首を切られた人形師、実家で見つけた機械生命体が現れるダンジョンでメカニックとして覚醒する

水色の山葵/ズイ

第1話 誇りの在り処


「君は首だ」


 男は俺に言った。

 俺はそれまでの経緯を思い出す。




 レイドダンジョンという物がある。

 通常、迷宮探索の推奨人数は1~8名。

 だが、レイドダンジョンは違う。

 大量の人数を要する大規模な物である。

 その推奨人数は30人以上。

 上限は無い。


 30年程前に突如地球に出現したダンジョンの中でも、最大の戦闘力を要するダンジョンであり死亡確率や件数も他のダンジョンとは比較にならない。


 されど、レイドダンジョンは広大な世界。

 得られる資源も宝物も莫大だ。

 故に攻略可能なギルドは誰からも認められる存在となる。


 そんなトップギルドの一つ。

 日本で五本の指にも数えられる俺達。

 ギルド【スパークルトーチ】。


 俺達は数カ月の作戦立案と練り直しを行い、今日も新たなレイドダンジョン攻略に挑んでいた。


『なんでなんだよ……?』


『こんな情報ありませんでしたよ!』


『指示を、指示を下さい!』


 通信機インカムからは各隊長の声が聞こえる。

 昨夜勝利を誓った戦友の悲痛な声。


 他の部隊は隊長しか通信に参加できない事になっているが、俺達トップチームだけは全員がその通信を聞き、指示を出す事ができる。


 戦況を見渡せる自陣最奥。

 そこから俺たち5人は見ていた。

 目に映るのは一体の【巨人】。


 その全長は数百メートル。

 炎を口から吐きだし、両手には巨大な剣と槍を持っている。

 見た目は赤い体毛の爺さんにしか見えないのに、防御力や攻撃力、何より攻撃範囲は別格だ。


 探索者用の図鑑アーカイブにも記録されていない初めて見る種だ。


「クソが……」


 俺の隣で、このギルドの長が苦虫を噛んだ様な表情を浮かべる。


 巨人が俺たちが居る最奥へ迫っていた。

 ……数百人の仲間達を蹴散らしながら。


白夜びゃくや、これはもう俺達の負けだ」


 俺は純然たる事実を口に出す。

 部隊の他の奴等は返事をしない。

 ただ俯いている。


 こいつ等ももう巨人と戦った後だ。

 全ての攻撃が通用しなかったと悟った後なのだ。


「駄目だ……僕等はトップギルドなんだ……」


 自虐的に自分の手を見て、白夜は悔やむ。

 トップギルドの長としての責任に拳を震わす。


 だが、今じゃねぇだろ。


「何言ってんだよ。

 駄目なのは皆がこのまま死ぬ事だ。

 俺が時間を稼ぐ、全員撤退させろ」


 俺は他の面子よりも数歩前に出る。

 少し離れた位置に居た一体。

 鎧を纏ったソレが俺を追従する。


 それしか俺の取れる選択肢は無い。

 だから、俺は俺の力の名を呼んだ。


「行くぞ、レイ」


 俺の後ろに追従していた一体の人形。

 アルビノの様な白銀の体を有す俺の騎士。

 俺が作った人形兵器オートマタ


「了解」


 十代後半の少女の様な外見に聖騎士の様なその姿で敬服する、俺の僕。


「どうぞ」


 長い白髪を片耳に掛けながら、俺の前で口を開ける。

 舌の上にある青い玉を俺は取り出した。

 これはレイが持つ記憶のコピーだ。


「それでは」


 足裏から魔力の波動が発生する。

 レイの身体が飛行を始める。

 それに対して俺はスキルを発動する。


 いざという時の為の。

 そう、こういう時の為の力。


「悪いな、お前を壊す俺を許してくれ」



 ――荷重暴走オーバーロード



 それは自壊のスキル。

 自爆と引き換えに、1分間レイの全性能を3倍にする。


「私の肉体は生まれた時より貴方の物。

 どのように使われても文句はありません。

 ですが、傀儡如きが願えるならば……」


 最後の言葉を残して、レイの体が弾けた様に加速して巨人へ向かった。



 ――もう一度、貴方の元で戦いたいです。



 当然だ。必ずお前を造り直す。

 心中で返答し、俺はその激戦を見守った。


 一分あれば、精鋭であるギルドメンバーは逃げられるだろう。


 通信でその旨を全部隊に呼びかける。

 すると、前線の撤退は始まった。


 誰もが背を向け逃げる中で、俺の人形だけが勇猛果敢に巨人へ挑む。


 自壊する事。自爆する事。自滅する事。


 己が死ぬ事。


 レイは全てを理解している。

 それでも俺の為に加速するのだ。

 その姿に喜びと悲しみを同時に覚える。


 巨人が放つ大剣の一撃をその身で受け止め、弾き飛ばし、その顔面に向かってさらに加速していく。

 ビリビリとその身体に亀裂が走り、ボロボロとその身体が砕けて行く。


 纏う超過魔力が溢れ出し、その身はまるで彗星の様な輝きを放つ。


 その一条の光は、巨人の顔面を殴りつけ、吠える巨体の口の中へ飛び込んで。


 レイの持つ最後の機能。

 【超過魔力爆発】を発動させ。

 青い魔力は赤く反転する。


 ――赤い魔力の閃光が巨人の口や鼻や耳から溢れ出す。



 ボフン。



 赤い雷が走る煙の中、その爆破した顔はそれでも俺達を睨んでいた。


 レイの最後の一撃でも奴は死ななかった。

 だが、多少のダメージは入ったらしい。

 巨人が膝を付いている。

 この隙に皆逃げられるだろう。


 けれど、その日の作戦は失敗。

 俺たちは敗走した。




 ◆




「どういう事だ白夜……!」


 ギルド本拠に逃げ帰った翌日。

 その長部屋マスタールームで俺は白夜リーダーを睨んでいた。


「何でレイの修理費が落ちないんだよ」


 澄ました顔でリーダーは俺に応える。


「いや、修理費三億って高すぎだから。

 それに君はあの戦いで勝手に味方を動かした。普通なら厳罰が当然の行為だ」


 それは、そうしなければ大勢が犠牲になったからだ。

 それはこいつも分かってるだろうに。


「君の人形は確かに強かったよ。

 でも人形に三億の価値なんてない。

 それと当然、その人形が居ない君には降格して貰うから」


「ふざけんなよ。

 今まであいつは何度もお前等を助けて来ただろ」


「それはお互い様だろ。

 どちらにしても君個人をそこまで優遇する訳には行かないし、自分の人形の始末は自分の成果でつけるべきだ」


 俺は人形師。

 戦闘職というよりは生産職に近い役割クラスだ。

 正直、情けない話だとは思うが人形が無ければ戦えない。


 でもそういう問題じゃ無いんだ。

 俺にはレイの最後の願いを叶える義務がある。


「それにね、人形遊びはそろそろ卒業した方が良いと思うよ。

 君も自分自身の力で戦うべきだ。他の皆と同じ様に。

 だから君に、クラスチェンジを勧めるよ」


 言葉が出なかった。

 こいつは何を言ってるんだ。

 意味が分からない。理解できない。


 俺は白夜を仲間だと思っていた。

 信頼に足るリーダーであると。


 だが、こいつは俺の事を心の中で「人形遊び」と侮辱していたらしい。


 頭を殴られる以上の衝撃だ。

 このギルドを信頼していた。

 ギルドの一員として誇りを持っていた。


「なんだよそれ……」


 間抜けな声が口から零れる。


 同時に、全部どうでも良くなった。

 こんな奴等よりも、俺にはレイの方が大切だ。


 そんな想いが頭に浮かぶ。


「俺は人形師だ。

 このクラスをやめる気は無い」


「そっか。じゃあ……」


 そうして、白夜は俺に言った。


「君は首だ」

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