第19話 爆誕、恋愛同盟!

 夕日がじわりと沈み始め、帰路を考えていた瞬間、店内が不意に慌ただしさに包まれた。


 まるでファミレスを強襲する強盗団のように、馴染み深い三人が店内に突如現れた。彼女たちはこちらを一瞥し、まるで猪のように勢いよく向かってくる。


「えっ! ちょっ、ちょっとなにっ!?」


 だんっ! と店内に再び大きな音が響き、僕たちの席の前で三人が足を止めた。特に瑠璃華は不思議なことに犬歯を露にし、テンテンを威嚇するかのような目つきで睨みつけていた。


「……みくねっちのお友達? はじめまして、昇龍天満です」


 テンテンはミルクティーを一口飲み、優雅に三人に微笑みかけた。


「はっ……ええ、はじめまして。あたしは美空音の元カノ、、、、綾瀬瑠璃華よ。よろしく!」

「クラスメイトの影野瑞月です」

「手塚チカ、クラス委員長や」


 僕の気のせいだろうか……。

 突然、周囲の酸素が薄まったような気がする。まるで富士山の頂上にいるかのような息苦しさが広がっているような感覚を抱いてしまう。


「綾瀬さんに影野さん、それに手塚さんだっけ? わたしたちに何か用?」

「別に用ってほどじゃないわよ。たまたまこの店に入ったら元彼、、を見つけたから、ただ何となく話しかけただけ。悪い?」

「悪くなんてないんじゃない、ね? みくねっち」

「え、ああ……うん。まあ、別にいいけど……」

「別にって……何よその言い方っ! あたし達に話しかけられたら困ることでもあったってわけ!」

「は? ……どうしたんだよ、いきなり大きな声出して」

「別に……なんでもないわよ」


 テンテンを睨みつけたまま黙り込んでしまった瑠璃華に代わり、口を開いたのは手塚さんだった。


「そんなことより、芸能人なんやろ? ユッキーはどこで芸能人なんかと知り合うわけ?」

「SNSで知り合ったんだよねー」

「なんで芸能人が一般人とSNSでやりとりするんよ。そんなんおかしない?」

「芸能人っていってもただの女子高生だから、SNSでイケメンにナンパされたら返事くらいするんじゃない?」

「イケメンて……それはさすがに無理あるやろ」


 ちょっ……手塚さん普通にひどくない?

 いや、そりゃ僕だって自分のことをイケメンだなんて思ったことはないけど、それにしても……だよね?


「凛々しいって感じは確かにしないけど、わたしはみくねっち、可愛いと思うけど?」

「はい! 私もそう思います!」

「――――」

「――――」


 ……え、普通に嬉しいけど、なにこの空気。

 テンテンと影野さん、二人の間に突として立ちこめる凍てつくような緊迫感。触れることさえ困難な冷たい空気が、僕たちの周囲を取り囲んでいく。


「え……えーと……陽も暮れてきたみたいだし、そろそろ出ようか?」

「みくねっち、駅まで送ってくれる?」

「え……あ、うん」


 駅は目と鼻の先なのだけど、まあいいか。


「三人はいま来たところでしょ? わたし達に構わず、ゆっくりしていってね」

「……っ」


 席を離れる間際、僕は「あっ!」と大切なことを思い出し、瑠璃華に声をかけた。


「そういえば瑠璃華、テンテンの大ファンだったよな? サイン貰っとくか?」

「いるわけないでしょっ!」

「――――!?」


 気を利かせて聞いてやったのに、借金の取り立てにきたチンピラみたいに怒鳴られてしまった。


「……憧れてたんじゃなかったのかよ」

「誰がッ! この世で一番嫌いなコスプレイヤーよ!」

「マ!?」


 その顔は本人を前に恥ずかしくて嘘をついているような顔ではなく、心の底から嫌っている人の顔だった。

 どうやら瑠璃華がテンテンのファンというのは、僕の勘違いだったようだ。


「な、なんかごめんね」

「みくねっちが謝ることなんてないわよ」


 彼女に不愉快な思いをさせてしまったのではないかと内心ヒヤヒヤしたのだが、さすがは高三、テンテンはめちゃくちゃ大人だった。


 やっぱり年上の女の人の余裕っていいよな。

 なんてことを思ってしまう。

 やはり僕くらいの年齢の男の子は、一度は年上の女性に憧れを抱くものだ。


「影野さんも手塚さんも、またね」

「……はい。また明日図書室で」

「――――」


 え……。

 テンテンがピタリと動きを止めた。


「なにか……?」

「……別に」


 往年のプッチン女優と同じ台詞を口にするテンテの顔が……なんだか怖かった。

 なぜこの二人が言葉をかわし、顔を合わせるだけでこんなにも緊迫した雰囲気が漂うのだろう。とても息苦しい。


「そうそう――」


 こちらに振り向いたテンテンの顔は、影野さんに向けられたものとは正反対で、常に優しい春の陽光を浴びたような微笑みを湛えた彼女だった。


「例の話だけど、いつにする?」

「え……ああ、どうしようかな?」

「場所はみくねっちの家でいいのよね?」

「――――!」

「――――!!」

「――――!!!」


 ……本当にみんなどうしてしまったのだろう。

 何とも言えない不気味な雰囲気が漂い、まるで秘密を抱えた部屋に入り込んだような錯覚に襲われてしまう。


「何の話?」

「あなたには関係のない話よ」

「は? あたしは元カノなんですけど!」

「は? だからなに? これはみくねっちとわたしのプライベートな話なの。それに、みくねっちだって男の子なの。こんなに大勢の人の前では、さすがに言えないわよね? それともみくねっち、あのこと……」


 な、なんでそんなにモジモジしながら言うんだよ。

 というかなんで上目遣いっ!?

 なんで赤くなってるのさ!


「言ってもいい……?」

「――いや、ダメ! 絶対にダメ!」

「また……手取り足取り教えてくれる?」


 ……また?

 まだ一度も教えていないけど……。


「う、うん。そういう約束だから」

「嫌だみくねっちったら、恥ずかしい!」


 え、なんでっ!?

 バシッと肩をたたかれた僕は、なんだかよくわからなくて混乱してしまっていた。


「………っ!?」


 再び三人に別れを告げようとしたのだが、彼女たちの顔には凶器を手にしたかのような獰猛な光が宿り、僕は思わず口をつぐんでしまった。


「い、行こうか……」

「うん」


 僕は逃げるようにこの場から立ち去ることを選択した。


「――いや、ちょっとっ!?」


 その瞬間、テンテンがまたいつものように腕を組み、僕にぷにぷにを押しつけてきた。

 ここでは無理をして笑っている場合ではないと感じたが、


「ひぃっ!?」


 しかし、三人の顔があまりにも恐ろしく、もはやどうでも良いとすら思い、僕はできるだけ早くファミレスから逃げ出したいと切望した。




 ◆◆◆




「なんやねんあの腐れビッチ!」

「結城くんも結城くんですよ!」

「あいつは昔から優柔不断なのよ!」


 二人が去ったあとのファミレスで、あたし達はドリンクバー片手に向かい合っていた。


「あのままやったらユッキー、あの女に押し切られるんとちゃうか?」

「手取り足取り教えるって……一体何のことですかね」

「確かに気になるわね。せめて元カノのあたしには教えるべきだと思うのよね」

「いや、そこは別に元カノとか関係ないやろ」

「手塚さんに同感です。瑠璃華ちゃんはいちいち元カノを強調しすぎだと思います。正直うざいです」

「は? うざいってなによっ! あたしは事実を言ってるだけじゃない!」

「せやけど、もう別れてるんやろ? しかも自分から振ったって噂やん。それやのにいつまでも引きずるのはようないわ。ズッキーの言う通り、ホンマちょっとうざいしな」

「……っ」


 なんなのよ、二人まで……。

 元カノのあたしに嫉妬してるだけじゃない、まったく。


「それはそうと、今日で二人の気持ちはようわかったわ。そこで提案やねんけど、ここは一旦ウチらで同盟くまへん?」

「同盟……ですか?」

「あのビッチはかなりの強敵やで。こんなことあんま言いたないけど、芸能人だけあってめっちゃ美人やし、しかもどえろい上にごっつい積極的ときた。さっきのあれ見たやろ? あんなんバラバラに戦っても絶対勝てへんで。そこで、とりあえずあのビッチを三人で潰すんや。ウチらの勝負はあのビッチが脱落したあと、三人になってからっちゅうのはどうや?」

「つまり、昇龍さんが脱落するまで抜け駆け禁止ということですか?」

「ま、そういうことやな」


 チカにすればまともな提案だと思う。

 今一番危険な相手は、間違いなくあの淫乱女テンテンなのだ。美空音が昔からテンテンのエロい画像を保存していたことをあたしは知っている。

 あたしにコスプレを勧めたのも、元はと言えばあの女の存在が大きい。


 次に毎朝図書室で美空音と一緒にいる瑞月。親密度でいえば多分、瑞月が頭一つ抜けていると思う。

 しかも、瑞月は美空音が付き合いたい&結婚したい職業第一位の声優でもある。

 ひょっとしたらあの淫乱女テンテンより強敵かもしれない。


 チカに関しては、まあ放っておいても問題ない。

 二人がいつから親しいのかは知らないけど、彼女はコスプレイヤーでもなければ声優でもない。ただのクラス委員長。チカには申し訳ないけど、正直言って雑魚かな。

 少なくともあたしの相手じゃない。


 なんたってこっちは元カノ&10万フォロワーを誇るコスプレイヤーなのだ。

 どちらと付き合いたいかと問われれば、十中八九、クラス委員長よりあたしと付き合いたいに決まってる。


 となれば、チカはともかくとして、淫乱コスプレイヤーと名ばかりの声優を押さえ込めるのなら、この同盟受けない手はない。


「あたしはOKかな。瑞月は?」

「わかりました。では、抜け駆けは無しということで」

「よっしゃ! ほな決まりやな!」


 夕暮れのファミレスにて、あたし達の恋愛同盟は誕生した。

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