って来た彼女は俺の左側に腰を下ろす。


「それよりいいのか?

 弟に剣術を教えるなんて」


「えぇ、構いませんよ。

 私の実力はまだまだ不足している。

 それが自覚できたのですから、調査はお任せします」


 悲観的というよりは、清々しさすら感じる表情で彼女は続ける。


「私は倒された魔物の素材を本部に持ち帰って鑑定する事と、安形さんの経験を元にした書類作成などの事務をさせて貰いますから」


「それで調査になるのか?

 あと九郎でいいぞ。この家には安形しか居ないし」


「確かに、では九郎さんと。

 私も間切で構いません」


「分かった間切。

 これからよろしく」


「はい、よろしくお願いします。

 それで、迷宮機構から一般のギルドや探索者に調査協力が出される事は良くあります。

 スパークルトーチに居た頃にもありませんでしたか?」


「あったけど、大体下部チームの仕事だったからな……」


「なんですか、Sランクアピールですか?

 俺強いアピですか? 泣きますよ普通に」


「違うから泣くな。

 その内なれるってSランク」


「本当ですか!?」


 俺より年下って事は、二十代前半だ。

 それでAランクになれてるんだから、そのうちSに上がる可能性は十分あるだろう。


「何か秘訣とか!」


「無ぇってか、剣士の事は知らん」


「そうですか……」


 しょんぼりしないでくれよ。

 虐めてるみたいになるだろ。


「クロウ……」


「やめろレイ、そんな女の子泣かせてる最低男みたいな目で俺を見るな!」


 これ俺が悪いのか!?


「説明を続けますね」


「切り替え早いな」


 S++レイドダンジョン。

 それは日本に存在するレイドダンジョンの中でも最上位のランクだ。


 調査が必要なのは当然。

 その調査は並みの探索者にはできない事も明白。


 ダンジョン適正も加味して、一宮間切は俺を臨時調査員として認めてくれるらしい。


「まず、引き取った素材は買取という形にさせていただきます。

 あ、個人的に利用したい素材等があれば優先的に九郎さんが使って頂いて構いません。

 偶には私も現地調査したいですけど」


「そりゃ有難いけど……いいのか?

 そんな雑用みたいな扱いをして」


「Sランクに比べれば、Aランクなんて雑用の様な物ですから」


「あんまりランクに拘り過ぎるのも良く無いと思うけど」


「それ、嫌味ですよ?」


 そう言われてしまうと、返す言葉も無い。


「師匠!」


 一宮間切が家に来てから3日。

 既に桂からは師匠認定である。

 なんか、外堀埋められる気がする。


「僕のスキル、もう一回見て欲しいです」


「勿論いいですよ。

 でも桂君はまず、自分の身体に合った型を作る所からです。

 剣の熟達に近道はありませんから」


 間切は、庭に出て桂の剣の振りにアドバイスを始める。

 縁側には俺とレイが取り残された。


「商人、下働き、事務員?

 言い方は難しいですが、その様に扱って欲しいというのなら利用すれば良いかと」


「そうだな。

 あの量の素材を一々換金しに行くのはインベントリを使っても骨が折れるし。

 それに、機械生命体シリコクルスの鑑定や分析もしてくれるなら俺達も助かる」


 機械生命体シリコクルスは完全に新発見の種だ。

 その解析はほぼ行われていない。

 だからアーカイブが機能しない。


 しかし、鑑定や解析系のクラスデバイスを持つ探索者に依頼すれば、俺も気が付いていない未知の部分の解明が進むかもしれない。


 その情報から今後出現が予想される上位種やエリアボスの身体的特徴から、その機構や能力を予測する事もできる可能性がある。


 俺の個人情報は保護されるし。

 俺にとっては良い事しかない。


 というか、今までギルドのバックアップも無しにやってたのが不自然なのだ。


 それを迷宮機構がやってくれるなら。

 俺としては願ったり叶ったりだ。


 暇な時間に桂の稽古もしてくれるし。


「ラッキーと思っとく事にしよう」


「それで良いかと」


「じゃあそろそろ次のエリアに行くか?」


「えぇ、サポートします。クロウ」




 ◆




 第9番エリア。

 最早、それは相手にならなかった。

 この二日で普通に攻略しちまったし。


 現れたエリアボスは、機械生命体シリコクルス改変蛇ヴァイパー

 特殊な電磁波によってこっちのOCに干渉してくるハッキングタイプの機械生命体だった。


 しかし、レイの改竄能力は俺のスキルと相まって尋常では無い。


 ハックは全てレイのファイアウォールで無効化され、それ以外に特筆すべき点の無かった機械蛇は容易く倒された。


 8番エリアのベアと合わせて。


 武装『音響波ボイスキャノン』。

 武装『改竄針銃ハックニードル』。


 が製作可能となった。

 音響波ボイスキャノンはジャックに。

 改竄針銃ハックニードルは拳銃タイプにしてアームズに。

 それぞれ装備している。



 だから、今日挑むのは10番エリア。


「ま、今までの感じを見るに爆発的に強くなる事は無いみたいだけど」


「油断は禁物ですよクロウ。

 この戦いが終わったら結婚しますか?」


「死亡フラグやめれ。それにな……」


 レイが発現した当初はユーモアなんてゼロだった。


 これまでの経験が。

 高校時代からの時間が。

 レイに人と変わらぬ心を与えている。


 そんなレイを一度失い。


 気が付いた事は――


「お前が居れば負けねぇよ」


 その事実。


「行くぞ、レイ」


「はい、行きましょう。クロウ」



 俺たちは10番エリアに踏み入れた。



「PPPPPPPPPPPPPPPP!」


「SSSSSSSSSSSSSSSS!」


「KKKKKKKKKKKKKKKK!」


「GGGGGGGGGGGGGGGG!」


「RRRRRRRRRRRRRRRR!」


 並ぶは鉄の群れ。

 人型機械の巣窟。

 その中に点在する、獣機械上位種


 そうかい。そうくるか。

 これが10番エリア。



 機械生命体シリコクルス人型ノーマル


 機械生命体シリコクルス獅子レオ

 機械生命体シリコクルス大赤牛ボア

 機械生命体シリコクルス大青鹿ディア

 機械生命体シリコクルス大黒像エレファント

 機械生命体シリコクルス大紫鷲イーグル

 機械生命体シリコクルス大白熊ホワイトベア

 機械生命体シリコクルス改変蛇ヴァイパー



「勢揃いかよ」


「その様ですね」


 今まで戦ってきたエリアボス。

 その全てが一つのエリアに混在してる。

 しかも同一種は一機じゃない。


 7種の上位種が何体も、通常種の群れの中に点在しているのだ。


 そして奴等の最奥に見える機械の巨人兵。

 機械生命体シリコクルス巨人ジャイアント

 ってとこか?


 体力、魔力、精神。


 今までだって余裕があった訳じゃない。

 ギリギリの戦闘を繰り返して来たのだ。


「こいつは一筋縄じゃ行かなそうだな」


「それでも、貴方と私なら負けはない」


「あぁ、出し惜しみは無しだ。

 使える手は全て使う。

 最初から全力フルスロットルで行くぞ」


「はい。この手が握るのは勝利だけです」


 俺はレイに手を翳し、レイは自分の右手に手を翳す。



「「【突端超過暴走オーバーストライク・ポイント】」」



 ――極煌剣ハイパーストライク



 白銀に輝くこの剣が。

 俺とレイに出せる。


 正真正銘、最大最強の一撃。



 その一撃は、機械の群れを薙ぎ払う。



 開戦だ。


 お前等を全員食って、俺はレイを取り戻す。

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