第18話 スーパーアシスタント

 ピロリロリン♪


 彼女がトイレに行った直後、僕のスマートフォンに一通のメールが届いた。差出人は僕の担当編集者。

 以下はメールの内容だ。


『黄昏様

 お世話になっております。

 ○☓社編集部の立花です。

 ご無沙汰しておりマンモスゥー! 元気ちてたかなー? 中々あたちからメールがないから寂しかったんでしょー。お姉さんはなんだってお見通しなんだゾ。象さんパオーンてな感じにネ。

 まあそれはそうと、今日はスペシャルにしてハッピーな報告、つまりはニュースをお届けすべく、忙しい中でこうしてわざわざメールを打ってあげているというわけ。

 えらい? お姉さん偉いかな? たまには褒めてくれてもいいんだぞー』


 まだ長文メールは途中なのだが、僕はすでに読むのが嫌になってきていた。


 彼女は悪い人ではないが、非常に面倒くさい相手だ。

 立花さんは30歳の中堅編集者なのに、初対面の時から22歳の新入社員だと全くもって意味のない嘘をつき続けていた。


 編集長に、本当は30歳でキャリアウーマンだと知らされるまで、この人が自分の編集担当なのかと不安で胃に穴が空きそうだった。いや、正直言うと……彼女が実際に30歳だと知った今の方が不安だ。


『と、まぁ、お姉さんの魅力にズッキュンドッキュン♡な高校生とのコミュニケーションはこの辺にして、用件をさっと伝えます。

 黄昏先生の条件に合うアシスタントが二名見つかりました。近々そっちに向かわせるから、面接よろ!

 何卒よろしくお願い致します』


「なんで最初と最後だけ丁寧なんだよ!」


 文書の変化に思わずツッコんでしまう。


 しかし、僕が出した条件に合う人が二人もいたのか。驚きはしたものの、これは朗報だ。


 これから彼女に絵を教えなければならなくなったところだったので、まさに立花さんからのメールは心強い助け舟だった。


「これで少しは楽になるかもな」


 まだ正式にアシスタントを採用すると決めたわけではないが、心の負担が一つ軽くなったように感じられた。


「あら、そんなにニヤついて何かいいことでもあった? それとも、わたしに絵を教えられることが嬉しくて、ついにやけてしまったとか?」


 お手洗いから帰ってきた彼女からは、先程の異様な雰囲気が消えていた。


「そんなんじゃないけど……。とりあえず店員さんに新しいグラスをもらって、ミルクティーを淹れておいたよ」

「ありがとう。みくねっちって意外と気が利くのね。素敵だと思うわ」


 新しいストローでミルクをかき回す彼女が「で、さっきの答えは?」と尋ねてくる。


「担当からメールが届いたんだよ?」

「ひょっとしてアニメ化決まった!」


 身を乗り出すように聞いてくる彼女に、


「いや、違うよ」


 まだ単行本が一巻しか出ていない状態でのアニメ化は、いくらなんでもあり得ないよと、僕は言った。


「そう? でも【コミックナイト】で連載してるやつなら、3巻分くらいはあるんじゃない?」

「そうだね、大体そんな感じかも。でも書籍版は少し変えてるから」

「迫力が増してたし、WEB版初期の乙音よりも表情が良くなったよね」

「意外としっかり読んでくれてるんだ」

「もちろん! わたしは【廻れ狂想曲】のファンですから」


 なんだかこそばゆくて、僕は鼻頭を指先で掻いていた。


「アニメ化じゃなかったら……映画化とか?」

「それはもっとないと思う」


 わかんないなーと膨れる彼女に、僕はスマホの画面を――先程の担当からのメールを彼女に見せた。


「アシスタントか! そっか、みくねっちずっと一人で描いてたんだもんね。でも、このみくねっちの条件ってなに?」

「アシスタント募集の条件その1! 年齢が僕に近いこと」

「なんで……?」

「ベテランのアシスタントさんだと、30歳を超えてる人が多いし、中には40歳以上の人もいたりする。彼らには生活があるし、守らなきゃいけない家族だっているかもしれない。【廻れ狂想曲】の人気がいつまで持つかもわからない中で、そんな人たちを無闇には雇えないよ」


 何より、自分の親と変わらない年齢の人たちに、あれやっといて、これやっといてと指示が出せそうにない(僕が)。


「【廻れ狂想曲】の人気が落ちることはないと思うけど……他にもあるの?」

「アシスタントを雇うとなると、仕事場兼自宅である家に来てもらうことになるんだけど、極力泊まりは避けてもらいたいんだ」

「そうなると、家が近い人になるのか」

「そいうこと」


 その他にも細かい条件はいくつか出していた。

 【廻れ狂想曲】は架空の日本を舞台にしている。と言っても、街並みなんかは僕たちが住んでいる日本と何も変わらない。したがって現代の建物などがしっかり描ける人を、採用条件の一つに入れている。


 あと【廻れ狂想曲】は【コミックナイト】で連載しているので、当然だけど僕の漫画はアナログではなくデジタルでの製作になる。使用しているツールは【CLIP STUDIO】。よって【CLIP STUDIO】を使える人でないと困る。


 あとは清潔感のある人や、最低限のコミニケーション能力がある人など、人として当たり前のことを条件に出している。

 アシスタントとしてウチに来てもらうことになれば、月の半分以上は顔を合わせることになると思う。そうなるとやはり、人間力というか、人格者でないと困るというわけだ。

 サイコパスみたいな人が来られても困るからな。


「……え、なに?」


 彼女はいたずらを企んだような微笑みを浮かべていた。


「スーパーアシスタントを雇うつもりは?」

「……一応聞くけど、そのスーパーアシスタントってなに?」

「自宅兼仕事場の掃除から栄養満点の食事までも用意、さらにはキャラクターデザインに困った際の強い味方! イメージをふくらませるための美少女によるコスプレ付き! これが超スーパーアシスタントってわけ!」

「〝超〟が増えたけど……。というか、それのどこがアシスタントなの? まんまただの家政婦じゃん」

「みくねっち! 家政婦はコスプレなんてしてくれないよ? それに、みくねっちが望めばちょっぴりエッチなキャラデザ――コスプレだって可能になるの! これを超ウルトラスーパーアシスタントと言わずに何ていうのよ!」

「さっきからちょいちょい増えてるんだけど……」


 しかし、あのテンテンが僕のためだけにコスプレか……しかもちょっぴりエッチなコスプレ可ときた。これは確かに魅力的ではある。


 ――って、いかんいかん。


 ちょっぴりエッチなという破壊的な誘惑に、脳が混乱して危うく「採用!」とサムズアップしてしまうところだった。

 さすが超ウルトラスーパーコスプレイヤー。自己プロモーションが上手い!


「一人暮らしの男の子にとっては良い提案だと思ったのだけど……違った? なんなら添い寝をプラスしてもいいのよ」


 またそうやってこのコスプレイヤーは僕をからかってくる。


「非常に魅力的な提案だけど、今回は遠慮させてもらうよ。超ウルトラスーパーエクストリームコスプレイヤーを雇うとなると、それだけで破産しそうだから」

「あら、みくねっちなら税込み143円でいいわよ」

「安っ! というかなんで143円! 中途半端すぎない?」

「なら520円でもOKだけど?」

「どっちにしても安っ! って、さっきからその半端な数字はなんなんだ?」

「みくねっち知らないの?」

「なにが……?」

「143は英語圏では「I love you」を表す数字と言われていて、520は中国語で「我愛你」(わたしはあなたを愛しています)と発音が似ていることから、愛の意味を持つ数字とされているのよ」

「へぇー」


 初耳だった。

 テンテンって、意外にも博識なのかと感心しつつ、またニヤニヤと僕のことをからかう彼女にあきれてしまう。

 僕ってそんなにからかいやすい人間なのかな……?




 ◆◆◆




「見つかった?」

「いえ、どこにもいません」

「くそっ、一体どこに行ってん!」


 あたし達は淫乱コスプレイヤーのあとを追ったのだが、校門を出るまでに予想以上の時間がかかってしまった。

 淫乱女を一目見ようと集まった生徒たちが、あたし達の進路を遮ってしまったのだ。


 校門を出た時には、すでに二人の姿はどこにもなかった。

 しかし、あの女と美空音を二人きりにしておくことは危険だ。


 あたし達は手分けして美空音の行方を探したのだが、残念ながら見つけることができなかった。

 一旦集まるためにLINEで連絡を取り合い、現在は駅から少し離れたファミレスの駐車場にいた。


「走り回ったら疲れましたね」

「確かに、うちも結構足にきてるかも」

「ちょっとお茶でも飲むがてら涼んでく?」


 ファミレスを指さしたその時だった。


「「「あっ、いた!」」」


 あたし達は三人同時にファミレスを指さしていた。

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