第23話 見えない攻防、スタンドバトル勃発!?

「みくねっちいる〜?」と、玄関から聞き覚えのある声がした。


「えっ!?」


 びっくりし過ぎたあまり、心臓が一時的に止まるかと思うほどだったが、直ちに冷静さを取り戻し、玄関に向かった。


「来ちゃった♡」

「来ちゃったって……突然過ぎるだろ!」

「ええー、LINE送ったよ? 見てないの?」

「LINE……?」


 急いでスマホを確認すると、確かにテンテンからメッセージが届いていた。


『みくねっち、今暇?』

『お休みだからまだ寝てるのかな?』

『この間ファミレスで絵を教えてくれるって約束した件あったよね? あれさー、今日とかでも大丈夫?』

『わたし今日めっちゃひまなんだー』

『行ってもいい?』

『というかもうみくねっちの家の側かもww』

『あと二分で着きまーす。よろw』


 まさに鬼のような連投だ。しかも、到着する前にこんなに連絡しても、ほとんど意味はないんじゃないかと思ってしまう。

 それにしても、なんで彼女は家の場所を知ってるんだろう?  僕は教えてないはずだよね? しかも、自分から勝手に入ってきてるし。


「なんだ、みくねっち起きてるじゃん。寝てるのかなって思って勝手に入っちゃった」

「いや、勝手に入るのは犯罪だから! 住居不法侵入だから!」

「だってみくねっち一人暮らしだから、中で倒れてたら困るでしょ?」

「なっ、なんで僕が一人暮らしだって知ってるんだよ!」

「あぁー……勘?」

「当たるわけないだろ! 一体どこの占い師だよ!」

「占い師のわたしに予言で闘おうなどとは10年は早いんじゃあないかな、でお馴染みのモハメド・アヴドゥルでーす」

「マジシャンズレッドじゃねぇんだよ! つーかせめて性別合わせてくれ! そこは相ト命だろ!」

「あはっ♡」


 テンテンが手を叩いて大笑いし、僕はうなだれた。その後ろで神室があんぐりと口を開けて驚いている。テンテンの大ファンだった神室は、突然のコスプレイヤーテンテンの登場に思考が止まってしまったのだろう。


「げっ!?」


 手塚はどういうわけか、全身から凄まじい殺気を放っていた。その勢いは、今にも殺人事件を引き起こしてしまいそうなほどだ。正直言って、かなり恐ろしい光景だった。


「というか……クラス委員長さんだっけ? この前ファミレスで会ったよね? なんでみくねっちの家にいるわけ?」

「手塚チカや! ここは学校ちゃうねんからクラス委員長いうな! つーかコスプレイヤーこそなにしに来てん!」

「わたしは、ほら、みくねっち一人暮らしだから何かと大変でしょ? だから通い妻的な?」

「なっ!?」


 殺人鬼のような目つきで手塚に睨まれた僕は、慌てて首を横に振り、その考えを否定した。


「そういう委員長はどうしてみくねっちの家にいるのかな? 教えてくれるとわざわざスタンド攻撃しなくても済むんだけど……」

「やれるもんならやってみぃやァッ! スタープラチナで返り討ちにしたるわァッ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」


 すごいシャドウボクシングが繰り広げられている。

 その迫力に目を奪われてしまった。


「クラス委員長が空条承太郎なわけないでしょ。そうね、良くてチープ・トリックってところじゃない?」

「ほとんど死んでもうてるやんけッ!」

「あら、背中を見せなければ大丈夫よ」

「どうやって電車乗ってここまで来るねん!」

「気合」

「無理に決まってるやろ!」


 バチバチと火花を散らし合うふたりの間に、時折背後霊のようなものが見えるのは……気のせいだろうか?


「お、おい。お前マジでテンテンとどんな関係なんだよ」と話しかけてきたのは、一時的なフリーズ状態から回復した神室だった。


「最近SNS上で知り合ったばかりだから、その……僕にもよくわからなくて」

「は? 漫画家ってマジで有名レイヤーとSNSで繋がれんのかよ!」

「そこなのか!」


 そんなことないと思うんだけど、やる気に満ちあふれてる彼に水を差すのは申し訳ないので、言わないでおこうと思う。理由はどうあれ、創作に一番必要なのはモチベーションなのだ。


「とりあえず、テンテンも上がったら?」

「はーい♡」

「……チッ」


 ずっと玄関でスタンドバトルを繰り広げられているのも迷惑だったので、居間に移動し、4人で紅茶を傾けることにした。


 しかし、ここでも手塚は雷鳴のような怒号を轟かせる。


「ちょっと待ちぃやっ! なんでウチと神室が隣で、ユッキーとレイヤーが隣同士やねん!」

「あら、素敵な組み合わせじゃない」

「どこがやねん! お前眼球腐っとるんとちゃうかっ! まあええわ、席変えろ。席替えや!」

「……しょうがないわね。みくねっち、席を変えるわよ」

「え、あ……うん」


 僕はテンテンの指示で手塚と神室が座っていた場所に移動し、手塚と神室は先程僕とテンテンが座っていた場所に移動した。


「そうそうこれでええんや。どっこいショウイチ――ってそんなわけあるかーい!! お前ウチのことおちょくっとんのかッ!」

「替われって言ったのは委員長じゃない」

「ウチが言うたんはお前だけや! なんでユッキーまで一緒に連れて行っとんねん!」

「嫌だわ、夫婦みたいだなんて」

「言うてへん言うてへん! お前どんな耳しとんねん! 今すぐ耳鼻科行ってこい!」

「今すぐ式を挙げろだなんて、クラス委員長だけあってお節介なのね」

「お前ホンマしばいたろかッ! つーかこいつ何しに来てん!」

「なにしにって、絵を教わりに来たに決まってるじゃない」

「絵……?」


 ようやく大人しくなったと思ったら、手塚はどういうことか説明しろと睨んでくる。


「まさか、こいつ知っとるんか?」


 何が……? と聞き返してしまいそうになったが、この状況から察するに、その答えは一つしかないだろう。手塚はテンテンが黄昏の正体を知っているのかと聞いているのだ。


 僕はYESと頷いた。


「まさかとは思うけど、自分だけが知っていると思い込んでいたのかしら?」

「……っ」

「わたしはこれからみくねっちとマンツーマンで絵のレッスンがあるの。委員長はそろそろ帰ったら?」

「ウチはユッキーの――黄昏先生の正式なアシスタントなんや! これから黄昏先生と大事なミーティングがあんねん! 遊びで来とるお前の方こそ帰らんかァッ!」

「……アシスタント? みくねっち、このクラス委員長は虚言癖があるみたいよ」

「嘘じゃないよ。手塚さんとそっちの神室は、今日からココでアシスタントとして働いてくれることになったんだ。この前言ってたろ? アシスタントの話。あれがまさかの二人だったんだよ」


 テンテンに今日がアシスタントの面接だったことを伝えると、アインズ・ウール・ゴウン顔負けの絶望のオーラVを放ち始めた。即死耐性を持っていなければ、即死しているところだったでござるよ、殿! と、思わずハムスケ口調になってしまう。


「いや、あの……神室も一緒だから!」


 なぜ僕がこんなにも慌てて言葉を選ばなければいけないのだろう。言うまでもなく、隣に座っている美少女の存在が気になって仕方がないからである。


「先日はどうもっす」

「………?」


 つい先日、神室とテンテンは校門前で会っているのだが、彼女の反応を見るに、まるでその出会いを覚えていないようだ。


「校門前でお話した、イケメン枠の神室雅也っす!」

「あー、あのときのファンの子か……」

「覚えててくれたんですか! マジで感激っす!」


 感動のあまり胸を押さえる神室に、テンテンは女神のような微笑みを浮かべた。


「神室くん、たとえ40度の熱が出てもアシスタントの仕事、休んじゃダメだからね?」

「え……」

「神室くんが休んでしまったら、そこのエセ関西弁女とみくねっちが二人きりになっちゃうじゃない。みくねっちがかわいそうだよね。……ね?」

「ちょっ、誰がエセ関西弁女やねん! ウチは正真正銘大阪の女や!」

「埼玉の女の間違いでしょ!」

「元々は大阪やっていうとんねん!」


 口論は激しさを増し、最後には「イィー!」や「キィー!」といった、猿の奇声を思わせるような声が飛び交っていた。



 30分後、口論を終えたテンテンに絵の指導を始めるため、僕たちは作業部屋に移動した。

 手塚と神室は特にやることがなかったが、帰る気配はなく、手塚はテンテンが帰るまで待つと言って聞かず、神室もついでにテンテンと仲良くなりたい様子だった。しかし、テンテンには神室の存在がまったく見えていないようだった。


「俺……イケメン枠なのにっ」とくちびるを噛む神室の表情が印象的だった。

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