第11話 個人的な依頼

 朝、母ちゃんに言われて客間に向かう。

 すると一人の女性が座敷に座っていた。


「迷宮機構より新発見されたダンジョンの調査に参りました。

 Aランク探索者、一宮間切いちみやまきりと申します。

 調査の為、暫く迷宮を封鎖させていただきます」


 客間に来た俺に彼女はそう挨拶する。


 長い黒髪にキリっとした瞳。

 しっかりしたスーツの懐から、名刺を差し出してくる。


 目立つのはその横に赤黒い刀が置かれている事だ。

 剣士系のクラスデバイスを持つ探索者。

 それは珍しくない。


 だが、アームズがあるのに帯刀している探索者はかなり珍しい。


 迷宮機構。

 それは迷宮の国防機関とも呼ばれる組織。

 武器を携帯する事自体は問題無いだろうけど、単純にそうする理由が疑問だ。


 何か理由があるのだろうか?


「安形九郎です。

 一応、ここの迷宮を探索してたんですけど……」


「あ、知ってます。

 サイン下さい」


 一宮さんが色紙とペンを渡してくる。

 いやまぁ、別に書くけど。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます。

 スパークルトーチは結構前からファンなんですよね。

 あ、私の推しはリーダーの白夜様です。

 同じ剣士系のクラスですし」


「ふーん、確かにあいつは強いですからね」


 探索者の個人ランキングも日本5位だし。

 ファンもそりゃ沢山居るだろ。


「……意外ですね。

 もっと憎らし気な表情をすると思っていました。

 あ、気を使った喋りは結構ですよ。

 歴もランクも年齢も私が後輩ですから」


 どうやらこの人は、俺がどうしてギルドを辞めたかまで把握しているらしい。


 まぁ、相手は国家機関の所属だ。

 迷宮機構には公安もあると聞く。

 知ってても不思議はない。


「別に恨んじゃいないよ。

 ギルドの事をリーダーが決めた。

 普通の事だ」


 まぁ、困ってはいるけどな。


「そうですね。

 でも、見返そうとか思わないんです?

 私なら内部情報リークしてギルドその物を社会的に抹殺とか考えますけど」


「怖っ!

 俺にもできそうな案なのがマジで怖い!

 考えてねぇって、俺は俺が幸せならそれでいいよ」


 嫌いな人間が不幸になるより、好きな人間が幸福な方が良い。

 それは当然の帰結な筈だ。

 だから今の俺にとって重要なのは、周りの誰も俯かない様に俺が強くなる事。


「だから迷宮で鍛え直してるんだし」


「ふむふむ。なるほどなるほど。

 人格的にも問題無し、っと」


「人格……?」


「いえ失礼、こちらの話です。

 ダンジョンの話に戻りましょう」


 正直、ダンジョン封鎖は困る。

 ダンジョン『氷の大陸メタル』はほぼ俺専用のダンジョンであり、今まで潜ったどんなダンジョンよりも俺をレベルアップする事ができる場所だ。


 それを封鎖されるのは大幅な弱体化を意味する。


「貴方が善戦している事は、クラスデバイスの記録から把握しています」


 クラスデバイスには緊急用の位置情報システムや、所得した情報を迷宮機構に送信するシステムがデフォルトで組み込まれている。


 これは探索者の安全性を高め、探索者の検索エンジンである『アーカイブ』を充実させる為だ。


 プライバシーに関わる様な情報が漏洩される事は無いようになっているらしいけど。

 何処までデバイスから情報が漏れているのか、俺も詳しくは知らない。


「S++認定されたレイドダンジョンへのソロ侵入。

 正直、正気の沙汰とは思えませんでした。

 しかし、それでこそSランクというべきでしょうか?

 私の様なAランクには分かる筈も無い話ですが……」


 俯く様に言う彼女の表情は、少し険しい。


「心配してくれてどうも。

 でも今の所は大丈夫だよ。

 記録を見てるなら分かるでしょ?

 だから封鎖は……」


「えぇ、しかしこのままずっと大丈夫な保証はありません。

 迷宮機関による然るべき調査の後、自由に探索して頂きたいと思っています。

 今の、貴方の経験しか情報が無い状態で、単独でダンジョンに挑むのは危険です」


 理解している事だ。

 自覚している事だ。


 しかし、俺の人形師のスキルは安全マージンという面では他のクラスより幾分か優秀だろう。


 調査とは言えどうするつもりなのか。

 その問いを、俺が口に出す前に彼女は言った。


「それとも、私の様なAランクでは不服でしょうか?」


 ランク……

 それはSからFまで存在する探索者の実績を表す符号だ。

 当然、高い程戦闘力も高い傾向がある。


 しかし、それは絶対な訳じゃない。

 見た目からして俺とタメか下だろう。

 その年齢なら、まだ実績は不十分で当然だ。


 だから、ちゃんと言おうと思う。


「もし、あんたがSランクでも。

 てか、探索者ランキング1位でも止める。

 自分の身はもっと大事にするべきだ。

 俺だからクリアできるとは言わねぇけど、誰でも勝てるなんて事はねぇって」


「…………意外です。

 もっと高圧的な態度を予想してました」


「なんでだよ?」


「私の知ってるSランク探索者は高圧的な人なので」


 まぁ確か上位程調子に乗ってる奴も多い。

 仲間が死なないソロとかは特に。

 けど、全員がそんな訳は無い。

 大体の人間は仲間の死を憂う者が殆どだ。


「心配してくれてありがとうございます。

 単独で調査しようとは思ってません。

 ですので一つ、探索者の先輩に個人的な依頼をよろしいですか?」


 少しだけ柔らかくなった表情で彼女は言った。


「現状、あのダンジョンについて最も詳しいのは貴方です。

 なので、調査に協力して頂く事はできませんか?」


 俺は頭を少し掻く。

 なるほど、と理解したのだ。


 一宮間切がここに来た理由。

 派遣された理由。

 それは確かに迷宮の調査の為。


 だが、だとしたらAランクを単独で寄こす意味が分からない。


 けれどもし、彼女自身がそう進言したのならば。


「個人的にね……」


「迷宮の調査はちゃんと指示ですよ。

 しかし貴方への協力は独断ですね。

 私が駄目なら後任が来るでしょう。

 そして、その方が私と同じ独断的な依頼を貴方に出すかは分かりません」


「……あぁ、脅してる訳か。

 ダンジョンに入りたいなら協力しろって」


「はい」


 彼女は真剣な表情で頷いた。


 乗る、しか無いだろう。

 けれど、それには一つ疑念がある。


「私はSランクを目指しています。

 最高ランクである貴方にとって、ランクに拘る等というのは取るに足らない事かもしれません」


 彼女は言った。

 自分はAランクだと。

 上から2つ目、それでも優秀な部類だ。


 けれど、その言葉を使って何度も自分を卑下している所を見るに、その現状に納得していないのだろう。


「私はどうしてもその地位に至らなければならない。

 その為に、最難関ダンジョンで実績を作る必要があります。

 だから、力を貸して下さい」


「俺が仲間に求めるのは気持ちじゃ無いよ」


「では、何でしょうか?」


「一宮間切、お前は強いのか?」


 気持ちで決めるなら、俺は仲間なんて作らない。


 どれだけ熱意があって。

 どれだけ友情があって。

 どれだけ信頼していても。



 ――死ぬときゃ死ぬ。



 そういうもんだ。


 だから、俺の気持ちじゃ決めない。

 好みとか息が合うとか、そういうのは理由にならない。


 重要なのはその能力と実力だ。


「どうせ死ぬなら、要らないからな」


 6年だ。

 高校卒業して、スパークルトーチに入って。

 そして、トップギルドに成長するまでに掛かった時間。


 その間に死んだ仲間の数は、百に及ぶ。


 俺にも白夜にも見る目なんか無かった。

 こいつなら大丈夫。

 こいつは死なない。


 そう信じた奴は、いつの間にか死んで居た。


 その人数の回数だけ、仲間を守りたいと願った。


 でも守るなら、最初から危険に近づかせないのが一番手っ取り早い方法だ。



「協力して欲しいとは言いましたが、貴方に寄生するつもりはありません。

 ただSランクの実力を見る機会と思っただけ。

 ですのでこの身、如何様にでもお試しください」



 横に置いた刀を握り。

 まるで戦を前にした武士の様な眼差しで。


 一宮間切はそう言った。

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