第4話 彼女にフラれてから一年、ついにできた女友達!

 彼女を椅子に座らせ、一声かけた後、僕は一時的に図書室を離れる。近くの自動販売機からココアを二本手に入れ、再び図書室へ戻る。

 迷子センターで母親が迎えに来るのを待つ子供のような彼女に、僕は微笑みを浮かべながらココアを差し出す。


「とりあえず、これでも飲んで落ち着いてよ」

「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして。……で、好きなの? その……【廻れ狂想曲】」


 やはり自分が描く漫画だ、気にならないわけがない。【コミックナイト】の感想欄やSNSで生の感想を聞けるとはいえ、こうして直接読者から感想を聞ける機会なんてそうそうないのだ。


「……好き、です」

「……」


 うつむき加減で頬を染める彼女。まるで告白されているような気分になった僕は、赤くなってしまった。


「あっ、でも、好き過ぎて聖楽乙音さんになりきっていたわけじゃないですよ。私そこまで中二病じゃありませんから。というか中二病じゃないんです!」


 と、言われても、いまいち説得力にかける。

 先程の「残響天為!」が中二病でなければ、中二病と呼ぶべきものが何なのか、少し疑問に思ってしまう。


「その顔は、信じてませんね」

「いや、まあ、その……はい」

「そこは素直に認めるんですね」

「そりゃ……全力の「残響天為!」聞いちゃったんで……」

「う、うぅ……」


 蒸気機関車のように頭から煙を噴出させた彼女は、穴があったら入りたいと恥ずかしさから顔を赤く染めた。彼女のそんな様子を見ていると、何だかそっちの性癖に目覚めてしまいそうな気がして、自分を引き戻すために頭を振った。


「でも、あれは違うんです!」


 机に手をついて前のめりになる彼女。

 でも、、の意味はよく分からなかったけれど、どうやら何か特別な事情があるようだ。

 一旦彼女にココアを飲むように勧めてから、僕は改めて理由を聞くことにした。


「……それは、その……。絶対に誰にもいいませんか?」

「僕はこう見えても長門有希くらいには口が堅いほうだよ」

「なるほど。それなら確かに信用できますね」

「でしょ?」


 オタクにとって長門有希ほど信用に足る人物&口の堅い人物はいない。彼女の名前を出せば、大抵のオタクは彼女のような反応を示すものだ。そもそもほとんど人と話さないのだから、秘密をバラされる心配はない。


「そういえば、結城くんが誰かと親しくしているところを見たことありません」

「だ、誰がぼっちだッ! というか、そういうことはいちいち口にしなくていいんだよ! 何のためにわざわざ長門有希ってワードを出したと思っているんだよ!」

「え、でも、それだと有希ちゃんがぼっちみたいじゃないですか。彼女はSOS団なので、結城くんと違ってぼっちではありませんよ?」

「……っ」

「そうですね。結城くんは有希ちゃんというよりかは、ミストバーンくらい口が堅いと言ったほうがいいような気がします」

「僕は一度口を閉ざしたら数十年は開かないと言われる影の男かよ!」

「すごい! このネタ通じたの結城くんが初めてです!」

「嬉しくないわっ!」


 ったく、心配してココア奢ってやったのに……。

 あとで代金請求してやろうか、まったく。


「僕が長門有希かミストバーンか問題は一旦置いとくとして、中二病じゃないならなんで必殺技を叫んでいたんだよ」

「練習していたんです」

「練習……?」


 必殺技を叫ぶ練習なんてして何の意味があるんだ。というか、それを中二病と言わずしてなんというんだよ。


「実は、その……私、声優事務所に所属しているんです」

「マ!?」


 声優!?

 声優って、声の役者と書いて声優と読むあの声優か……? アニメは勿論、吹き替え映画や歌手、バラエティにまで活躍の幅を広げる、あの声優!?

 同じ学校に、それも同じクラスメイトの影野瑞月が、まるで宇宙の星になったかのような、あの声優だと!?


「といっても、まだ駆け出しの新人なので全然なんですけど」

「出演作品はっ!」

「え……あぁ、転職転生の村人Aとか?」

「影野さん転職転生に出てたの!?」

「え……いや、出てたというか、その……村人Aですよ?」

「村人Aでも、出てたんだよね!」

「あ……はぃ」

「何話!」

「は?」

「だから影野さんが出てた村人Aは何話!」

「えーと……たしか10話だったと思います」

「何分頃!」

「たしか、8分頃だったかと……」


 僕はスマホを手に取り、そのままdアニメストアにアクセスした。転職転生の10話、8分辺りを再生してみる。


「すげぇええええええええ!! このめっちゃエロそうな村人Aって影野さんがやってたの!」


 その場面には、いつもの影野さんからは想像もできないほど、妖艶な雰囲気を持つ村人Aが登場していた。

 エンドロールで名前を確認してみると、確かに村人A【影野瑞月】という名前が表示されていた。


「影野さんは芸名とかじゃなく本名でやってるんだね! でもどうやって声優事務所に入ったの? やっぱりオーディションとか? それともスカウト? いや、影野さんてよく見るとめちゃくちゃ可愛いもんね。スカウトだって言われても納得しちゃうな〜。この村人A役はどうやって決まったのかな? やっぱりオーディションとか? オーディションって緊張するの? 監督さんとかの前で村人Aを演じたりするのかな? というか転職転生ってことは杉田○和には会ったんだよね? いいなー、やっぱり普段も面白かったりするのかな? 何か話したりはした? 演技についてのアドバイスとかはもらった?」

「――ちょっ、ちょっと近いです、結城くん! というか限界オタク過ぎですよ! 一旦落ち着いてください!」

「あ、うん」


 僕としたことがつい、テンションが限界突破してしまった。

 目の前に声優がいるんだから、僕のリアクションは当然といえば当然なのだが(声優オタクとして)。


「でもまさか影野さんが声優だったなんて驚きだよ」

「ですよね。誰にも言ってませんから」

「そうなんだ」


 僕だけが知る影野さんの秘密か……。なんかいいな。


「あっ、もしよかったらLINE交換しない?」

「……構いませんが、現場の話はあまりできませんよ?」

「え……」

「そんなにあからさまに落ち込まなくても……」


 と言いつつも、とりま声優のLINEゲットだぜ。

 なんだか今日は朝からツイてるな。


「さっきの「残響天為!」は声優の練習?」

「はい。私、【廻れ狂想曲】が大好きで、アニメ化したら絶対に狂曲の声優になりたいんです。だから、いつ狂曲のオーディションの話がきてもいいように、こうして普段からイメージを膨らませて練習しているんです。それが……まさか結城くんに聞かれるとは思わなかったから、かなり焦ったというか……恥ずかしかった、です」


 照れくさそうに微笑んだ彼女は、とてもかわいかった。

 今日で影野さんに対する印象が、僕の中で大きく変わった。


「そんなに恥ずかしがることないよ。それに、さっきの影野さんの演技、あれは本当に聖楽乙音が図書室にいるかのような気になったし、僕の中での彼女のイメージともすごく合っていたと思うよ」

「本当ですかっ! そう言ってもらえるとすごく嬉しいです! 実は、自分の演技がイメージした聖楽乙音が正しいのかどうか、わからなくなっていたところなんです」

「そうなんだ」


 プロの声優の仕事って、僕たちには想像できないほど大変なんだな。

 日々役柄を考え、キャラクターを具体化する必要がある上、オーディションでは原作者や監督、プロデューサーのイメージと合わなければ落とされることもあるんだと聞いたことがある。プロの声優はオーディションを勝ち抜くために、キャラクターへの理解を深める日々を欠かさない。まさにプロフェッショナルだ。


「あの……」

「どうかした?」


 影野さんが突然もじもじし始めた。


「その、もし結城くんが迷惑じゃなかったら、その……たまにでいいんで、練習に付き合ってもらえませんか?」

「そりゃ構わないというか、むしろ声優の生演技を聴けるならこっちからお願いしたいくらいだけど、僕でいいの?」

「はい! 結城くんは漫画やアニメにとても詳しそうなので。失礼ですけど、オタクの方ですよね?」


 オタクの方、そんな風に言われたのははじめてだけど、全然嫌な気がしない。むしろアニオタの声優オタだって胸を張って言えるくらいだ。


「やっぱり! ミストバーンネタがわかる人なんて、絶対そうだと思ったんです!」


 たしかに、普通の人はミストバーンというキャラクター名を聞いたところで、それがとんでもなく無口なキャラだとは思わないだろう。そして、あの状況でミストバーンを出してくる彼女もまた、かなりのオタクとみた。


「では、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 恋人にフラレてから一年、ついに僕にも女友達ができた。

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