第15話 器



 景色が変わる。


 遠方から眺めるだけだった後衛職。

 接近されたら終わりだから、今までずっと逃げ回って遠距離から戦っていた。


 それが俺にできる限界だと思っていた。


 【魂宿の形代ソウル・カタシロ】。

 その効果は形代を付与した対象に、自分の魂を移すという物。

 形代の付与は俺が作った人形にも有効だ。


「これが機械生命体シリコクルスの視界か」


 ブースト――シクス


 身体強化の倍率補正。

 俺の身体能力は今まで比では無い。


 これなら、今なら、俺も――


 即席で作ったこれに多くの機能はない。

 推進機と雷撃砲、雷光剣くらい。

 だが、俺には人形師としてのスキルがある。


 飛躍的に向上した身体能力。

 それに加えて俺のスキル。

 人形となった俺は戦える!


 背面のジェットを点火。

 それを放出しぶっ飛ばす。

 視界が一瞬で移動した事に驚いた。


 でも、そんな頭は振り払い、急速に近づいて来るレイと巨人を……


 戦場を見据える。


「ジャック、俺の体は任せたぞ」


『ワン!』


 今、俺が操っている機械はこの機械生命体シリコクルスの肉体とレイとジャックだけ。

 他の全ての機体は停止している。


 準備は整った。

 だから来た。


「レイ」


「クロウ……何故……?」


「お前ばかりを矢面に立たせて悪かったな」


「……それは当たり前の事です。

 私は貴方の人形なのだから」


「いいや、当たり前何かじゃねぇよ。

 俺は、俺が弱いままなのを許せねぇ」



 人形に突貫させて、突進させて――


 それで良いと思っていた。



 実際、悪くは無いのだろう。

 戦術としてリスク軽減は重要なファクターだ。

 けれど、なんだろうな。


 多分あれだ。


 これは、プライドの問題だ。


「前衛と後衛を入れ替える。

 俺があいつをぶっ飛ばすから、援護してくれ」


 万能感に酔いしれる。

 とは正しく今この時の事だろう。

 体が動く、人の身体よりずっと精密に。

 頭が働く、人の脳よりずっと鮮明だ。


 機械の身体。


 これほどか。


 レイでデータ収集は済ませた。

 機械生命体シリコクルスの適切なオプションパーツやその適切な位置は、既に俺に還元されている。



 ――極光剣オーバーストライク



 俺にもできた。

 右腕だけを【突端超過暴走オーバーストライク・ポイント】の対象として発動し、雷光剣の出力を3倍に引き上げる。

 後は、こいつを叩き込むだけだ。


 俺はレイとは違う。

 仮初の体で、入っただけの魂だ。

 いつでも元の肉体に戻れる。


 今の俺は、爆弾だ。


「QQQQQQQQQ」


 それが鳴き声なのだろうか。

 巨人は振り上げる。

 鉄の剣を天上へ。


 俺は左肩のジェットを点火。

 一気に右側に旋回する。


「来い」


 【鉄土の五役兵メタロ・パーティー】。

 そこから出現する4体の機械。


 『フレアボア』

 『マナライトディア』

 『エレファントライ』

 『ジェットホーク』


 牛・鹿・象・鳥・型の機械


 現れた機械は落下する。


 ただ、鳥は羽ばたき巨人の頭へ向かった。


 巨人の剣が振り回される。

 しかし、全員に推進機がついている。

 その軌道を完全に捉えて攻撃を当てるのは至難の技だ。


 幾ら、全長10mを優に越える巨人でも。

 5体同時に対応するのは難しい。


「いいでしょう、クロウ。

 貴方がそう決めたのなら。

 それが貴方の願いなら。


 ――私はただ、叶えるだけ!」


 【赤雷指人形パペット・エレキショット】と雷撃砲が、連続で放たれる。

 その波状攻撃は巨人を呻かせる。


 レイは何度も巨人に撃ち落とされた。

 それだけ能力差があるって事だ。

 けれど、今の俺なら無理ができる。


 範囲拡大――


「行くのですねクロウ。

 ならば私も、その策を信じます。

 ――【突端超過暴走オーバーストライク・ポイント】」


 その使い方は、進化する前の荷重暴走オーバーロードに近い。

 俺の全身の性能を3倍に引き上げて。


「ブルゥゥゥゥ!」


「クゥゥン!」


「パォォォォン!」


「ピヤァァァァ!」


 俺が即席で作った新機体が、巨人の周囲で暴れ回る。

 命令は回避寄りの、隙があれば攻撃しろ。

 その指示を忠実に熟している。


「QQQQQ」


 巨人の顔が、俺を向く。

 極光を抱くこの身を、警戒している?


 他の機械への攻撃を中断し、その大剣が俺を追った。


 更に背面からミサイルの様な物が10個近く排出され、それは高弾道を描いて俺に迫る。


「「【赤雷指人形パペット・エレキショット】」」


 赤雷のEMPでミサイルを撃ち落とす。

 けれどスキルを使った隙に、メインの剣が俺を襲った。


 パシッ。


 撃たれた針が肘の関節に刺さる音。

 レイが放った『改竄針銃ハックニードル』。


 だが、こいつのハッキングは防衛機構の弱い個体にしか使えない。


 上位固体や、それを越えた性能を有する巨人にはハッキング何か通用しない。


 数秒。

 刺さった部位を麻痺させる程度の威力。


 けど、今は十分だ。


「今です、クロウ!」


 お膳立ては十分。

 充填チャージも完了。



「――極煌剣ハイパーストライク!」



 黄金に輝いていた剣は、白銀に姿を変えて。


「吹き飛ばせッ!」


「Q――」


 咄嗟に巨人が左腕を上げ、剣と自身の間に差し込む。


「ぶっ壊れろぉおおおおおおお!」


 さらに強く、俺は剣を押し込んだ。


「QQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQQ」






「QQQ」



 頭部のランプが淡く、赤黒く光る。



「まだですよ。安形九郎」



 俺に向けて、巨人は声を発した。


「貴方とこうして話すのは初めてですね。

 我が名はシリカ。お見知りおきを」


「お前が……

 なんの用だよ?」


「心を有さぬ命の主人。

 貴方には期待している。

 だから私達は、貴方に試練を与える。

 進化の兆しを、種の可能性を。

 どうか、私に見せて下さい」



 巨人が立ち上がる。



 その身体が高速で修復されていく。

 まるでそれは俺の【螺子巻き修繕リバース・リペア】だ。


 いや、それとは少し違うか。


 足元に散らばった残骸を融合してる。

 ブリキ人形の【アブソーブリペア】だ。


「ここは塞ぎます」


「退け」


「ここを塞ぎます」


「そうか、じゃあテメェも壊してやる」


「どうぞ、できる物なら」


 俺はジェットを全開で放出し、巨人に向けて特攻する。


 超過魔力暴走状態。

 今の俺は特大級の爆弾だ。


「無駄ですよ」


 巨人の体の周囲に稲妻が発生する。

 あれは獅子のプラズマシールドかよ。


 取り込んだ機械の性能を発揮できるのかよ。


「無駄はそちらです」


 レイが通りの良い声が響かせる。

 瞬間、5つの声が一直線に巨人を穿った。


『ワン!!』


 魔力充填マナ・チャージによって収束された音響波ボイスキャノン

 プラズマシールドは音まで阻まない。


 音はプラズマの発生装置を的確に射抜き、覆っていた邪魔な壁は消える。


 俺は更に推進力を上昇させて、巨人に取り付かんと全速力で疾走する。


 時間が無い。

 爆発まであと数秒。


「魔力超過状態――許容限界まで後5秒」


 シリカの声は少し笑っていた。

 俺の状態が読まれてる……


 その笑みはきっと、5秒を稼ぐ手段が存在するという意志の表れ。


 それでも俺は突っ込むしかない。


 時間も無ければ策も尽きた。

 レイも援護の手は尽くしてくれている。

 ここを逃せば次は無い。


「解析完了――【赤雷】」


 その手が俺に翳される。

 その赤く放電する掌から赤雷EMPが放たれる事は容易く予想できる。


 けれど、凌ぐ手段がもう残って居ない。

 俺は止まれない。


 ここでEMPを喰らい、落ちると知っていても俺は――


「クロウ……!」


 悲痛な顔でレイは俺に手を伸ばす。

 けれど、手が届く事は無い。

 レイの左腕に収束されていく雷撃砲も、チャージが間に合う様子は無い。


 結果は簡単に予想できる。


 俺は――壊される。


「嫌っだ……!

 勝ちてぇ」


 誰に願った訳でも無い。

 神に縋った気も無い。

 ただ、反射的に願いが口から零れただけ。




「ワン!」




「なっ?」


 一本の光の筋が、その腕を貫いた。


「そこからその出力で、届く筈が――!

 いや届いたとしても、第二世代型のレーザーでこの装甲が破れる訳が――!」


「ジャック!」


 俺の体を守っていたジャックが、魔力充填マナ・チャージによって収束させた光線レーザーで巨人の腕を貫いたのだ。


「どうやら俺の勝ちらしいな」


 俺の手が巨人の胸に触る。


 俺の身体が鮮やかに赤く光る。

 雷が溢れ、放電が激しくなっていく。


「そうか……

 一機だけでは無いのですね。

 お前も既に心を有して……」


 視界が赤く染まる。


 圧倒的な放電の中。

 俺の意識は一瞬で消失した。




 ◆




 全く、私の主は無茶をする。


 急遽覚醒した力。

 どんなデメリットがあるかも分からない。


 実際、魔力全損という致命的なデメリットが憑依には含まれていた。


 クロウの自爆から数分間。

 私もジャックも機能停止していたのだ。

 もし巨人の機能が停止していなければ、私たちは壊滅していた。


 けれど、クロウの策と力が無ければ巨人はきっと倒せなかっただろう。


 機械生命体シリコクルスの出力だけであの爆発力は成されない。


 あれは、ブーストスキルと【突端超過暴走オーバーストライク・ポイント】の乗算があったからこその爆発力だった。


「けれど、余りにもリスキーが過ぎる」


 庭で、背負ったクロウの寝顔を眺めながら私は呟く。


 ジャック意外の機械はアームズに収納し、ジャックと共にダンジョンから脱出したのだ。


『クロは無事か?』


「えぇ、ただの魔力切れです。

 というか話せたのですね。ジャック」


『犬型の機能では人語は無理だ。

 だが、周波数を調整してい日本語暗号にする事はできる』


「いつからですか?」


『一刻前だな。

 クロの力が進化した瞬間だ。

 今はブーストだけだがクロのスキルが共有されている』


 ブーストは全ての身体能力を強化する。

 機械の場合は出力その物を上昇させる。

 それでシリカの計算外からの光線が有効だったのだろう。


「なるほど、その話はまた後でクロウと。

 取り敢えずクロウを休ませます」


『あぁそうだな。

 クロが居なければ、我の目的も叶わん』


「目的があるのですか?」


『くくく……そう、我が夢は世界征服!

 我は世界を統べる魔王となるのだ!

 お前も協力するなら、世界の半分をお前とクロで折版して良いぞ』


 この犬が5割取るのですね……


 面倒になった私は犬の言葉を無視して、クロウを部屋に運ぶ事にした。


 弟君おとうとぎみの訓練はもう終わっているようだ。

 あの一宮間切という女の姿も見えない。

 誰にも邪魔される事無く、クロウを寝床に運べそうだ。


「哀れな物だな。

 それでSランクとは笑わせる」


 縁側に上がろうとした瞬間、面倒な人物と顔を会わせてしまった。


「安形宗助……」


「人形風情が呼び捨てか。

 まぁいい、九郎に伝えて置け。

 私からお前に仕事の依頼だ。

 拒否する事は許さない」


「それは、どういう……」


「これが依頼内容だ。

 確認しておくよう言って置け」


 書類の入ったファイルを私に渡し、安形宗助は歩いて行った。



『世界征服を達成した暁には、あの男の髪は常にパーマにしてやろう』


 

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