第31話 悪い、やっぱつれぇわ……。

「はあああああああああああああああああああああっ!?」


 ぼ、僕のことが好き!?

 いっ、いいいまのは告白ってこと!?

 画面の中のテンテンから告白されたってことでいいのか! そんな馬鹿なっ!


 こんな夢のようなことが僕の身に起こるなんて……。

 あり得ないっ!

 これは夢だと思って頬をつねってみるが、


「――痛っ!」


 めちゃくちゃ痛い。

 痛すぎて涙がちょちょぎれるほどだ。


 しかし、そんなことよりも彼女、テンテンは本気なのか……?


 時限爆弾みたいな心臓を服の上からギュッと掴みながら、僕はスマホ画面に映った彼女から目が離せなくなっていた。


 彼女と出会って早いもので二週間。思い返してみればおかしな点はいくつもあった。

 突然彼女から会いたいとDMが来たり、プレゼントをくれたり、わざわざ学校まで来てくれたり、ぷにぷにを押しつけてきたり。その他にも数え上げればきりがないほど、不可解な点はいくつもあった。


 しかし、それは僕が【廻れ狂想曲】の作者だから、公認コスプレイヤーになりたい彼女の営業なんだと思っていた。


 だけど……違うのか?

 彼女が、あのテンテンが僕を好き……。

 それってつまり、僕が彼女に好きだと告白したら付き合ってもらえるってこと? あのテンテンが僕の彼女になるってこと? 僕が望めばテンテンと初体験だって可能ってことなのか!?


 想像しただけで鼻血が出そうだ。


『でも、勘違いしないでね。彼とはまだ付き合ったりとか、そういう男女の関係じゃなくて、一方的にわたしが好きなだけ。直接気持ちを伝えたこともないわ。

 だから、もしも彼がこの配信を観ているなら、相当驚いているかも。ううん、ひょっとしたらわたしの気持ちなんてとっくに気付いていたかもしれない。写真の通り、積極的にコミニケーションを取っていたのはわたしの方だから』


 画面の中の彼女が頬を赤らめながら気持ちを伝えてくれた瞬間、まるで世界が止まったような感覚が広がった。僕の心臓は早鐘のように高鳴り、まるで何か大切なものが手からこぼれ落ちそうな不安が湧いてきた。


 恥ずかしさが頬を染め、顔が火照るように感じた。こんな風に照れくさい思いをするのは、何年ぶりだろうか。でも同時に、彼女の言葉が嬉しくてたまらなかった。僕の内側に、ぽわりと優しい温かさが広がっていくのを感じた。


 瑠璃華に振られて一年、もう自分には恋人なんてできないものと決めつけていた。

 でも、違った。

 一言彼女に「僕も好きだ!」と伝えることができれば、止まっていた僕の青春が動き出すんだ。


 あのテンテンが僕の彼女になるんだ!


『ファンのみんなには本当に申し訳ないと思っています。

 でも、わたしだって一人の人間だから、人を好きになることもあるんだよ。片想いくらいは許してほしいな』

「……テンテン」


 片想いなんて寂しいことは言わず、どうせなら両想いになろうよ!


 僕は無意識のうちに自分のスマホを取り出し、電話帳から彼女の名前を探していた。

 彼女に直接言いたいことがある。


「すげぇよな」

「……ん?」

「いや、だってさ、お前を昔からの片想いの相手ってことに設定しちまえば、ファンを裏切ったビッチな女から、あっという間にオタクの間でウケる処女レイヤーの誕生だろ?」

「は? ……設定?」

「事務所の方針じゃないか?  あの状況を放置しておけば今後の活動に支障が出るだろう?  だったら、そういう設定にしておいた方が、何かと都合がいいんだろうな」

「………」

「ほら、見てみろよ。オタどもがざわざわしてるぜ」


 神室に言われてコメント欄を見てみると、


【テンテンは好きな男に告白することもできないくらい、うぶな女の子なんだ!】

【さすがに片想いくらい許してやれよ】

【彼とはきっと幼馴染みか何かで、家族ぐるみの付き合いなんだろう】

【幼馴染みってことは負け確じゃん】

【テンテン切ねぇー】

【十数年間も片想いを貫いてるとか、マジ女神降臨じゃん!】

【つーか、それじゃあやっぱりテンテンは処女なんじゃね?】

【確定だろうな】

【推せるわ!】

【某も応援するでござるよ】

【恋愛禁止と言いつつ裏でパパ活やら男性アイドルとやりまくってるアイドルなんかより、ずっと推せる!】

【テンテン最高!!】


『みんなが応援してくれている間は、わたし絶対に彼氏は作らないから! わたしが彼氏を作るときは、日本一のコスプレイヤーになって引退するときだよ!

 だからそれまでは、テンテンを応援してほしいな』

「……」

【うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!】


 彼女のダメ押しの一言で、コメント欄は狂喜乱舞するオタクたちで溢れかえっていた。


「……………………………………っ」


 僕はというと、そんなコメントを死んだ魚のような目で見ていた。


「っんだよ、それ……」


 気付けば、僕の心は失望に沈んでいた。彼女の視線や行動に見出していた意味は、僕の願望から生まれたものであり、現実はそれとは全く違うものだった。がっかり感が胸を締め付け、僕はしばらくの間、スマホ画面に映った彼女を呆然と見つめていた。


 これだから女なんて信用できないんだ。


「あっ、おい! 何一人で肉食ってんだよ!」

「食っていいって言ったのは神室じゃないかっ!」

「そりゃ言ったけど……つーかなんでキレてんだよ」

「キレてないよ!」

「どう見てもキレてんだろ」

「キレてないって言ってるだろッ!」

「……何なんだよ。あっ、それまだ半な……腹壊すぞ」

「神室! 今日は朝まで食おう! 爆食パーティだ! ピザも寿司も全部とろう!」

「いや、俺はお前と違って明日も学校あるし、さすがに帰るわ」

「見損なったぞ、神室!」


 翌日、僕が腹を壊したことは言うまでもない。

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人気コスプレイヤーになった彼女にフラレたので、人気漫画家になって見返してやろうと思います! 🎈パンサー葉月🎈 @hazukihazuki

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