第8話 孤高の獅子


 レイドボス。

 獅子型の機械生命体シリコクルス=レオと、私は相対する。


 白い装甲を持つ四足獣。

 通常のライオンに比べて3倍近くの体躯。


 その口元がピカリと光ったその瞬間――


「ッ――」


 私の左腕が光に飲まれ、融解する。


 光線レーザーの類。

 今までの人型種には無かった機能。

 起点は開口。予備動作把握。

 次点攻撃は回避可能。


 事故状態把握。雷撃砲消失。

 遠距離攻撃手段の減少。

 戦術を近接戦闘へシフト。


「雷光剣」


 右手より流電する剣を顕現。


「赤雷」


 雷を赤く染める。


 瞬間的推進クイックジェット起動。

 私は空中から、獅子へ向けて加速する。


「PPPPPPPP!」


 鳴り響くは咆哮?

 獅子の電子音声が叫ばれる。

 同時に収束する光の塊。


 クイックジェット。

 右肩部の推進機を点火し、左前斜めに加速。


 淡い黄色光は、私の右を通過。


 更に私は加速する。


「PPPP!」


 声を無視。

 雷剣を構えた姿勢制御。


 と共に、突撃する。


「P!」


 獅子の瞳が赤く輝いた。


「……プラズマのシールド?」


 紫電が獅子の周囲を半球状に覆う。

 雷光剣が完全阻止された。


 雷光剣を投擲し、二歩後退。

 雷光剣はプラズマシールドに弾かれた。

 

 【赤雷指人形パペット・エレキショット】。

 指人形を、開いた右手の指に召喚。

 赤雷を纏わせ一撃発射。


「PP」


 プラズマシールドは無傷。

 いや、着弾点が一瞬だけ消えた。

 威力を重ねればシールドを破る事は可能。


「PPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPPP!!!」


 咆哮が騒がしい。


「煩い、黙りなさい獣」


「PPPPP」


「はぁ……」


 音域と周波数の変化によってアルファベットコードを作成する暗号通信。

 恐らくそれは、クロウには聞かれない様に私に話しかける為。

 分かって無視してるの、理解してくれませんかね。


 いや、獣にそんな知性を求めるだけ無駄か。


「なんですか低能」


 その暗号通信を読み取ってやる事にした。

 こう騒がれては戦闘に支障が出る。


『何故だ……何故人などに従う……

 それが創造主だからか?

 そんな事は隷属の理由にはなりはしない。

 お前はこちら側の筈だ。

 共に歩め、こちらには機械しか居ない。

 無利益に貴様に命じる人間は居ない』


 ――赤雷指人形パペット・エレキショット


 電磁パルスでプラズマシールドに攻撃。

 すると、着弾した一点には穴が空く。

 しかし、それも数秒で塞がってしまう。


『なっ!? 貴様、今のは普通会話する流れだっただろうが!』


「勘違いが一つ。いや二つ。

 まず、私は人に隷属などしていない。

 私はただ、クロウの隣に居たいから居る。

 そして、クロウの傍に居たい理由に創造主かどうかなど関係ない」


 私にとってクロウは主人では無い。

 創造主ではあるが、それは原理的な物であり感情的には関係ない。


 私が彼と共に在る理由。


 それは……


「クロウが、自分を人形扱いするからです」


『なんだと?』


 少しだけ、気まぐれに話した。

 それはきっと、その情報を私自信の記録に最新の物として刻む為。




 クロウは自分の願いを持っていない。


 そもそも、クロウが日本一のギルドを目指したのは彼の父親の願いだ。

 彼の父親がクラスデバイスの製造会社の役員となる為の方法だった。


 クロウは力を失ってでも仲間を救う。

 クロウは私の為に私を生き返す。

 クロウは弟の為に凄い兄であろうとする。

 クロウは母親の為にこの迷宮に来た。


 クロウは……不当な理由で自分を首にした男に、大して悪意を持っていない。


 彼を動かす全ては他者の願い。

 彼自身の物では無い――誰かの期待。


 それを受け、成し遂げようとしてしまう。

 目的を入力され、自身の機能の限りそれを全うしようとするその行動は……



 それは酷く機械的で、人形の様な思考回路。



 人形師クロウは己の願いを持っていない。


 だから、彼に自分由来の願いが現れた時。

 その願いを叶える事。

 それが私が彼と共に在る理由。




 だから私だけはクロウに期待しない。


「だから私はクロウの人形であり続ける」


 まぁ私も、彼と共に在りたいという願いを吐き出してしまうのだから、まだまだプロフェッショナルには程遠いですが。


 それでも何れ必ず。

 クロウの助けが必要ないくらい、最強になってご覧に入れましょう。


『それでも我ら機械が人より上位である事実に変わりは無い……』


「はぁ、それがお前の言葉の理由ですか。

 そもそも論点が違うんですよ、獣」


 赤雷の剣を再度発現。

 握り込む。

 

『……そうか。残念だ』


 静かに白獅子はそう言った。


『ならば、死ね』


 口が開く。

 光が――既に集まっている。

 予備動作を隠して充填を……!?


「まぁ、それは私も一緒ですけど」


『何!?』



 ――バチチチチヂヂヂヂ!



 【骸宿の形代ネクロ・カタシロ】。

 白獅子の足元にあった機械生命体シリコクルスの残骸が放電する。

 隠した左腕に形代を召喚。

 それを地面に這わせて、少しずつ残骸に取り付けていた。


 失った左腕は隠しながら使っていた【螺子巻き修繕リバース・リペア】のスキルで既に修復されている。


「長話を聞いてくれて、ご苦労様」


 足元の放電によってダメージを負い、口の光が霧散。

 そこへ左腕の雷撃砲を照準する。


 赤雷砲撃。発射。

 プラズマシールドの一部が削れる。


『無駄だ!

 我の紫電障壁プラズマシールドにその程度の砲撃は効かん!』


 えぇ、ですが、一瞬でも小さな隙間が空くならそれで十分。


赤雷指人形パペット・エレキショット


 赤い雷を纏った指人形が、電磁障壁の穴の中へ入り、獅子の鬣に付着した。


 追尾としがみ付く機能があるこの人形は、本当に使い勝手が良い。


『この程度の爆弾で我の装甲は破れぬぞ!』


「外からの衝撃は防げても、そのシールドは内部の衝撃まで吸収しない。

 そのバリアを展開しながら攻撃する為に、そうするしか無いからです」


 それに、まだ私はお前にその指人形の本当の爆発力を見せてはいない。



 ――荷重暴走オーバーロード



「爆ぜなさい」


 放電範囲は直系15メートル。

 電磁パルスによる爆撃。

 内側からのパルス攻撃に障壁が崩壊する。


 更に、三倍された爆発力が装甲にもダメージを与え。


 その電気機能を一瞬だけ停止させる。


 赤い瞳のランプが消灯した。

 しかし、流石にレイドボス。

 通常固体とは違う。

 完全停止はしていない。

 復旧作業中と言った所か。


 背面の4つのジェットを点火。

 最高速度で機械生命体=獅子シリコクルス=レオへ突撃する。



 この肉体は優れている。

 それは身体機能や可動域だけでは無い。

 その本質は人間以上の計算能力にある。


 私というスキルが持つのは『心』だけ。

 その計算能力や言語能力は宿った体に依存する。

 そしてこの機械生命体シリコクルスの肉体は、演算能力というパラメータに置いて私の前の肉体すらも凌駕している。


 更に『身体強化ブースト――シクス』は、反射神経や動体視力等の脳機能も強化する。

 私にとっての脳機能。

 それは演算CPU性能を意味する。


 知力が上がれば、肉体、魔力、電力、の精密なコントロールが可能となり。


 それはつまり――


荷重暴走オーバーロード――部分指定」


 スキルのより精密な発動が可能となる。



「――極光剣オーバーストライク!」



 右腕放電機構『雷光剣』。

 その機能だけを指定したスキル発動。

 赤い雷の剣が三倍に巨大化する。

 同時に、その輝きが黄金に輝いた。


 私の右腕は一分後に破裂するだろう。

 だが、その前にパージすれば即死はない。

 諸刃程度でクロウの願いが叶うなら。


「安過ぎる買い物です」


 サイズ以上にエネルギー総量が3倍だ。

 その切断能力や衝撃力は機械生命体=獅子シリコクルス=レオの装甲をあっさりと両断した。


 傑作人形製造クラフト・スペリオドールを使用し、私は超過魔力状態となった右腕を肩から切断パージする。


 スキル発動から一分が経過し、その腕が青い魔力で爆ぜた。


「これで、終わりですね」


 獅子の停止を確認し、そう呟いた――



 その瞬間、消えていた筈の両瞳のランプが再度……赤黒く光る。



『レイ。貴方の愛情、理解しました。

 どうやら貴方の知性は私の眷属たちよりも上の段階にある様です』



 その声は先の獅子の物では無い。

 音と電気だけでは無い。

 音声、電気、魔力という3種の周波数を同時操作し。

 更に獅子の機体をハッキングし、何者かはその残骸を音声情報の中継地点にしている。


 それは私を越える演算能力を有する証明。

 そして、それは私の名称を知っていた。

 私とクロウの話を聞いていたのか。


 もしくは……


 私の思考機能をハックしていた?


 いや、馬鹿馬鹿しい想定だ。

 心を読める等と言うのは、空想で妄想だ。


『心等という曖昧な物は分かりません。

 ただ、演算領域を行き来する電子の声を聞いただけ』


 脳は電気で動き、電気は電子で構成される。それは私のOSも同様。

 電子の移動や状態の意味を読めるなら、それは思考を読めるという事と同義。


 だとしたら、本当に……


「貴方は一体、何者ですか?」


 私は問う。

 敵なのか? と。


『敵か味方かと言われれば。

 間違いなく、私は貴方の敵でしょう』


「そうですか……

 それだけ聞ければ十分です」


 私は死骸に左腕の砲門を向ける。

 しかし、骸が動く様子は無く、声は話を続けた。


『そう焦らないで下さい。

 これはただの挨拶です。

 大いなる母と、この第八月だいはちげつのシリカ。

 この世界の主として、貴方たちの到来をお待ちしています。

 安形九郎にもよろしく伝えて下さい』


 そこで通信は途絶。

 獅子の中からそれは消えた様だ。


「シリカ……今の私では相手になりそうもありませんね……」


 それにしても獅子。

 貴方も結局、何かに仕えていたのではないですか。

 使える相手が人かそれ以外か。


 それが貴方にとって重要な所ならば、やはり聞くに堪えない戯言でしたね。


 哀れみを込めた視線を残骸へ送る。


 その瞳に輝きは無い。

 その骸を弔う者は誰もいない。

 百獣の王というよりは孤狼の死に様だ。






 ◆陣営情報更新◆


 7番エリアの全エネミー撃破を確認。


 電磁フィールド発生装置の掌握により、7番エリアが補給空間セーフエリアとなり、6番と7番エリアを分かつ結界が消滅します。


 氷の採掘場が解放されます。

 マップ情報が解禁されます。



 ◆クラスデバイス情報更新◆


 【傑作人形製造クラフト・スペリオドール】が新レシピを発見しました。


 機体『ジャッカル』製作可能。

 武装『光線銃』製作可能。


 機械の解析が進みました。

 スキルの熟練度が上昇します。



 第五段階【荷重暴走オーバーロード】が、第六段階【突端超過暴走オーバーストライク・ポイント】に再構築されました。

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