第2話 元カノに興味がなくなり漫画一筋になった僕

「ふぁ〜」


 深夜の時刻、筆を置いた僕はパソコンの前で大きなあくびがこぼれる。

 やっと最新話が仕上がった瞬間だ。

 今完成した原稿を【コミックナイト】にアップし、SNSで最新話の投稿をシェアする準備をする。


「よし」


 最新話が公開されてからわずか1分。SNS上で【いいね】や待ち望んでいたコメントが舞い込む。

 WEB漫画投稿サイト【コミックナイト】にアップした最新話は、あっという間に閲覧数が100、1000と急増する。


 この調子なら明日の朝には軽く1万を突破し、夕方には3万を越えるだろう。

 1週間後には、確実に10万を越えているだろう。


「おっと」


 さっそく担当編集からメールが届いた。


『黄昏先生。最新話更新、お疲れちゃんでーす。

 今回の話もチョモランマくらい面白いわよ。すでにコメントもかなり書き込まれているみたいだし、やっぱりアタシの目に狂いはなかったわね! 【廻れ狂想曲】の人気は本物よ。単行本一巻の売上も順調だし、このまま一気にアタシの出世――アニメ化目指して頑張るわよー』


 立花さんは相変わらず元気だな。

 でも――


「アニメ化か……」


 人気コスプレイヤーの彼女にフラれてから早一年。僕は誰でも【漫画家になれる!】と謳われる某漫画投稿サイトに、自分の作品を投稿するようになった。

 小さい頃から絵を描くのが趣味で、小学生の頃からこっそり漫画を描いていた。


 しかし、人に見せることも、有名な漫画賞に応募することもなかった。人前で自分の作品を見せるのは恥ずかしいと思っていた。

 そんな僕を変えたのは、自己顕示欲の塊のような元カノだった。


 僕の描く漫画、【廻れ狂想曲】は漫画好きな人々の間で話題となり、投稿からわずか一ヶ月で月間ランキング一位に輝いた。

 そしてついには年間ランキングでもトップに躍り出るほどの成功を収めた。


 出版社から書籍化のオファーが来るまで、それほど時間はかからなかった。


 漫画投稿と同時にはじめたSNSのフォロワーは一年で100万人に達し、憧れていた有名漫画家ともSNS上で交流するようになった。


 ちなみに、僕を振った元カノのフォロワー数は一年前と同じ10万人のままで、更には元カノは【廻れ狂想曲】の作者【黄昏】が自分と同一人物であることを知らず、黄昏のSNSをフォローしている。


『あたしはアニメや漫画などのコスプレをしているルリルリといいます。黄昏先生の【廻れ狂想曲】の大ファンです。もちろん、コミック第一巻も買いました! もしよかったら仲良くしてくださーい♡』


 先週、このようなダイレクトメッセージが届いた時には目を疑ったほどだ。

 もちろん、返信はしておらず、今後もしないつもりだ。


 以前の自分なら、すぐにでも正体を明かして彼女を見返してやりたいと考えたかもしれないが、今の自分は大人になったのだろう――いや、正直に言えば、どうでもよくなってしまった。

 今では彼女のことを考えることもなく、僕の中で綾瀬瑠璃華は完全に過去の人になっていた。


 だから、今更彼女を見返してやろうなんて気はないし、彼女と関わろうとも思わない。


「そろそろ寝ないとな」


 すっかり人気漫画家になった僕だけど、まだ高校二年生。学業をおろそかにする訳にはいかない。学校での経験は、将来漫画家として必ず必要になる。担当編集からも口酸っぱく言われている。


「軽くプロットを描いてから、寝るか」


 結局、五時頃まで作業してしまった。


 眠気をこらえながら通学し、いつもの教室に入ると、ふと瑠璃華と目が合った。本当ならもう二度と彼女と関わりたくないと思いつつ、視線を外せば、彼女が得意げに微笑む。


 凡人かつ陰キャなあんたは端を歩け。決してあたしと対等だなんて思うな。

 そう言われているような気がしたけど、僕は気にせず席に就く。


「ええー、どうしようかなー。困ったなー」


 大声で独り言を言っているのは、自己主張が強い綾瀬瑠璃華だ。

 彼女は楽しそうに「困ったなー」と口にする。彼女の言動は誰が見てもチグハグだった。


 あれでは構ってくださいと言っているようなものだ。みんな放って置けばいいのに、ウチのクラスメイトたちは優しいのか、彼女に弱みでも握られているのか、みんな彼女にとって都合のいい行動を取ってしまう。


「今度またゲームショーに出てくれないかって、出演オファーが来てるんだよねー」


 ほら見ろ。

 思いっきりただの自慢話じゃないか。

 コスプレイヤーとしてゲームショーに出演するっていうのに、どこが困ったことなんだよ。

 ほんと、相変わらずいい性格してるよな。


「めっちゃすごいじゃん!」

「でもでもー、変なのもいっぱいいるんだよ? ぶひぶひ言いながら、やたらローアングルから撮ろうとしてくるキモいおっさんとか。お前何歳だよって。娘いたらマジキモがられんぞって」

「やばっ! それマジうける。ってか引くわ」

「でもさ、やっぱり瑠璃華が可愛いのが良くないんじゃない?」

「えー、やっぱり?」


 何なんだよ、このゴミみたいな会話は。

 ってか、コスプレイヤーなら撮られるのが仕事だろ。見られない撮られないコスプレイヤーなんて、マジで存在価値なし。

 それをわかっているからこそ、お前たちだってしこりティー高い衣装を好んで着てるんじゃねぇのかよ。


 全然エロくないグラビアなんて需要がない。それと同じく、全然エロくないコスプレイヤーは需要がない。現にお前より有名なコスプレイヤーも乳を見せて、谷間を見せて、ケツを丸出しにしながら笑顔で写真に撮られているだろ。それでも嫌な顔一つせずに撮られるからこそ、彼女たちはプロなんだ。

 

「わたしもコスプレイヤー目指そうかな。芸能人とかにも会えたりするんだよね?」

「まあね。でもJとかは無理だよ。あっちはレベル高杉君だし。仮に会えるチャンスが会ったとしても会わないほうが賢明かな」

「どうして?」

「あいつらのファンは熱心だから、バレたら消されるもん。でも他のアイドルなら、実際に会うことも可能かな。でもね、実際に会えるって言っても、正直微妙なアイドルばっかりだけど」


 微妙なアイドル、ねぇ……。

 一年前、その微妙なアイドルに会える、デートができると浮かれていたのはどこの誰だよ。


 風の噂によると、あるコスプレイヤーが憧れのアイドルとデートしたら、「なんか顔違くね? やっぱり加工ってすごいのな」と、デートが始まって一分で心を砕かれたって話だ。


 芸能界で可愛い女の子をたくさん見てきた人たちにとっては、学校の中で可愛いランキングベスト10に入る女子高生なんて、そんなものなのだろう。


 言い方は悪いが、所詮オタ姫なんてそんなものだ。


 でも、一般人からすれば超絶可愛いことに違いはない。

 実際、一年前の僕も彼女に夢中だった。それは否定しない。


「それよりコスプレイヤーになったからには、やっぱり有名漫画家とのLOVEじゃん。稼ぎも芸能人とは比べものにならないって有名だし。今や漫画は世界的だからね」

「えっ!? コスプレイヤーって漫画家と会えたりするの?」

「過去には漫画家とコスプレイヤーが結婚したりとかもあるし、まあー無理じゃないかな。あたしも――」


 そう言いながら、瑠璃華は通学鞄からラバーキーホルダーを取り出した。それを友人たちに見せつけるように掲げた。


「じゃーん♪」

「【狂曲】の奏炎じゃん! マジかっこよ!」

「実は最近【狂曲】の作者、黄昏先生にDM送っちゃったり、まあー色々あるんだよねー」

「えっ!? うそ! それってヤバくない!」

「まあねー。有名コスプレイヤーだから許される特権? みたいな? しかもこれは噂なんだけどさ、黄昏先生ってあたしらと同じ学生らしいんだよね」

「ほんとに!?」

「黄昏先生の担当者って人が、SNSで呟いていたんだって。黄昏先生、明日学校遅刻しないで行けるかなって」


 あの野郎っ。

 あれほど作品以外に関することは呟くなって念を押したのに。

 酔うとべらべらと人のことを話したり、SNSに書き込む癖……何とかしてほしいよ。

 今度こっそり編集長に抗議のメール送っちゃろか。


 瑠璃華の奴も、一方的にDM送ったくらいであの言い方だもんな。あれじゃ詐欺師だよ。馬鹿らしい。


「そういえばどっかの誰かも漫画好きで、アニメ好きだったよね?」

「………」


 一瞬こちらに視線を向ける瑠璃華。

 めっちゃうざい。

 一体何をアピールしているつもりなんだ。

 ま、おそらくはただの自慢話なのだろうけど。

 ちなみに、お前が送ったDMの相手は僕だ。無視したけどな。


「下手くそな絵、描いてたりした人知り合いにいたなー」

「はぁ……」


 瑠璃華の取り巻きがクスクス笑いながらこちらを見てくる。

 とても不快な気分だ。

 端的に言って、とても不愉快な状況だった。


「結城って絵とか描いてたんだ。きも」

「そうそう、オタを極めし者って感じでうけるよね」

「やだぁー、瑠璃華ちゃんの元彼じゃん」

「中学時代にどうしてもって言われたから断れなくて付き合ってただけ。その場で振ってストーカーとかになったら怖いじゃん。実際、別れ話切り出したら怒鳴られたし」

「うそ、こわー!」


 本当に最悪だ。

 普段彼女たちに何を言われても気にならないのだが、今日はあまり寝ていないし、朝牛乳がなくてカルシウム不足だったせいか、久しぶりにイライラしてしまった。


「陰キャの隠れ家、トイレかな?」

「やめてよ、笑える」


 心を落ち着かせるために、教室を離れることにした。

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