第27話 この決断に悔いなし!
「ごめん」
とつぶやき、友達は教室から逃げるように去っていった。俺は彼にどんな言葉をかけるべきだったのだろう。
同じクラスの結城美空音が実は有名な漫画家・黄昏だと知ったとき、アシスタントの面接は落ちたと思った。結城から見た俺は、きっと良きクラスメイトではなかったと思うから。
俺から見た結城の印象は、The陰キャ。それは悪いことではないが、単純に俺は結城が気に入らなかった。一番の理由は、つまらない陰キャのくせに、クラスで一番可愛いと評判の女子、綾瀬と付き合っていたからだ。
結城が綾瀬と付き合っていることを知った時、顎が外れるくらい驚いた。どうしてこんな地味な陰キャが、クラスで一番可愛い女子と付き合えるのか、その理由がまったく理解できなかった。だから、俺は率直に嫌味を言ってやった。本人に対して、直接に。
その結果、結城と綾瀬が別れたという噂が広まった。
それ以来、俺が結城に対してちょっかいを出すことはなくなった。単に、結城に対する嫉妬心が薄れてしまったんだ。
二年に進級しても、結城は相変わらず教室の隅で一人で過ごしていた。
当時の俺は、彼を陰キャと見下していた。
何より、俺はクラスメイトたちの前で、【廻れ狂想曲】はつまらないと言ってしまった。もちろん、この時の俺は彼が原作者の黄昏だなんて知らなかったんだけど、そんなことは言い訳にもならない。
だから、あの面接の日、絶対に不合格だろうと思った。
しかし、結果は意外にも合格だった。
彼は過去のことなんて全く気にせず、純粋に俺の絵を評価してくれた。彼の広い心に驚く一方、俺は罪悪感を感じていた。
俺は覚悟を決めて彼に話すことに決めた。もしかしたら彼は、そんなことは既に忘れているかもしれないが、謝らないわけにはいかなかった。これは俺なりのけじめだ。
ただ、一つ問題があった。
職場には常に手塚がいたのだ。こいつの前で謝ることだけは避けたかった。
そこで俺は仕事がない日を狙い、結城の家を訪れることにした。
今日は休みだよと困惑する彼に、俺は話があると断りを入れ、家に上がらせてもらった。
胸に詰まった感情を全て吐き出し、これまでのことを誠心誠意謝罪した。
すると、結城は笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。
なぜ感謝されるのか理解できなかった俺に、結城は俺がそんな風に考えてくれていたことが嬉しかったと言ってくれた。
心の中のもやもやは晴れ、俺は今まで以上に仕事に、漫画に真摯に向き合うことができると思った。
仕事が終わると、時折結城に自分の作品を見てもらったりもする。さすがプロの漫画家だけあり、彼のアドバイスはいつだって的確だった。
「……っ」
だというのに、精一杯作り笑顔を浮かべながら、逃げるように教室から飛び出した彼に、俺は言葉ひとつかけることができなかった。
結城がいなくなった教室には、彼を嘲笑うような声がこだましていた。
「変態写真が流出して退学とかマジうけるよな」
「前代未聞だろ」
「鳥山高校の伝説になるんじゃねぇ?」
「50年語り継がれる伝説の生徒とか、ヤバすぎだろ」
以前の俺なら、彼らと一緒になって結城を嘲笑っていたかもしれないが、今はその態度に反感を覚えていた。
「馬鹿じゃねぇの」
「は? ……どうしたんだよ?」
「お前ら、揃いも揃ってあんなクソみたいな合成写真信じてんのかよ。あんなもん、どっからどう見ても出来の悪りぃアイコラじゃねぇか」
「確かにそうだけど……面白いからいいんじゃん?」
「そうそう、面白けりゃなんでも有りっしょ!」
誰かが誰かに賛同するように笑い合う彼らを見ていると、腹立たしさが胸に広がる。まるで過去の自分を見ているようで、腹が立って仕方がない。
「クラスメイトだろ……。クラスメイトが嫉妬したどっかのクソ野郎にハメられてんだぞ! お前らはそれを黙って見てんのかよ!」
「つーか、別によくね?」
「あぁ?」
「実際、あんな地味なやつがかわいい芸能人と仲良くしてたら腹立つだろ。ざまぁみろって思うのが当然だと思うけど?」
「だよな。それに、ハメられたのはあの昼行灯だろ? 退学になっても誰も困らないし。そうだろ?」
多くのクラスメイトが彼の言葉に同意し、教室は再び笑いの渦に包まれていく。その中で笑っていないのは、俺と綾瀬、そして影野、それに手塚だけだった。
俺は歯を食いしばり、拳を握りしめていた。
何が腹立たしいって、結城のアシスタントになって漫画を一緒に描いていた今だからわかる。
結城は寝る時間を削って毎日絵を描いていたんだ。
俺が友達と遊んでいた時も、ゲームしていた時も、女と遊んでいた時も、あいつはいつでも漫画を描き続けていた。
そんな奴に、俺みたいなパクリ漫画を描いていただけのヤツが嫉妬する権利なんてなかったんだ。
こいつらも同じだ。
結城がテンテンと一緒に歩いていたことに、ただただ嫉妬しているだけだ。
「ふざけんじゃねぇぞっ!」
気がついた時には、俺は結城のことを冷笑するクラスメイトに向かって飛びかかっていた。
「なにするんだよ!」
「お前に何がわかんだよっ!」
今の自分の努力を馬鹿にされたような気がして、許せなかった。友達が侮辱されて黙っているわけにはいかなかった。
もしこの事がきっかけで孤立することになっても、この決断に後悔はない。
今ここで飛びかからなかったら、後で後悔するだろうから。
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