第12話 ランクの違い



「クロウ、彼女は一体何者ですか?」



 針の様な視線で俺を見るレイ。

 俺とレイは、遠方で戦う剣士の姿を見物している。


 実力を見て欲しいと、単独で戦う事を提案された。

 正直気乗りはしないが、一緒にやるなら実力を見なければならないのは事実。


 それに俺やレイが見ているなら最悪にはならないだろうという考えもある。


「さてどうだろ……」


 数多の雷撃を切り伏せ、佇む様に歩く。


 抜刀の度に雷が裂かれる。

 抜刀の度に残骸が増える。


 その赤黒い刀が斬るのは、魔力その物。

 刀身に触れた魔力由来の全てが消失している。


 真面目な表情とは裏腹にその眼には笑みが見える。

 敵の攻撃を凌ぐ度に、敵の命を絶つ度に。


 彼女の笑みは強くなる。


 そこで戦うのは迷宮機構所属Aランク探索者。


 【呪剣士】一宮間切。


「あんまり調べても情報出てこなかったんだよな」


 分かったのはその出生くらいだ。


 日本のSランクの中で個人成績第3位。

 誰とも群れず、ダンジョンが出現した当初より活動し、御年74ながら現役で活躍中。


 単独最強ソロトップ一宮一心いちみやいっしん

 

一宮間切あいつはトップ探索者の孫らしい」


 よくもスーツであそこまで戦える物だ。

 靴は一応滑り止めのついてる奴みたいだけど。

 まぁ、このダンジョンの事を知ってて来た訳だし、用意してくるか。


「でも、国民を守るヒーローって感じは全くしないな」


「そうですね。

 鬼の様な戦いぶりです」


「あいつ、俺達と一緒にダンジョン攻略したいらしいぞ」


「どのような理由で?」


「Sランクになりたいんだって」


「何故なりたいか、なのでは無いですか?

 少なくとも現時点の彼女の行動は、怪しさが勝る」


 たった一人でやって来て。

 迷宮機構の権限で俺を脅し。

 その理由は、Sランク探索者になりたいから。


 子供が子供らしく言うなら分かる。

 夢を追いかけているだけなら。

 しかし、あれは違う。


 あの女の濁る瞳は、そんな純粋な感情を有している様には思えなかった。


 けど、迷宮機構所属やダンジョンの封鎖命令は嘘じゃない。

 実際に手帳と書類を見たから。


 だから、言う事聞くしか無いんだよな……


「っても別に、俺等の邪魔したいって感じじゃ無さそうだよな」


「はい。あの剣心に嘘は無い」


 培ったスキル。

 熟達した剣技。

 それは本物だ。


 ずっと戦っていた証明だ。


 その前進は疑う所では無い。


「仲良くできそうか?」


「さぁ……どうでしょうか。

 しかしそろそろ限界ですね。

 救援に行ってきます」


 レイドダンジョンの脅威とは質では無い。

 一体一体の強さがそうでもなくとも連続的な戦闘では、体力や魔力の疲弊は激しくなる。


 体力が減れば、使わなくも良かった場面でスキルを使わなきゃ行けなくなる。

 スキルを使う回数が増えれば、それだけ多くの魔力が無くなって行く。


 そうして何れ、肉体以上に精神が尽きる。


 故に通常、レイドダンジョンはソロで攻略できないとされる。


 戦闘開始から凡そ3時間。

 数百の機械の遠距離攻撃に意識を向け続け、少しづつでも数を減らす。

 近接戦闘系クラスで、それが続く時間は長くは無い。


「……ん、Aランクって感じだな」


 一宮間切の膝が折れる。

 氷の大地にペタリと膝を付いた。

 刀身を地面に刺し、杖にして立ち上がろうとするが一度崩れた体勢と精神はそう簡単には復活しない。


 それが、人の限界だ。



 だがしかし、機械の身体に体力の限界は無い。



「新武装・青鉄翼メタルウィング展開。

 目標照準完了。ジェット点火。

 左腕武装、雷撃砲より火炎放射器に換装アームズ


 昨日の戦闘で増やした武装。

 【傑作人形製造クラフト・スペリオドール】によって、それは一夜でレイの武装となっている。


 切り替え式の武装。

 パーツ毎に武装を製造し、それをアームズに登録して置く事でレイは戦闘中でも即座に武装を切り替えを行う事ができる様になった。


 翼を広げ、背の推進器で加速して。

 レイの姿は一瞬で遠くなる。


『焼却開始』


 頭に響いたその声と共に、レイの腕より灼熱が放出された。


 氷の大地を炎が焼く。


 立ち並び、砲撃を構える機械の群れ。

 翼によって上昇したその機動力に攻撃は当たらない。

 そもそも雷撃砲は上空を狙う事に適していない。


 逆に火炎放射器は、地上を狙う事に適し過ぎている。


「俺等も行くかジャック」


「ワン!」


 ジャッカルだからジャック。

 名付け親は桂だ。

 ペット的には呼び名が合った方が良いし、俺もそう呼ぶ事にした。


 ジャックの背に乗り、一宮間切の元へ向かう。


「立てるか?」


「……くっ、はい!」


 そう言って無理に立とうとする彼女の膝は笑っている。


「無理なら無理ってちゃんと言ってくれ。

 衛生兵ハニワ、彼女を回復させろ」


 【鉄土の五役兵メタロ・パーティー】で衛生兵ハニワを召喚。

 彼女の傷を治療させる。


 スキルが進化した事で、ハニワの役割強化が強くなっている。

 いつも以上に早く適切に、衛生兵は処置をして行く。


「回復系のスキル……?

 それに眷属の使役ですか」


「人形師だからな」


「ですが、あの殲滅力は……」


 炎の海を眺めながら彼女は呟いた。

 敵の数が恐ろしい速度で減っていく。


「デバイスから見てたんじゃないのか?」


「デバイスの映像送信はもっとパラパラ漫画に近い感じなので、ここまでの壮絶さは認識してませんでした」


 迷宮内には電線も衛星も無いのだ。

 その内外を通信可能というだけで上出来。

 映像が奇麗じゃ無いのは仕方ない。


「私は、合格でしょうか……?」


「見るところはあった。

 魔力を斬れるってのは大きい」


 封印系の能力やトラップ。

 どうしようもない広域攻撃。

 もしくはどうしようもない破壊力の攻撃。


 範囲とエネルギー量の概念を完全に無視した防御能力。

 その力は確かに強力だが。


 Aランクなら強みの一つくらい有って当然。


「まぁ、普通かな」


 遠距離攻撃の不在。

 身体能力もそれほど高い訳じゃない。

 ブーストのレベルは7か8って所か?

 俺よりは高いが、それは前衛と後衛なのだから当然だ。


 突破力はまぁまぁ。

 防御力も結構ある。

 1対1の性能も高い。


 が、多数を同時攻撃する方法がない。

 遠距離からの攻撃に対して防戦一方過ぎる。

 機動力も無いから別動隊の様な使い方も余り想像できない。


 それは普通の接近戦闘系クラスの弱味であり、レイドダンジョンには向かないスペックだ。


「そりゃ俺は脅されてる立場だし、しょうがなく一緒に探索する事はできるけど、必要かどうかと問われれば正直な話。

 居ても居なくてもどっちでもいい」


 説教がしたい訳じゃない。

 過度に自信を喪失させたい訳でも無い。


 ただ少なくとも俺の経験上言える、一宮間切に対するレイドダンジョン参加についての評価は『どっちでもいい』だ。


「しかし、貴方の力は殲滅力や大群相手の性能には優れていても、ボスに対してあまり強力では無いのでは?」


「ぐっ、痛い所を突いてくるな……」


 俺は胸を抑えた様な仕草で反応する。

 確かに今の俺の能力だと強い個に対してあんまり強くない。

 最大戦力であるレイも全盛期にはまだ及ばないからだ。


 しかし、昔は強かったし、なんてダサい言い訳できないし。

 甘んじてその評価は受け入れる他あるまい。


『エリアボスと接敵。

 倒してしまっていいですね?』


 そんな通信が入り、俺はイエスと指示を返す。


 今の俺が、例えばSランク探索者と戦う場合、全てのスキルを全力で使っても互角って所だろう。

 俺本体を狙われて負ける可能性は高い。

 それに今のレイには致命的な弱点もある。


 ランカーや強力なレイドボス相手なら普通に負ける。


 今のレイの性能は、所詮その程度。

 要するに、俺の対個体戦闘能力はSランクの中じゃかなり下だ。


「まぁ、それはちょっとずつ取り戻してこうと思ってる所だよ」


「じゃあ私をボス要因として……」


 彼女が言葉を紡ぎ切る。


 その前に。


 光の塔は顕現する。



 ――極光剣オーバーストライク



 黄金の剣が天を差し、雷鳴を轟かす。

 巨大極まるその出で立ちは、遠方からでも良く見えた。


 逆流する雷が、大地に倒れて敵を滅す。


 前半戦は一宮間切がやってくれて、魔力は十分あるからな。


 大盤振る舞いだ。


『エリアボス、機械生命体シリコクルス大白熊ホワイトベア

 討伐しました。

 第8エリア掌握完了』


「お疲れさま、帰還してくれ」


 通信に対して了解の意を返した。


「悪い、聞こえて無かった。

 なんて言ったんだ?」


「これがSランク……

 お爺様ランカーじゃ無くてもこれ程……」


 光の剣の残滓を見つめ、一宮間切は虚空へ呟く。


「私じゃまだ……及ばない……」


 最高峰Sランクになりたいと彼女は言った。

 その理由は知らないが、分かる事もある。


 現戦力で一宮間切が規格外Sランクと認められる事は無い。


 既に怪我や疲労している筈なのに、刀を握りしめる彼女の手は未だ震えていた。

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