第30話 推しのLIVE配信観ながら食べる焼肉って最高だよな。
「もし事務所が恋愛禁止だというのなら、わたしは辞めざるを得ません」
日本一のコスプレイヤーになるという夢は、今も揺るがない。
だけど、彼との交流が途絶えるのは嫌だ。
この5年間、日々彼とのコミュニケーションを願ってきた。しかし、わたしはなかなかチャンスをつかむことができなかった。そんな中、初めて彼からの【リツイート】と【いいね】が届いた。これは千載一遇のチャンスと受け止めた。逆に言えば、この機会を逃すと、次に彼との交流が持てるかどうか分からないかもしれないと感じた。
運命の赤い糸を手に入れたのに、こんな場面で切られるなんて耐えられない。糸を切るくらいなら、いっそ事務所を辞める覚悟だ。
「天満! あなたは自分が何を言っているのかわかっているんですか!」
「当然じゃない。仕事と恋愛、どちらかを天秤にかけろと言われたなら、わたしは迷わず恋愛を取るわ!」
「頭を冷やしなさいッ!! 社長も何か言ってやってくださいよ!」
「まあいいんじゃないか?」
「は? 何を言ってるんですか!」
「天満の言うとおり、コスプレイヤーはアイドルじゃないからな」
「社長!?」
「別にこれで天満の人気が落ちたからって、
「問題ないって……」
唖然とする堀川さんとは対照的に、社長は気持ちがいいくらいにサバサバしている。
「それに……堀川、ちょっとこっち来い」
「なんですか?」
「相手はあの【廻れ狂想曲】の作者なんだろ? しかもまだ現役の高校生ときた」
「それが何か?」
「これは話題性抜群だと思わないか?」
「は?」
「何らかの手違いで、あるいはどこかの誰かがリークして、このことが週刊誌にスクープされたとする。すると、どうだ? 話題性だけでドラマや映画からオファーがくるとは思わないか? ずっと考えていたんだよ。天満をコスプレイヤーなんかにしておくのはもったいないってな」
「あ、あなたって人は……」
……?
社長と堀川さんは一体何を話しているのだろう。
「心配するな。今すぐにどうこうするつもりはない。理想のタイミングを見計らい、一石を投じる。悪いようにはしないさ」
「……あの子にバレたら、知りませんよ?」
「これも立派な芸能事務所の経営戦略だ。天満も芸能人なんだから、それくらいわかっているはずだ」
「……経営方針なら、私は口出しはしませんが」
「お前は最高のマネージャーであり、スタッフだ!」
いつまで二人でコソコソ話しているんだろ?
「それより天満、相手の男の方は大丈夫なのか? お前のファン、中には過激なのがいるからな。あたしとしてはそっちのほうが心配だ」
それに関してはわたしも同感だ。
ファンの人たちがみくねっちに危害を加える前に、何としても止めないと。
「そっちはわたしに考えがあるから、一任してもらえないかしら?」
「何をするのかは、教えてもらいますからね」
「もちろんよ! 事前に堀川さんには報告するつもりよ」
「そういうことでしたら。社長も構いませんか?」
「うちの社風はタレント一番だからな! がっははは――」
社長とマネージャーの堀川さんが少し不気味だったけど、今はそれどころではない。みくねっちに実害が出ないよう、打てる手は打たないと。
◆◆◆
「まさかこんな事態になるなんて……」
テンテンとの腕組み写真がSNS上で拡散され、学校の裏サイトにはでたらめな合成写真がアップされてしまい、結果的に学校から一ヶ月間の停学処分を受けてしまった。
家に帰り、倒れるようにベッドに寝転んだ僕の視界の先には、セクシーな姿のテンテンが笑顔を振りまいていた。
「テンテンの方は大丈夫かな?」
一般人の僕なんかとは違い、矢面に立つ彼女の方は何かと大変だろう。
彼女が人気コスプレイヤーだということを理解していたのだから、もう少し気をつけるべきだった。
今更反省したところで遅いのだが……。
「どうしようかな……」
スマホを手にしながら、天井のポスターを眺めつつ、彼女にLINEを送るべきかどうかを考えていた。
ピーンポーン♪
「ん?」
そのとき、チャイムの音が響き渡った。
「誰だろう?」
玄関に移動して扉を開けると、
「神室!?」
神室が腫れた顔をして立っていた。
「どうしたんだよ?」
今日はアシスタントの仕事は休みだとグループLINEで伝えていたはず。それにしても、神室の顔はなぜ腫れているのだろう。
「友達が遊びに来ちゃダメなのかよ?」
「あっ、いや、そういうつもりで言ったんじゃないけど……それより顔、どうしたの?」
「ああ、ちょっとクラスの奴と喧嘩しただけだ」
神室は恥ずかしそうに頬をかき、明後日の方向に視線を投げた。
「……もしかして、僕のせいだったりする?」
「は? なんで俺がお前のために喧嘩なんてすんだよ? ねぇーよ。自惚れんなっつーの」
「だよね」
「っんなことより、中に入ってもいいか?」
「それは構わないけど……」
と言うよりも、僕が返事をする前に、彼は既に家に上がっていた。
「来る途中にスーパーで焼肉用の肉買ってきたんだ。結城も食べるよな?」と言って、神室は得意そうにスーパーの袋を掲げた。
「……肉?」
どうして肉なのだろうと小首をかしげていると、
「神室家では、昔から嫌なことがあった時は肉を食べて忘れるってのが決まりなんだよ。お袋の教えってやつだ。じいちゃんの教えだったか? まあどっちでもいいや」
どうやら彼は僕のことを気遣ってくれているようだ。
「面白い教えだね」
「まあなー。つーか、肉焼く用のプレートあるか? フライパンと焼肉用プレートじゃ、肉の焼き上がり具合が全然違うんだよな」
「あー、それなら戸棚にあったと思うけど……」
「じゃあ、用意頼むわ」
リビングでくつろぐ神室を横目に、キッチンで焼肉用のプレートを準備していると、
「うわぁっ! マジかよ!?」
神室が突然大声をあげた。
「どうかしたの?」と尋ねながら、焼肉用のプレートをテーブルにセットする僕に向かって、神室はスマホの画面を突き出してきた。
「え……ふぇっ!?」
スマホの画面には、テンテンがLIVE配信をしている様子が映っていた。
彼女は聖楽乙音のコスプレをしており、その表情は非常に真剣なものだった。
「な、何してんだよ!?」
僕は思わずテーブルから身を乗り出し、神室のスマホを奪い取っていた。
配信タイトルには【例の写真について】とだけ書かれてある。
『皆さんにお伝えしたいことがあります』
戦闘服とも呼べるコスプレ衣装を身にまとった彼女が、落ち着いた様子で話しはじめた。
僕は息を呑み、画面に釘付けだった。
『タイトルに書いてある通り、今日はSNS上で問題になっている例の写真について話します。単刀直入にいうと、彼はわたしの好きな人です』
「は? え……?」
一瞬、彼女の言葉の意味が理解できず、僕の思考が止まってしまった。
言葉の意味が理解できたとき、僕は驚きで大声を上げていた。
「はああああああああああああああああああっ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。