第6話 クラス委員長とアンチ君

「おい手塚、くだらないってなんだよ?」

「そのままの意味やけど?」


 彼女は本当にくだらないというように、長嘆息を吐き出した。


「そもそも他の作品がおもろかったら別の作品はおもろくないわけ? 読んだらアカンていうん? なら神室はワンピースがおもろいからナルトは読まへんの? それともナルトがおもろいからワンピースは読まへんの? さっきの神室の発言やと、ワンピースもナルトも両方読んでるように聞こえたけど?」

「だ、だからなんだよ!」

「あんたの理論でいくと、一つの作品がおもろかったら、他の作品を読まへんのちゃうん? それやのに、なんであんたはワンピースもナルトも進撃もヒロアカも読んでんねん。綾瀬さんが【廻れ狂想曲】とワンピース、両方読んでたって別にええやん。あんたはただ、才能ない自分と、同い年で天才漫画家って言われてる黄昏先生に嫉妬してるだけやろ。だからくだらんて言ったんや!」


 手塚チカの鋭い主張が、神室の顔を赤らめさせた。彼は完全に反論の余地を失い、手塚の反撃に耐えることができなかった。その反撃はまるで死体蹴りのような痛烈さだった。


「そもそもWEB漫画がつまらんて、それは神室一人の感想やろ? 現にWEB漫画から書籍化、アニメ化といったメディアミックス展開を行う出版社は多い。これは某小説家の話やけど、新作をリリースしたかったら、まずはWEB投稿サイトで人気が出てから、そんな風に担当編集に言われた作家もおるんや。それくらい、出版社もWEBでの人気を重視していたりする。黄昏先生が描く【廻れ狂想曲】は、言ってしまえばWEB漫画界の黒船。今もっともアニメ化が近い漫画の一つとして、漫画ファンからも名前が上がるくらいなんやけど」


 神室とは異なり、説得力のあるクラス委員長の言葉に、漫画やアニメ好きなクラスメイトたちからは自然と拍手が沸き起こった。ちなみに、僕と影野さんも手を叩いていた。


「ちなみにみんなは転職転生や転生したらバブルスライムだった件は、観たことある? あれだって元はWEB小説から書籍化され、コミカライズされて漫画にまでなった作品なんやで。転職転生に関しては、転職転生のアニメを作るために、わざわざアニメの制作会社が設立されたくらいやしな。今やエンターテイメントはWEB発信から始まる時代やと言っても過言やない。実力さえあれば誰にだって平等にチャンスが与えられるようになった。そう考えるとWEB投稿は素晴らしいシステムやと個人的に思うんやけど?」


 その意見は僕も同意だ。

 特に漫画は連載媒体によって大きく人気が変動する。ある有名週刊誌で連載するか、月刊誌で連載するかで、読まれる率が変わってくる。これは作品の根源に関わる問題であり、人気を得るかどうかに影響を及ぼしてしまう。


 有名な月間誌ならまだしも、そうでない月間誌に連載されている漫画は、正しく評価されないことが多々ある。

 しかし、WEB投稿サイトである【コミックナイト】では、すべての作品に読まれる機会が与えられる。


 確かに、神室が言ったようにつまらない作品も存在するだろう。しかし、中にはプロが描く週刊連載漫画ですらも凌駕するほどのオリジナリティに富んだ作品が現れることもあるのだ。


 月刊誌で人気が出なかった漫画家が、WEB漫画に切り替えた瞬間に人気が出たという話も少なくない。

 WEB漫画であるからとか、誰でも投稿できるサイトだからといった理由だけで、軽率に判断するのは勿体ない世界――それがWEB投稿の世界なのだ。


「そりゃお前が新人賞に受からず、つまらないWEB漫画描いてるからだろ?」

「は?」

「え、なに? こいつの顔めっちゃ怖くね? ひょっとして図星だった?」


 予想外の角度からの反撃に、手塚の顔に怒りが宿る。


「そういやお前、入学当初クラスの女子に自分の漫画読んでくれって頼みまくってたよな? 良ければレビューや感想とかも書いてくれると助かるとか言って、誘導してただろ? ああいうのって不正って言うんじゃねぇーの? WEB漫画の最悪なところは、くそつまんねぇー漫画描いてる奴でも、そうやって不正し放題なところなんじゃねぇの? 毎年規約違反して、アカウント停止食らうやつは少なくないよな? ま、どっかの誰かさんみたいに未だにバレてない奴もいるみたいだけどさ。あ、そうそう、最近は不正の効果が切れたのか、アクセス数ガタ落ちらしいな? 感想欄にはつまらない、またこの展開かよって、散々なコメントであふれ返っているようだけど、その辺どうな――」

「――――ッ」

「あっ!?」


 気付いたときには、怒りに燃えた手塚が神室の顔面にグーパンチをくり出していた。


「あんたみたいなっ……人のことを貶すだけの奴に何がわかんねん!」


 怒りに満ちた彼女の目が爆発し、激しい叫び声が響き渡った。


「いってぇぇなァッ! 何しやがんだァッ!」


 その場に倒れ込んだ神室の口角からは、薄く血がにじんでいた。

 神室は起き上がるとすぐに手塚へと歩み寄り、彼女の胸ぐらをつかみ取った。


「――誰か先生呼んできて!」


 教室は瞬く間に騒然となった。それでも、怒りに燃える二人はまるで嵐の中心にいるかのように、荒々しくぶつかり合っていた。


「本当のことを言われたら暴力かよ! クラス委員長が聞いてあきれるぜ! つーか俺がくそ陰キャな黄昏とかいうゴミ漫画家に嫉妬してるだ? するわけねぇだろ! 嫉妬して対抗意識燃やしてんのはてめぇの方だろうがッ!」

「ウチはっ――」

「違うって言うのかよ! 【廻れ狂想曲】が連載開始した頃、SNSに正直出だし微妙なのに何で伸びてんの(笑)? とか嫉妬丸出しで呟いていたのはどこの誰だよ! あっという間に追い越されて、悔しがっていたのはてめぇだろ!」

「な、なんであんたがそれを知ってんのや!」

「は? 今はそんなことどうだっていいだろ。似たりよったりのダンゴムシのくせによ」

「ダンゴムシって……あっ! あんた漫画評論家Aとかいうクソキモいアンチコメしてくる奴やろ!」

「なっ!?」

「最低やなっ! あんたみたいな粘着系アンチがおるから、世の中のクリエイターが筆を折るんや!」

「う、うるせぇっ! 暴力女が何言ってやがんだ!」

「あんたが馬鹿にするからやろっ!」


 もはやどっちもどっちのような気がしてきた。台風の目になって暴れ狂う二人を、止めようとするクラスメイトは誰もいない。皆、触らぬ神に祟りなしと遠巻きに見ていた。


 その後、二人の言い争いは生徒指導の先生が到着するまで続いた。

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