第20話 ロマンティック浮かれモード

 本日は晴天の土曜日。

 しかし、朝から自宅をバタバタと駆け回る忙しさに追われている。


 先日、担当編集者の立花さんから、以前から求めていた条件に合うアシスタントが見つかったとの知らせが届いていた。


 そして、今日はそのアシスタント候補二名が我が家に訪れる予定だ。まだ正式に採用するかは決まっていない。今日の面接を通じて、アシスタントとしての適性を見極め、採用するかどうかを僕自身が判断することになる。


 面接の場として自宅を提供するため、朝から掃除に追われているというわけだ。もちろん、昨日のうちに大まかな掃除は済ませていたが、見落としがないか確認しながら、軽く掃除を進めていく。



「こんな感じでいいんだろうか?」


 一軒家での一人暮らしは掃除という点で相当なハンディキャップを負うことになる。

 しかし、不平を言うわけにはいかない。母について行かず、日本に残る道を選んだのは、自分自身なのだ。

 ちなみに母はフランスでファッションデザイナーとして活躍している。


 父とは、僕が小学校低学年のころに家を出て行って以来、一度も顔を合わせていない。特に再会したいという気持ちはない。


「お茶のお供、どこかな」


 キッチンの戸棚を開けて、お茶うけのお菓子を捜し始める。


「母さんがフランスから送ってくれたクッキーの入った缶、ここにしまったはず……あった!」


 あとは紅茶を淹れて準備すればばっちりだ。昨日、スーパーで紅茶のティーバッグを買ってきている。価格は手ごろだけど、今回は許してもらうことにしよう。


「緊張するな」


 僕は再びメールを開き、本日の面接に訪れるアシスタント候補の情報を確認する。


「男性と女性、僕と同い年か」


 担当編集の立花さんによれば、女性候補は長らく僕のアシスタントとして候補に上がっていたのだが、なかなか肯定的な返答が得られなかったようだ。

 アシスタント業務は自身の作品を描く時間を奪う代わりになる。学生であれば急ぎお金を稼ぐ必要もないため、これまでアシスタントのオファーを断り続けてきたのだろう。


 しかし先日、彼女自身からアシスタントの仕事を志願するメッセージが届いたとのことだ。

 彼女の心情の変化を尋ねると、プロの漫画家の指導の下でスキルを磨きたいとのことだった。


 率直に言って、僕が適任かどうかは疑問ではあるが、現在は人手不足なため、ネガティブな発言は差し控えることにした。


 もう一人の候補は、最近編集部に持ち込みに来たという男子高校生だ。彼自身は一時漫画を描いていなかったようだが、最近再び筆を取り始めたという。

 立花さんの評価によれば、彼の絵は非常に優れているが、ストーリーが軌道に乗っていないとのことだ。厳しい評価ではあるが、アシスタントの声をかけたということは、立花さんも期待している証拠だろう。



 ピーンポーン♪


「――――はっ!? 来た!」


 とうとうアシスタント候補が面接に現れた。


「は、はーい! 今出ます!」


 緊張で張り裂けそうな胸をおさえながら、僕はアシスタント候補を迎え入れるために扉を開けた。


「えっ!?」


 扉を開けると、予想外の人物が二人も立っていた。

 うそ……だろ。




 ◆◆◆




 ウチの名前は手塚チカ。

 中学の頃に親の仕事で大阪から埼玉に引っ越してきた、今はピチピチの女子高生。

 そんなウチには日本一の漫画家になるという大きな夢がある。


 夢を叶えるため、中学の頃からWEB投稿サイトで漫画を連載している。【ブラックパレード】っていう漫画やねんけど、これが中々人気やったりする(少し前までは)。


 しかし、最近では一話更新するごとに観覧数が減少してしまっている。理由は自分自身も理解してる。読者の意見を無視できなかったことが大きな原因や。漫画は読者がいるからこそ成り立つ世界なんや。


 そんな踏ん切りがつかへんウチの背中を押してくれた人がいた。同じクラスのオタク系の男の子。オタク系って言っても、太ってるとか痩せすぎてるとか、そんなんとちゃうで。外見は友達いわく、中々かわいらしいとのこと。

 最近は彼と頻繁にLINEのやり取りをしている。と言っても、ほとんどがウチが描いてる漫画に関する内容やねんけど。

 でも彼のアドバイスは的確で、ウチが変わるきっかけになった。


 そこでウチは考えた。

 プロの漫画家先生ならもっと素晴らしいアドバイスをくれるんではないかと。そのために、ウチはずっと誘われていた漫画家のアシスタントの仕事を引き受けることにした。

 そして、今日はそのアシスタントの面接の日。


 しかも、ウチがアシスタントに行く漫画家の先生誰やと思う? 編集者に聞いてびっくりした、なぜならウチがアシスタントに行く漫画家は、あの【廻れ狂想曲】の原作者――黄昏先生なんや。

 ウチはこれを編集から聞いたとき、嬉しすぎて腰抜かすところやった。


 噂では黄昏先生はウチと同じ高校生。

 これがホンマやったらラブストーリーは突然にが始まるんとちゃう? 脳内で小田和正が歌ってるわ。


 ……え、古い?


 そんなんしゃあないやん。最近おかんが居間で昔のドラマばっかり観てるんやねんもん。

 動画配信て便利やねって、テレビに齧りつきながら……。お陰で覚えてもうたわ。


 オタク系のクラスメイトはええんかって? それはそれ、これはこれやろ。乙女ちゅうんは恋多きものやねん。吉井勇の歌詞にも命短し恋せよ乙女ってあるやろ。


「気合入れていかな!」


 クローゼットから服を取り出し、ベッドに投げて姿見の前で試着する。


「黄昏先生はどんな女の子がタイプなんやろ?」


 純情系?  それとも元気なボーイッシュ系?  ちょっぴりエッチなビッチ系は違うかもな。漫画家なんて基本的に全員もれなくオタク。(※個人の意見です)

 学校でビッチ系なギャルにからかわれることが多いから、そっち系にはトラウマがあると思う(ドMなら関係ないかもやけど……)。


「ここはやっぱり少女漫画のヒロインのような、清楚で一途な純情系女子一択やな!」


 そうと決まればビッチ系の下着を脱いで、純白のパンティとワンピースに着替える。ナチュラルなメイクで印象を悪くしないように気をつける。


「バッチリやん! こんなんどっからどう見てもオタウケ間違いなしやん!」


 ウチみたいな美少女がアシスタントの面接に来たら、黄昏先生は面接そっちのけで小躍り踊りだすんとちゃう? ドラマみたいに目があった瞬間、「好きです!」って告白されたりして。考えただけでニヤニヤが止まらへん。


「よっしゃ! めっちゃやる気出てきたわ!」


 自宅を出る前に、立花さんから送られた住所をもう一度確認する。二駅先の住宅街ね。


「黄昏先生がこんなに近くに住んでたなんて、びっくりやわ」


 まあ、埼玉も千葉も四捨五入すれば東京と変わらんもんな。別に驚くことやないか。


 自宅を出たウチは、はやる気持ちを抑えつつ電車に乗り込む。ものの数分で最寄り駅に到着する。


「ルンルンルン♪」


 ミキティのロマンティック浮かれモードを口ずさみながら電車を降りる。

 やっぱりつんく&ハロプロは最高。

 最近の曲もいいけど、一昔前のメロディアスな曲調が個人的には好きやったりする。


「……え?」

「……は?」


 ミュージカル女優のような気分で歩いていたら、最悪な奴に出くわしてしまった。


「……神室」

「……手塚」


 一気に天国から地獄へ変わった気分やった。

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