第9話 父と子と犬


 レイが獅子型の機械生命体シリコクルスを倒すと同時に、ダンジョン内に光の筋が立つ。


 俺とハニワは、それを目指した。


「なんだこれ……」


 光の筋の根本。

 そこには円柱状の装置があった。

 俺の腰あたりにある装置の天辺には、スイッチが一つ。


「コンソールの様ですね」


 レイも合流し、それを観察している。


「危険物には見えませんが、一応私が触ってみます」


 そう言ってレイが触れる。

 って、お前が壊れても俺は結構困るけどな。


 止める間もなく、レイが触れたコンソールから光が立ち上がる。


「私のOSからハッキングできました」


 その上空に文字が投影された。


『磁気発生装置の掌握を確認。

 掌握済みエリア間の防壁を消去します。

 現在の陣営情報を表示。

 機械陣営1495。人陣営5』


「えっと、つまりどういう事だ?」


「この氷の大陸には電磁バリアによって分けられた1500のエリアが存在する様です。

 最初に居たセーフエリアが5・6・15・16エリアに該当。

 そして、現在居るエリアが第7エリアとなるようです」


「1500……?

 まさか迷宮の階層の事か?」


 ダンジョンには多階層構造という種類の物がある。


 それは大規模ダンジョンによく見られる物で、階段や穴、異界門等によってダンジョン内が区切られている構造だ。


 しかし、レイドダンジョンにその構造があったなんて話は聞いた事が無いけど。


「かなりその認識に近いかと」


 しかしレイは同意する。

 ここ、7番エリアだったか。

 ここでの戦闘でも、比較的低位のレイドダンジョン並みの規模があった。


 なのに……


「これが後1500?」


「厳密には1495エリアですね。

 その全てを制圧する事が、このダンジョンの攻略方法の様です」


 いつだって冷静にレイは言う。

 俺は普通に焦るけど。

 デカすぎんだろ!!


「どう考えてもぶっちぎりで世界最大のダンジョンだよな……」


「はい」


 はい、が出たよ。

 じゃあそうなんだ。

 んん……


 なんちゅうモンが庭にあんだよ我が家!


「ですが、分かり易くて良いかと」


「分かり易い?」


「えぇ、世界最大のダンジョン。

 それを単独攻略すれば、クロウは世界一の探索者です。

 分かり易くありませんか?」


 世界一。

 まぁ捉え方によっては確かにそうなるか。

 攻略数とか他にも指標はあるだろうけど。

 少なくとも一つのレギュレーションで俺は一位だ。


 確かに……レイの言う事は間違って無い。


「ほんとに行けると思うのか?

 俺達だけで」


「当然です。

 クロウも私も居るのですから」


 レイに。

 信頼する相棒に。


 そうまで言われて弱音も無いか。


「確かにそうだな。

 だったら、やれるだけやってみるか」


「えぇ」


 静かに微笑んでそう言ったレイに、俺も頷いて返す。




 ◆




「って事で、手に入れた物の確認と強化をして行こう」


「えぇ、もっと私を強くしてください」


「魔光鏡石……これが、あのライオンの素材か」


 ライオンの残骸を分解して得られた素材。

 中でもそれは、普通の機械生命体シリコクルスからは得られない物だ。


 これを素材とする事で新レシピ『光線銃』を製造できる。

 更に、四足獣パーツから機体『ジャッカル』を一機だけだが製造できた。


「犬ですね」


「犬だな」


 白い装甲の犬。

 結構大人しい。

 獅子型程の強さは感じない。

 攻撃力としては、口から光線を出せる。

 ハニワよりはちょっと強いだろうか。


「でも操作するスキルが無いんだよな」


 ハニワや形代、レイとは違う。

 これはただのロボットだ。

 俺のスキルにこいつを操れる様な物は無い。


 幾ら有用でも、命令ができなければ無用の長物。


「まぁ、これは俺が何とかしてみるか」


「そうですね。私にはどうしようもありませんし」


「レイも光線銃要るか?

 つっても何処につけるかな」


「そうですね、制御は問題なくできます。

 魔力消費速度の増加。

 及び、積載量による移動速度の低下。

 それに目を瞑るなら問題ないかと」


「そうだな……

 レイ的には武装は必要か?」


 その武装は俺が使う訳じゃない。

 レイの機能の一つとして追加するんだ。

 なら俺が勝手に決める訳には行かない。


「……では、拳銃のような形状にする事は可能ですか?

 外部武装としてアームズの中に収納して置こうと思います」


 確かに、レイに取り付ける事ばかり考えていたがあくまでこれは『武装』だ。

 アームズに入れておくなら俺も使えるし。

 一石二鳥って奴だな。


「そうしよう」



 ジャッカルと光線銃を作り終えた。

 腕時計見るともう18時を過ぎている。

 これから更に別のエリアに挑むのは流石に危ないだろうな。

 集中的にも体力的にも。


「一回家に帰るか」


「えぇ、私もそれが良いと思います」


 何気にこのダンジョンは出るのに時間が掛かる。

 二重構造になってるからな。




 次の日。


 俺は庭でジャッカルと睨めっこしていた。

 ジャッカルも人形である事実は変わらない

 それなら俺のスキルの範囲内の筈だ。


 形代やハニワ、レイとも同じ。

 人形に魔力を流して制御する。


「はぁぁ!」


「仙人みたいな修行法ですね」


「張り切り過ぎてオナラとかでそうだよね」


 ガヤが煩い。

 レイと桂が縁側で茶をすすりながら、俺を眺めている。

 お茶とか飲んで平気なんだ。


「あ、レイさんお茶菓子もどうぞ」


「ありがとうございます、ケイ様。

 これは美味しいですね」


 呑気だね君達!


 ていうか何で俺は呼び捨てで桂は様付けなんだよ。


 恨めしく見ていると、無表情のレイの顔がこくりと傾く。

 昔の美少女の時なら映えるシーンなのだろうが、今はホラーでしかない。


「なんですか?」


「いえ、なんもないです」


 練習続けよ。


 魔力操作は得意って訳じゃない。

 けど苦手って訳でも無い。

 ジャッカルとのパスもなんとなくだが感じられる。


 これを掴んで制御すれば良い。

 そうすれば多分、どれかのスキルが進化する。


 長年の経験的に分かるのだ。

 俺の力は「新しい使い方」で進化する。

 レイが指人形に雷を宿した様に。

 荷重暴走オーバーロードを部分的に使った様に。


 新たな人形「ジャッカル」を制御すれば、どれかが進化する筈だ。


「ふん!」


 と、意気込むがやはりまだ動かない。

 魔力のパスが繋がって居ないから。


「動かないね。兄さん頑張れー」


「ファイトですよ、クロウー」


 てかお前等何で見てんの?


 という疑問は口に出さず、練習を続ける。

 レイがスキルを2つも進化させた。

 俺だって一つくらいやってやる。


 そう意気込んで、もう一度ジャッカルに魔力干渉を試みようとしたが、それを遮る様に男の声が掛かる。


「九郎、何をやっている?」


 スーツを着た男。

 整えられた見た目に、気遣われた髪型。

 真面目な印象を与える様に調整された外見。

 そんなサラリーマンにして。


 週に1日も家に居ない。

 殆どの日は帰りもしない。


 そんな、俺の父親。

 安形宗助あがたそうすけ


「父ちゃ……父さん……」


 昔は父ちゃんと呼んでいた。

 けれど体裁もあるからと矯正された呼び方。


 父さんが現れると桂は怯える様に俯き、レイも静かになった。


「ギルドをリストラされたらしいな。

 全く、不甲斐ないとは思わないのか?」


「……父さんに迷惑はかけないようにする」


「もう迷惑はかけられているがな。

 社内でも噂になってる。

 私は良い笑いものだ」


 父さんは普通の技術者だった。

 少なくとも俺が高校の時は。

 けれど、今はクラスデバイスの製造を手掛ける会社の役員だ。


 スパークルトーチのデバイス発注や修理などの仕事は全て父さんの会社に委託していたし、その仕事を取って来た功績は当然父さんの物だ。


 それ以外にも様々なレイドダンジョンの攻略に使われていると、デバイスの宣伝などもスパークルトーチでやっていた。


 だから役員までなれたのだ。


 しかし俺が首になったことで父さんの社内での立場は悪くなっているのだろう。

 いつにも増してイライラしているのが感じられた。


「お前が使い物にならないなら、桂にやってもらう」


「待ってくれ父さん。

 俺は直ぐ返り咲く。

 桂はまだ力を培う段階だ。

 急がせるべきじゃない」


「それなら早くしろ。

 私の子なら、この家を復興する為に少しでも役に立て」


 それが俺の父親の考え。

 金を持つようになって。

 役員になんかなって。

 父さんは変わった。


 昔の様に、クラスデバイスを調整してくれることはもう無いだろう。


「分かってる」


 俺がそう言うと、父さんの視線はレイに向く。

 何か言おうとしていたのかもしれないが、先にレイが父さんに言葉を投げた。


「貴方の様な方を、毒親と言うのでしょうね」


 お茶を啜りながらレイは澄まして言った。


「……人形風情が調子に乗るなよ」


「貴方こそ、子供の実績に寄生している分際で何を調子に乗っているのですか? 早く己の滑稽を自覚した方が良いかと」


 その言葉を受けて、父さんは無言でレイに近づき。


 腕を振り上げた。



「――ワン!」



 ジャッカルが動き、レイと父さんの間に飛び込んだ。


「なんだこの犬!

 九郎!」


「父さん、レイも……止めてくれ」


「……クロウ、分かりました」


 レイは俺に頭を下げる。

 父さんはジャッカルに驚いて崩れた服を正しながら、俺に言った。


「いいか、ちゃんと結果を出せ。

 私の息子ならな!」


 そう言って父さんは桂とレイの後ろを通り過ぎて去って行く。


「クロウ、お父様自身の為にもしっかりと叱った方が良いと思いますよ」


「今の俺は叱れる立場じゃ無いって」


 クラスデバイスをくれたのは父さんだ。

 父さんが居たから俺は探索者になれた。

 恩はある。返す気もある。

 返して来た実感もある。


 それでも、父さんが足りないと言うのなら。


「だから父さんの言う通り、結果を出してからちゃんと話す」


「それは……」


 何かを言おうとしたレイは、続きを話さず言葉を止めた。


「……分かりました」


「桂、お前は心配するな。

 俺がちゃんとやる」


「ごめん兄さん」


「謝るなって」


「ありがとう……」


 ってか、え?

 俺は縁側に飛んで行ったジャッカルを見る。


「ワン?」


「お前、なんで動いてんの?」


 俺が指を差すと、ジャッカルは寄って来て手を俺の手の甲に乗せた。


「ワン!」


 いや、お手じゃねぇよ。







 ◆クラスデバイス情報更新◆


 第四段階【粘土の四役兵ハニワ・パーティー】が、第五段階【鉄土の五役兵メタロ・パーティー】に再構築されました。

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