第22話 面接、はじめます。

 さて、事態は予想もつかない方向へと進展してしまった。今、我が家のリビングには、クラスメイトの手塚と神室が、まるで相手を睨みつけるかのように座っている。


「えーと……あ、あのさぁ、ちょっと教えてくれる?  なんでふたりが僕の家に来ているのかな?」


 僕の問いに、二人とも苦悩の色を浮かべていた。


「うーん……」


 最初に言葉を発したのは、ある種の諦めを感じさせる深いため息をついた神室だった。


「それよりも、先に確認させてほしいことがあるんだけど。ここ、黄昏先生の住まいで間違いないよな?」

「……うん」


 僕はやむなく頷いた。神室は力を抜いたように肩を落とし、手塚は驚きの表情を浮かべていた。


「それじゃあ、もうひとつ確認させてもらうけど。結城、お前が【廻れ狂想曲】の筆者、黄昏ってことで合ってるよな?」

「……うん」


 その問いに対しても、僕は肯定の意味を込めて頷いた。


「そっか」


 深呼吸するように深く息を吸い込んでから放出した神室が、居住まいを正す。普段の神室からは考えられないほど、真摯な表情がそこには広がっていた。


「本日は○☓出版社、漫画編集部の立花さんのご紹介で、アシスタントの面接に参りました。神室雅也と申します。これが俺の履歴書です」

「あ……ど、どうも」


 意外な反応と言うか、対応に、僕は戸惑いを隠せなかった。

 彼の性格を考えれば、てっきり悪態をつき、やってられるかと怒鳴り散らして帰ってしまうものとばかりに考えていた。その覚悟もしていた。


 しかし、違っていた。

 僕が漫画家の黄昏であることを知ると、彼は礼儀正しく、大人らしい態度を見せたのだ。

 これには彼の隣で借りてきた猫のようになっていた彼女も驚いていた。


「あっ、ウチも……これ!」


 神室に続いて、手塚も焦って履歴書を差し出してきた。僕は二人から履歴書を受け取り、声をかけてから席を立ち上がった。

 まだ、彼らにお茶を出す前だった。


 台所で紅茶を淹れて、用意していたクッキーを再度差し出した。


「履歴書読ませてもらうね。口に合うかわからないけど、もしよかったら紅茶とクッキーも食べてよ。母がフランスから送ってきてくれたんだ」

「……一緒に住んでないのか? じゃなくて、その、一緒に暮らしてるわけじゃないんですか?」


 慌てて言い直す神室の様子が少し可笑しく、申し訳ないけれど笑ってしまった。それがどれだけ彼にとって恥ずかしいことだったか、神室は耳まで真っ赤に染めていた。


「敬語は使わなくていいよ。いつも通りで構わないから」

「でも……」


 神室は言葉遣いが不適切だとアシスタントの面接がうまくいかないのではないかと心配しているのだろう。彼の性格を知っているので、今更な気もするが、彼にとっては重要なことなのだろう。


「正直なところ、その辺りはそこまで気にしなくても大丈夫だと思うよ」

「つまり、肝心なのは画力ってことか」

「そうなるね」


 神室と手塚、二人の表情が引き締まる。


「ウチの画力やったら、ユッキーももう知ってるんとちゃう?」

「そうだね」


 【コミックナイト】でブラックパレードを連載している彼女の絵は、僕もよく知っている。その作品は彼女の高い画力と迫力ある絵柄で評価されている。


 しかし、彼女が描く漫画と、僕が描く漫画とには大きな違いがある。


「手塚さんのブラックパレードは異世界が舞台だよね? 【廻れ狂想曲】の舞台は現代。アシスタントに描いてもらうのは基本的に背景になるから、現代の建物がしっかり描けるかどうかを見極めたいってのが本音かな。あと、どのくらいの時間で描けるのかも知りたい」


 【廻れ狂想曲】に合った背景が描けなければ、アシスタントとしては不合格だ。


「作業部屋に液タブがあるから、二人には今から僕が指定した構図で背景を描いてほしいんだ。それとさっきの話だけど、うちの母は仕事でフランスにいるから、ここには僕しか住んでないよ」

「ユッキーしか住んでないって、お父さんは?」

「うちは母子家庭だから」

「お前も色々と大変なんだな」




 ◆◆◆




「「おおっー!」」


 作業部屋に足を踏み入れると、ふたりはまるでプロの漫画家の聖域に来たかのように、子供のように瞳を輝かせた。


「すげぇ数の机だな。全部に液タブも完備されてるし、やっぱプロはちげぇな。俺たちの他にもアシスタントがいるんだな」

「いや……アシスタントはまだいない、かな?」

「は?」

「え?」


 二人が驚いたり戸惑ったりするのも無理はない。作業部屋には机が6つも並べられ、それぞれに液タブが備え付けられている。さらに壁には本棚があり、休憩時間にはアシスタントたちと一緒にゲームができるよう、様々なゲーム機が並べられている。特にNintendo Switchは各机に1台ずつ用意されている。


 昔からマリオカートやスプラトゥーンをみんなでわいわい騒ぎながらプレイするのが夢だった。アシスタントができたら念願だったみんなでプレイができると思い、書籍化が決まった時に準備したのだ。


「いないって、お前……エア友達でもいんのかよ」

「ちょっ! それはいくらなんでもデリカシー無さすぎるやろ」

「いや、だってSwitch6台だぞ! 全部でいくらするんだよ」

「それは、確かにそやけど……」


 僕は恥ずかしさで、顔が真っ赤になりそうだった。


「早速だけど、軽くテストさせてもらうね」

「お、おう」

「なんかめっちゃ緊張するわ」


 彼らが席に座ったのを確認した後、用意していた資料を渡し、構図の指示を出す。


「それじゃあ、よろしくお願いします」


 スタートの合図と同時にストップウォッチのボタンを押す。神室も手塚も緊張した様子だったが、描き始めて5分も経たないうちに、彼らはまるで別の世界に入り込んだかのように、非常に集中して作業している。僕が彼らの後ろに立っても、彼らはまったく気づかないほどだ。



「……ふむ」


 やはり手塚さんは少し苦戦しているようだ。架空の建物を描く異世界の漫画と、実在する建物を描くのとでは、まったく異なる難しさがある。

 一方、神室は……速い!? もうこんなに進んでいるのか。一点透視法から三点透視法まで、さまざまなアングルでの背景描写がかなりうまい。難しいパースの取り方も難なくこなしている。


 あの立花さんが画力を絶賛するだけはある(ただし、ストーリーに難ありらしいが……)。


 ……本当にこの4年間、神室は漫画を描いていなかったのかと疑いたくなるほどだ。

 彼の手元を見てみると、そこには僕や手塚と同じペンだこがあった。


 神室が【コミックナイト】で描いていた作品『デビルパイレーツ』は、手塚が描く『ブラックパレード』と同じ異世界のストーリーだ。

 本来なら、神室も苦戦するはずだったはずだ。

 しかし――


 ……そんなに簡単にあきらめられるものじゃないよな。


 彼の絵が全てを物語っていた。

 僕は神室雅也というクラスメイトを誤解していたのかもしれない。

 少しだけ、僕は彼に興味を持ち始めた。




「できた!」


 先に仕上げたのは神室だった。

 僕が神室の絵をチェックしている間、手塚は一心不乱に自分の作業に取り組んでいる。新しいジャンルに挑戦しているが、描けないわけではなさそうだ。


「どうだ? 変なとことかあるか?」

「……」


 一つ一つ絵をじっくりと見ていく。先ほども見ていたが、神室の絵はやはり素晴らしい。しかも、非常に速く描けている。


「正直言って、ちょっと驚いてるよ。神室がここまで上手く描けるとは思わなかったな」

「絵を描くのは小さい頃からずっとやってたんだ。ただ、ストーリーを考えるのが得意じゃなくてな。でも、画力に関しては自信がある」

「WEB投稿を辞めた後も描いてたの?」

「いや、マジで漫画は描いてなかった。ただ、絵を描かなかった日は一日足りとねぇ」

「なぜまた漫画を描くことにしたの?」

「……バカにされたままじゃ、ムカつくからな」


 神室は赤らんだ顔をかいて、恥ずかしそうに言った。

 おそらく、手塚との喧嘩の後、何かが変わったのだろう。


「できた! ウチもできたでぇ!」


 神室に少し遅れて、手塚も課題の絵を完成させた。


「ど、どうや? ちょっと遅くなってもうたかもしれんけど、絵の方はちゃんと描けてるはずや。あ、あとな! これは言い訳になってしまうかもしれんけど、少し緊張してたから遅くなったってのもあるんや。普段描きなれてなかったっていうのも勿論あるけど……そこは描いてくうちに速くなると思うからっ!」

「ちょっと冷静に、手塚さん」

「……う、うん。ごめん」


 思ったよりも神室が速く終わったことと、その出来が良かったことで、手塚は焦ったのだろう。実際には手塚のスピードも十分速いが、彼女は自分に厳しいようだ。絵のクオリティも非常に高い。やはり、ブラックパレードの作者だけのことはある。


「で、合否の結果はいつ出るんだ?」

「ウチらはアシスタントになれるんか?」


 不安気なふたりが近づいてきた。一旦落ち着くように言った後、ふたりの顔を交互に見て、


「二人とも、これからよろしくお願いします」


 と丁寧に頭を下げた。


 すると二人は、「「それって!」」とほとんど同時に声を上げる。

 僕は「はい」と頷き、ふたりにアシスタント合格を告げた。


「っしゃぁああああああああああ!!」

「よっしゃぁあああああああああ!!」


 彼らは雄叫びを上げながらハイタッチを交わし、「あっ……」と、以前の喧嘩を思い出したかのように、慌てて視線をそらした。


 そのとき、家のチャイムが鳴った。



「みくねっちいる〜?」と、玄関から聞き覚えのある声がした。

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