第23話 欺瞞


 逃げる男を女が追う。


 更地になった森林を通り過ぎ、森が残る程離れたのは男が『飛行能力』を有していたからだ。


 氷の翼を背に携え、景色を追い抜て空を翔ける。


 とは言え、血に濡れた腹を抱きながら進む男の速度は普段通りとは程遠い。

 だからこそ、地を駆ける女でも追従する事ができていた。


「止まりなさい、天城白夜!」


 その怒声に男は無言だ。

 白夜は言葉を返さない。


 迷宮機構公安部所属、一宮間切。

 その疾走は彼との離させないが、距離を詰めるほどではない。


 遠距離攻撃の不足。

 今の彼女は手負いのSランクにすら追い付けない。


 その自覚と共に汗が頬を伝う。

 逃がす訳には行かない。

 天城白夜は重要参考人。

 そして、彼の手にはまだ……


「しつこいよ、一宮間切」


 急に彼は止まった。


 森林の中。

 翼を閉じて地に足を付ける。


 それを見て、間切も警戒気味に止まった。


 背中を見せて白夜は話す。


「でも、ここまでだ。

 悪いけど、まだ捕まる訳には行かない」


「いいえ、貴方はここで捕まえます。

 観念していただきましょう。

 それに、このまま逃げてもその傷では長くありませんよ」


 刀を構え、白夜に向ける。

 その腹は氷に覆われ、致命傷をかろうじてとどめている。

 そんな状態だ。


「はっ」


 しかし、間切の言葉を白夜は鼻で笑い飛ばす。


「悪いけど、僕をそこらの犯罪者と同じにしないで欲しいな。

 万一の為の逃走手段を用意していない訳が無いだろ」


 目の前の大木、その一面を白夜の剣が切裂く。

 すると、木の中にかまくらの様な空洞があった。


 そして、内部は魔力で満たされている。


「ダンジョンの遺物【転送魔法陣】さ。

 追って来るなら来なよ。

 数十人の僕の部下に、君一人で勝てるならだけどね」


 嘘だ。


 内心、間切はそう切り捨てる。

 この男は今、嘘をついている。

 数十人の部下が居るのに、それを襲撃に使わない訳が無い。


 あの襲撃がブラフの可能性は無いだろう。

 安形九郎に敗北する事が前提だった筈がない。

 それは、白夜の傷が証明している。


 故に、それだけの戦力を保有しておきながら今回の作戦に使わない訳が無い。


「貴方が何処に逃げようと必ず捕まえる。

 それが、私の仕事です」


「そうか、じゃあ来なよ」


 そう言って、白夜は木の中に隠された魔法陣へ飛び込み姿を消した。


「……ふぅ」


 一息を吐き、心の緊張を強固に縛る。


 間切は意を決して、歩を進めた。


「待って下さい」


 背後から声が掛かったと思った。

 その矢先、声を掛けた存在は間切の肩に手を置いていた。


「彼は危険です。

 その言葉を単なる嘘と断じるのは、愚かな判断であると私は助言いたします」


 銀色の肌。

 機械の体。


 声色は女の様な合成音声。


「貴方は……」


「クロウがお世話になりました」


「レイさん……」


「ここは私が。

 この体は仮初の体。

 破壊されても問題ありません。

 ですので偵察は私にお任せ下さい」


 一歩踏み出そうと上げた足が、前に出ない。


 肩に置かれた手が、自分の前進を抑えている。

 それほどまでの膂力。

 威圧感はSランクに匹敵する。


「分かりました。

 お願いしても良いでしょうか?」


「当然です」


 そう言って、レイは魔法陣の中へ進んで行った。




 ――




「予定に無い訪問者は殺せとの命令だ」


 魔法陣に入ったレイの目の前に女が一人立っている。


 顔を覆面で隠した黒装束の女。


「そうですか。

 早く退いて下さい」


 淡々とした声で、女の言葉に意志を返答する。


「では、死ね」


 その瞬間、背後より賊刀が振り下ろされた。


「私の魔力感知を掻い潜れるとでも?」


 背後より迫った剣を雷撃剣で受け止める。


「うあぁぁぁあああああ!」


 迫ったのもまた女だった。

 それが絶叫を上げたのは雷撃剣による『感電』の成果だ。


 焼けた身を地面に投げる。

 その姿を一瞥すると、レイの視線が一瞬停止した。


 全く同じ。

 目の前に居る女と全く同じ姿。

 それは服装だけに止まらない。



 身長。体重。体格。声紋。瞳孔。



 ほぼ全ての身体的パーツが同一。

 双子ですらここまで似る事は無い。

 ならばそれは、高確率で幻想の力だ。


「スキルですか」


「あぁそうだ。

 そして、誰が分身は一人だなんて言った?」


 囲まれている。

 暗い倉庫の中。

 その物陰に潜むは百に昇る程の敵影。



 熱感知。魔力感知。音声感知。



 全ての感知能力をフルに使って、総数を把握していく。


「計93……いえ、94名体」


「素晴らしい。

 正解だよ、機械女」


 女が上擦った声を出した。

 その瞬間、全てが一斉にレイへ襲い掛かった。




 ――




「分身のスキル持ち?

 聞いた事ねぇな。

 少なくともSランクにそんな奴居ないぞ」


「恐らくそれも、改造デバイスを所持した違法探索者でしょう」


 白夜がスキルを解除した事で熱量限界に達した機械を回収したのち、俺は先行させたレイを追った。


 それより更に早く白夜を追っていた間切と合流し、レイが帰って来るのを待っていた訳だが、報告を聞いて流石に入る気は無かった。


 柴峰に俺の戦力はほぼ出し尽くした。

 そんな状態で相手はできないだろう。

 もっと多くの応援が必要だ。


 けど無駄だろうな。

 時間を掛ければ転送場所から更に逃げられる。

 白夜も馬鹿じゃない。

 痕跡を残してくれる可能性は低そうだ。


「申し訳ありません。

 私が道中に捕縛していれば……」


「いえ、それを言うのであれば私が【魂宿の形代ソウル・カタシロ】の機体で敵を倒す事ができなかった事が原因です」


「別に責任の所在なんかどうでもいいよ」


 追うのは無理。

 そして奪われた物が一点。



 クラスアップチップは箱の中に2つ収められていた。



 元々、そのチップは完成したとは言え、まだデータを取る必要があった。


 だから最初の使用者は慎重に決定されていた。

 使用者が決まっていたのだ。

 未来を変える次世代の最強兵器。


 その最初の使用者は当然。



 ――現最強だ。



 Sランク探索者ランキング日本1位。

 そして、その1位と同じギルドに所属する第2位。


 如月皇苛きさらぎおうか。 

 柊夜彦ひいらぎよるひこ


 彼等の為の物だったのだ。

 だから2枚あった。

 柴峰が使った1枚は回収した。


 だが、もう一枚はまだ箱の中にあった筈。


 それは、白夜に持っていかれた。


「父さんになんて謝るかな……」


「不要ですよそんな物は」


 レイは冷めた表情で俺に言う。

 不要ってそんな事無いだろ。

 確実にキレられる。


「私もレイさんの意見に同意いたします」


「え、どうしてだ?」


「天城白夜は貴方を警戒していました。

 ですので、貴方を監視するスパイを送り込んでいたのです」


「送り込んだって、何処に?」


「ご実家でございます。

 しかし、本職わたしから見ればかなり稚拙でした。

 偽りの情報を植え付ける事もできるほどに」


 そう言えば、白夜にチップの使用方法や効果を教えたのって結局誰だったんだ?



 デバイスについて詳しく。

 秘匿された新型の使用法や効果を知り。

 この作戦の事も理解している相手で。

 しかも、俺の実家に出入りしている。

 そして、天城白夜と接点のある人物。



 ?



 それが間切が言ってる「スパイ」なのだろうか。

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