第15話 淫魔、再び!?
教室内では相変わらず、手塚と神室の間に険悪な雰囲気が漂っていた。クラスメイトたちも二人に気を遣っているのか、休憩時間でも漫画については極力避けるような様子だった。
僕の席からは神室と手塚、二人の後ろ姿が見えていた。二人とも授業そっちのけで、【コミックナイト】内の漫画を熱心に読んでいた。
プロの漫画家を目指す手塚が人気作品を読み漁るのはわかるが、なぜ【コミックナイト】嫌いな神室まで熱心に読んでいるのかが理解できなかった。
そして放課後――
いつものように一人で教室を出た僕は、どこにも寄り道することなく昇降口を目指して歩いた。昇降口で外履きに履き替えている最中、僕はその異変に気がついた。
「……ずいぶん騒がしいな」
遠く前方、校門前に人集りができていた。
これからファイトクラブでも行われるのかと尋ねたくなるほどの人集りと、ある種の熱気に包まれている。
それもそのはず、そこに集まっている多くが男子生徒だったのだ。
女子生徒もいるにはいるのだが、どこか不機嫌というか、苛立っているように見えた。
「喧嘩かな……?」
それにしては、男子生徒たちの顔が妙ににやついている。鼻の下も伸びている。
みんなで集まってエッチな本を読んでいる、そう言われたほうがまだ納得ができるレベルだ。
「ちょっと通して、帰りたいんだ」
人波を泳ぐようにかき分けて進んだ先には、胸元まで伸びた黒髪に、見慣れないブレザー姿の美少女が立っていた。
「て、てんてんっ!?」
◆◆◆
「ねぇ、なんか校門の方が騒がしくない?」
ホームルームが終わっていつものように教室で友達と話していると、一人の友人が窓の外を指さした。
「なになに」
事故でもあったのか、喧嘩でも起きたのか、そんなことを考えながら窓に身を乗り出し、あたしは人集りができている方角に目を凝らした。
「ん……げぇっ!?」
そこにはかつてあたしが憧れていたけれど、今ではこの世で一番嫌いなコスプレイヤーとなった昇龍天満が立っていたのだ。
な、なんであの女がこんな場所にいるのよ!
「はっ!?」
しかも、すぐ側には元彼、美空音の姿もあった。
「なんでぇっ!?」
瞬間、あたしの頭の中で彼女の声が壊れたレコードのように再生されていた。
『――これから付き合って彼の子を身籠るつもり』
ダメだ!
あの淫魔と美空音を二人にさせるのは危険すぎる。
「――――」
「えっ……ルリルリ帰んの?」
スクールバッグを乱暴につかみ取り、あたしは急いで教室を飛び出した。
「急用思い出した!」
「カラオケは?」
「ごめん、また今度――」
廊下は走るなと書かれたポスターには目もくれず、あたしは全速力で階段を駆け下りた。
「――瑠璃華ちゃん!」
昇降口で靴を履き替え、ミサイルのように人々の集まりに突っ込もうとしたところで、よく通る綺麗な声に呼び止められた。
「――瑞月! それにチカも……二人ともこんなところで何してるのよ?」
「帰ろうと思ったらあの騒ぎやったんや」
と、チカが校門を指さした。
その顔にはうんざりと書かれているようだった。
「男子ってなんで揃いも揃ってあんなアホなん? 一人ずつ後ろからハリセンでぶっ叩いてやりたいくらいやわ。ホンマ見ててウザすぎ」
彼女の意見には全面的に賛成だ。
「あそこに居るのって、人気コスプレイヤーのテンテンさんですよね?」
「瑞月も知ってるんだ?」
「はい、昔アニメのイベントで見かけたことがあったんです」
「アニメ……? ズッキーってそういうイベントとかに参加する人なん? なんか意外やわ」
ズッキーってなによ。ひどいあだ名とセンスね。呼ばれた本人もびっくりしてるじゃない。
「ああ、はい、まあ……そうですね」
多分声優の仕事だろうなと、あたしは思った。
「それで、その人気コスプレイヤーがなんでユッキー……やなくて、結城くんに話しかけてんの?」
ユッキー……?
美空音とチカってそんな風に呼ぶような仲だったっけ……?
ひょっとして、美空音ってあたしが思っている以上にクラスの女子と仲良かったりするのかしら。
というか、あのコスプレイヤーと美空音の関係は、誰よりもあたしが一番知りたいことなのよ。そもそもチカの奴はさっきから何をそんなに苛ついているのかしら。
カリカリカリカリ――と親指の爪を噛み続ける彼女が、ホラー映画に出てきそうで怖い。
ひょっとして生理かな……?
「結城くん、みっともなくニヤついていますね」
「……え、ええ、そうね」
普段は置物みたいに大人しい瑞月だけど、この時は燃えていた。このあたしが思わず一歩身を引いてしまうほどの、圧倒的霊圧を放っていたのだ。
この子……雰囲気変わった?
二人に気圧されてしまったせいか、逆にあたしは冷静さを取り戻していた。
「マジで本物のテンテンじゃねぇかよ……」
あたしの隣には、ようやく夢の黄金郷を見つけたシンドバッドのように、立ち尽くす神室の姿があった。
学校では今風のイケメンを装っている神室だけど、過去に【コミックナイト】で漫画を連載していたというだけあり、やはり根はオタク気質のようだ。その証拠に、彼は淫魔に魅入られたモブキャラみたいな顔をしていた。
「――――」
かと思えば、次の瞬間にはゴールデンレトリバーのようにブルブルと頭を振り回し、獲物を見つけたチーターのように前方を睨みつけている。
嫉妬に燃えたバーサーカー、それが今の神室だ。
「なっ、なんで結城が、あんな陰キャ野郎が俺のテンテンと親しげに話してんだよっ!」
「あんたのじゃないでしょ」
と思わずツッコんでしまう。
「……っんだよ、綾瀬もいたのか」
「あんたがここに来るより先にいたわよ。見えなかったわけ?」
「さすがに100万フォロワーの前じゃ、10万なんて霞んで見えなくなっちまうもんなんだな」
「……っ」
殺す!
いつか絶対にぶっ殺すッ!
あたしは心のデスノートにでかでかと、神室雅也の名前を書き記した。
「それより、なんで普段透明人間みたいなあいつが、超人気コスプレイヤーのテンテンと普通に話してんだよ。まさか知り合いってわけじゃねぇよな?」
「どう見たって、そのまさかでしょ」
二人の関係は、どう見ても親しいものだった。
それに昨日、あたしはあの二人が密会しているところを目撃――つけていたのだ。
「嘘だッ! 俺は信じねぇからなっ!」
「あんたが信じるかどうかはどうでもいいわよ」
にしても、わざわざ学校にまで押しかけてくるなんて、非常識にもほどがあるわよ。
「相手はあのテンテンだぞ! あるわけねぇッ! たぶんただの偶然で、近くにいたあいつに道を尋ねているんだよ」
「なら、本人に直接聞いてみなさいよ」
「はぁ!? 聞くってなにを?」
「何しに来たのか、目的は何なのか、何を企んでるのかに決まってるでしょ! わかったらさっさと行って!」
「え……いや、ちょっとッ!」
あたしはあの淫魔の意図を探るため、刺客として神室を送り込んだ。
ライオンみたいにプライドの塊のような男だけど、あれでも一応はクラス内カーストランキング上位に食込む陽キャだ。
彼女のことも上手く扱えるはず――そう思ったのだけれど…。
「て、ててて、てんてんさんですよね! あの、その……えーと、俺、その、超大ファンなんっす!」
わざわざ人混みをかき分けて、本人を前にしての一言目がそれなの!? バカじゃないの! しかもガチガチに緊張してるし、本当に使えないんだから。
「へぇー、君みたいなリア充っぽそうな男の子もわたしのファンなんだ」
「は、はいっ! もう大ファンっすよ!」
「そっか、でもごめんね。今日はプライベートだからファンサはしないんだ」
神室が落ち込んでいる様子は、ここからでも確認できた。
しかし、さすが陽キャ、気合ですぐに立て直した。
「あの、うちの高校に何か用ですか?」
「高校自体には用はないかな。わたしが個人的に用があるのは、彼――結城美空音くんだけだから」
淫魔が美空音を指差し微笑むと、校門前がざわめき始めた。
その場にいた男子生徒たちが一斉に、敵対するような視線で美空音を睨みつけた。女子生徒たちは「どうして?」「なぜ?」と戸惑いの声を上げている。
あたしの隣にいる二人を除いては…。
「……っ」
「……なんやねんあれ」
瑞月とチカは隠すこともなく、明らかに淫魔に敵意を向けていた。
まさか……この二人も美空音を!?
あたしの元彼は根っからの非モテ男子だったはずなのに、なんで急にこんなにモテてんのよ。
「――――っ!」
神室はまるで飛びかかろうとするシェパードのように、ガルルと喉を鳴らしながら美空音を睨んでいた――いや、神室だけでなく、あたしの元彼はハイエナに囲まれたバンビのようになっていた。
「あっ!」
剣呑な雰囲気を敏感に感じとった美空音が、淫魔の手を取り駆け出した。
「に、逃げました!」
「ズッキー、ルー、追うで!」
「え……る、ルー!?」
いつの間にあたしはルーになったのだろうかと思いながら、あたしも二人と一緒に美空音のあとを追いかけた。
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