第10話 憧れのコスプレイヤーが変態だった件について。

 今日は約束の日曜日だ。

 ある日突然超人気コスプレイヤーからDMが届いたかと思えば、その内容は脅迫めいたものだった。


 会ってくれないと、人気漫画家【黄昏】の正体が僕であることを公表すると言い出したのだ。


「はぁ……」


 会うことが決まった後も、テンテンはLINEのIDを教えろだの、とにかく色々とうるさかった。

 断ろうとすれば、あの手この手で脅迫してくるんだ。


『みくねっちって鳥山高校だよね? 明日迎えに行ってあげよっか? そのとき間違って【廻れ狂想曲】の作者、黄昏先生いますかって言っちゃったらごめんネ♡』


 こんな脅迫をされて、LINEのID教えたくないとは言えなかった。

 前にも言った通り、僕は蛮勇の持ち主じゃないんだ。


 しかも、改めて彼女のSNSをチェックしてみると、見覚えのある風景写真がちょいちょいアップされていたことに気がつく。


「これウチの近所のコンビニじゃないか! あっ、ここはすぐそこの公園だよな! って、ちょっと待て! これ僕じゃないのかっ!?」


 街中で撮ったと思わしき自撮り写真を指でつまんで拡大してみると、めちゃくちゃ小さくだけど僕が写っていた。


「……マジかよ」


 憧れの超美少女コスプレイヤーは、意外にも僕のストーカーだった。


「美人じゃなかったら通報してるレベルだろこれっ!?」


 あまりの恐ろしさに、金たまがキュッと二回りほど縮んだのを覚えている。


「はぁ……どうしよう」


 今から憧れだった美少女コスプレイヤーに会うというのに、今朝からずっとため息ばかりついている。


 待ち合わせのショッピングモールは、自宅から歩いて二十分ほどの距離にある。

 本当は地元での待ち合わせは避けたかったけれど、なぜか彼女はウチの地元で会うことにこだわった。一度言い出したら、彼女の意志は固いので、僕には従う以外の選択肢が残されていなかった。


 待ち合わせ時間ぴったりにショッピングモールに到着した僕は、彼女がどこにいるか確認するためにLINEを送る。秒で既読がつき、エントランスホールで待っているとの返事が来て、少しだけ焦った。


「超人気コスプレイヤーを待たせるのはさすがにまずいよな」


 もう少し早く出てくるべきだったと後悔しながら、僕は駆け足でエントランスホールへと急いだ。


「うわっ、すごい美人!」


 ショッピングモールのエントランスホールには、目を奪われるような美少女が柱に優雅に寄りかかっていた。彼女の瞳は宝石のような輝きを持ち、その光は星空のように深く広がっているかのように見えた。


 豊かな黒髪が肩に優雅に流れ、透明感あふれる肌が柔らかな光を受けて輝いていた。その優雅な雰囲気は一層引き立ち、まるで美術館に展示されるべき至宝のような存在感を放っていた。周囲の人々も、彼女の美しさに心を奪われていた。


 ずっと写真で見ていた憧れの女性が、まさに今、目の前にいる。彼女の引力に魅了されるように、僕は無意識のうちに小走りで近づいていた。


「あ、あのっ!」


 我ながらひどく上擦った、情けない声だったと思う。


「みくねっち!」

「――――っ」


 彼女はまるで十年ぶりに再会した親友のような笑顔で手を振ってきた。

 刹那、胸がどきりと高鳴り、ドクンッ、ドクンッと内側がざわめいた。熱くなる顔を必死で隠しながら、僕は彼女の前に立っていた。


 やっぱり、すごく綺麗だ。


 彼女とDMやLINEのやり取りをした率直な感想は〝あぶない奴〟、だったのだけれど、その印象は一瞬で吹き飛んだ。昇龍天満はまるで僕の理想を具現化したような女性だった。まるで理想が服を着て立っていたようだ。


「すげぇー、なんだよあの美人!」

「手脚ながッ! モデルさんかな?」

「あれ絶対ハーフだぜ。彼氏が羨まし過ぎるわ」

「って、あれコスプレイヤーのテンテンじゃねぇーの?」

「誰それ?」

「バカ、結構人気なコスプレイヤーだよ。俺バラエティ番組で観たことあるんだよな」

「えっ!? 芸能人なの!? なんでこんな所にいるんだろ? つか、一緒にいるの彼氏か? なんかパッとしなくね?」

「さすがに彼氏じゃねぇだろ。つり合わねぇし」


 ……まずい。かなり見られているみたいだ。

 これだけ美人なんだ。テンテンはコスプレしてなくても目立つ存在だ。このままだと少しめんどくさい事になるかもしれないと心配しかけた、その時――


「へっ!?」

「行こ、みくねっち」


 憧れのテンテンが腕にしがみついてきた。


 ま、マジかよ!?


 ぷにぷにと柔らかな感触が腕に触れるたび、心臓がもうすぐ飛び出してしまうんじゃないかと思うほど跳ね回る。僕の顔には緊張した笑顔が浮かび、手がびしょびしょになる。ドキドキしながらも、自然体で振る舞おうと必死に頭を働かせていた。しかし、内心では不安と興奮が絡み合い、どうすればいいのかわからなかった。


「二階に、コスプレ衣装にぴったりの生地屋さんがあるんだよ。みくねっち知ってる?」

「あっ、は、はい!」

「あはっ♡ みくねっちなんで敬語なの? 面白すぎー」


 くっ、くそっ……。

 逆にこの状況で、どうしてお前はそんなに余裕なんだよ。

 まさか、こういうことに慣れているのか?  あの超人気コスプレイヤーって、実はビッチだったのか!


「実はわたしも心臓がバクバクしちゃってるかも……」

「――――ッ」


 い、いきなり耳元でそんな風に囁くのは卑怯だ! あ、危うく勃起しそうになるところだった。

  こんなところでソロキャンなんて始めてみろ。ショッピングモールが一瞬にしてヨシモト∞ホールに変わってしまう。笑わせるならまだしも、笑われるのは芸人の恥だ! 僕は漫画家であって芸人ではないのだけど……。

 そんなことを思いながら、バレないように位置を調整する。


「ちょっと見てもいい?」

「あ、う、うん――――あっ」


 生地屋があるのは二階。そこに向かうためにはエスカレーターに乗るのが手っ取り早いのだが、そのせいで彼女が僕の腕から離れていく。

 ちょっと残念だったけど、


「!?」

「ほら、おいでみくねっち」


 彼女が僕の手を握ったままエスカレーターに乗り込んでいく。こんなにもドキドキするエスカレーターは初めてだった。


 エスカレーターを下りると、再び彼女が僕の腕を引っ掴んでくる。そのたびに、柔らかな匂いが漂ってきた。幸せな香りだ。


 その後のことは、正直あまり覚えていない。というのも、彼女が胸を押し当ててくるから、その感触に意識が奪われてしまったのだ。油断すれば巨木が空に突き抜けてしまう。伝説の木こりになる必要がある。要するに木を切るために集中していたということ。


 従って気付いたときには生地屋を出て、喫茶店にいた。懐かしい雰囲気の店で、過去に瑠璃華とも来たことがある場所だった。


 店員に案内され、窓際の席に座った僕はアイスコーヒーを、彼女はミルクティーを注文した。

 それでも、まだソワソワしていた。

 もうぷにぷには当たっていないだろって? 確かにぷにぷにはもう当たっていない。しかし、向かいに座る彼女が頬杖をついてじっと僕を見つめてくる。だから、どうしても気が抜けないのだ。


「あの……僕の顔になにか付いてます?」

「ううん。何も付いてないよ」


 だったらなぜ、そんなに優しく微笑んで見つめてくれているんだろう?


 パシャリ! とシャッター音が鳴る。


「あっ、ちょっと!」


 突然、彼女がスマホを向けてきて、僕の写真を撮った。

 不服そうに眉をひそめて言うと、


「ごめんね、でも本当に可愛かったから、つい」


 信じられない言葉を口にする。


 僕が……可愛いって?


 彼女はかなり視力が悪く、普段はコンタクトをつけているんだろう。でも今日はつけ忘れたのかな。きっとそうだ。


「あっ、そうだ! お詫びにこれあげるね」


 そう言って、彼女はショルダーバッグとは別に持っていたトートバッグを、僕に手渡してくれた。


「え……トートバッグごと?」

「うん。たくさん入ってるから、トートバッグごと渡した方がいいかなって思って」


 女の子からのプレゼントなんて、僕にとっては初めての経験だった。彼女は性格にちょっと難があるけれど、超が付くほどの美人なのだ。このシチュエーションに舞い上がらない男なんていないと思う。


 中身は一体……?

 興味津々でトートバッグに手を伸ばす。


「これって!?」

「わたしの写真集だよ」


 トートバッグの中には写真集が2冊入っていて、さらに彼女のカレンダーやタペストリーなど、コスプレイヤー【テンテン】のオリジナルグッズがたくさん詰まっていた。しかも、なぜかすべて2つずつ入っているみたいだった。


「なんで、二個ずつ?」

「鑑賞用と保存用。部屋に飾って楽しんでね♡」

「……え、あっ……はい」


 彼女から無言の圧を感じて、とても嫌だと言える雰囲気ではなかった。

 プレゼントをもらえたことは嬉しいが、なぜか気持ちが複雑になった。


「写真集、見てみて」

「ここではちょっと難しいな、後でゆっくり見せてもらうね」

「ダメ、今すぐ見て」

「……いや、ここじゃちょっと――」

「今すぐ見て」

「……でも、人目もあるし……」

「今見ないと見比べられないでしょ?」

「………」


 比べるって、何を…?


 そう思いながら写真集から彼女に目を向けると、微笑みを浮かべて優雅にこちらを見つめていた。


「……つまり、その……写真集と自分を比べろってこと?」

「うん、そうだよ」


 へ、変態じゃないかッ!

 どんな性癖してんだよ!


「ほ、本当にここで見るんですか?」

「みくねっち、わたし、コスプレイヤーだよ?」

「それは知ってますけど……」

「コスプレイヤーは見られることを楽しむために存在してるんだよ。わたしも見てほしいし、誰に見てもらうかも大切なんだよ。誰でもいいってわけじゃないの。もちろん見られるのは好きだけど、その人が特別だからこそ、わたしの興奮も満たされるの。理解してくれる?」

「………」


 何言ってんだ、この人。

 そう思わずにはいられなかった。


「はぁ……」


 僕はため息をつきながら、「それでは」と彼女に声をかけてから、写真集を開いてみた。


「!?」


 1ページ目からセクシーな衣装を身にまとった彼女が、大胆に谷間を見せつけるように登場した。


 さすがにこれは過激すぎるだろう!


 写真集から彼女に目をやると、彼女も少し赤らんで、それでも優雅に微笑んでいる様子だった。

 恥ずかしさで心臓がバクバクしてしまいそうだった。


「さあ、もっと見て」

「……う、うん」


 1ページめくるごとに、彼女の別の一面が現れていく。清楚な白いワンピースを着た彼女が、写真の中の彼女と、とても同一人物とは思えなかった

 ページが進むにつれて、大胆な衣装が現れ、最後はコスプレではなく水着姿だった。


 そしてラスト2ページになって、僕は違和感に気づく。

 ページが進むにつれて布地がどんどん少なくなっていたのに、ラスト2ページでは白いワンピースを着ていたのだ。

 つまり、今目の前にいる彼女と同じ服だった。


 思わず、彼女を見ると、


「ハァ……ハァ、ハァ……」


 興奮している様子が伝わってきて、僕はびっくりした。

 彼女のもそもそとした仕草や太ももをこすり合わせる仕草は、単なるエロさを超えていた。


 喉をごくりと鳴らし、僕は最後のページを開いた。


「――――っ!?」


 そこには、彼女が白いワンピースをめくり上げている写真があった。

 なんだよこのエロ本みたいな写真集はっ!?


 驚愕の表情で彼女を見ると、彼女はにたーっと微笑みながら、


「同じの穿いて着ちゃった♡」


 信じられない言葉を口にした。


 へ、変態だ!

 こいつは間違いなく変態だ!

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