第11話 とある商談

「カーティス枢機卿閣下。この度はお目通りが叶い光栄至極……」

「閣下はおやめなさい。私は聖職者です。たまたま教区を統べる立場にありますが、本来人間に上下などないのです」


 信者百万の教区を統括する枢機卿は、作り物のような微笑みを浮かべて言った。


 よく言う。


 私は知っている。この男がその地位と権力を思う存分利用して、末端の信者たちに手を出していることを。


「して、メイダム商会長殿。此度はいかなるご用向きかな?」

「閣下……枢機卿殿に、ぜひともお見せしたい逸品が手に入りまして」


 顔を寄せてそっと小声で囁く


「枢機卿殿は、ずいぶんと派手にコルダヴ修道院の方で励んでいらっしゃると……」

「な!?」


 枢機卿は目を見開く。ちょっと探りを入れただけでこんなに表情に出て大丈夫なのだろうか。

 いや、これを目にした私が大丈夫でないのだろうな。さあ、命懸けの商談だ。


「いえ、安心してください。誰から聞いた話というわけではありませぬ。どこの口からも漏れてはおりません」

「では……」

「我々の商会は手広くやっておりまして」


 さあさあ、ここは商人の戦場。武器は口八町手八丁。真剣勝負。

 たかが商談と侮るなかれ。相手は教会の権力者。人間一人この世から消すのに造作もない。気を抜けば生きては帰れない。末路は事故か行方不明か変死か。


 気合を入れろ。正念場だ。


「なぜか、修道女しかいないはずの修道院で、男性の…あちらのものが元気になる強壮剤の類が納められているのが気になりまして……。

 少々伝手を辿りましたら、枢機卿殿の来院時期などから、ははあと」


 枢機卿は顔を真っ赤にして、すごい顔をしている。


 教区のトップが修道院に入り浸り、修道女たちと放蕩三昧。強壮剤まで使用して加齢で元気のなくなったご自慢の剣を……いやこの場合は司教杖か。

 しなびれたそれを無理やり復活させて、夜通し狂った宴が行われている。

 もしも、そのような事実が外部に漏れたら。醜聞などというものではない。


「少々不用心でしたな。ですが、ご安心を。

 関連帳簿や記録、関わった者たちは全て闇に葬る手はずは整えております。

 私が商会に帰れば、万事つつがなく」


 無事に帰れなければ公表するぞという脅し。

 仮にも枢機卿だ。これくらいの腹芸は通じている。怒りのあまりの歯ぎしりをしている。


 おいおい、落ち着いてくださいよ。その顔は他人に見せちゃだめでしょう。変態ジジイ。


「私どもとしては、顧客のプライベートに興味はございませんし、顧客の秘密は何があっても守られるべきと存じております」

「それは……結構なことです」


 衝撃から立ち直ったのか、枢機卿は仮面のような無表情を取り繕った。嘘くさい微笑はまだ戻ってきていないようだが。


「枢機卿殿に告白するのは不信心でありますが、我々はもちろん神を信奉しておりますが同じくらい金貨も愛しております」

「つまり、口止め料か」

「いえいえ滅相もございません。我々は公正な取引こそが神への奉仕だと考えております。

 禍根を残した金貨を財布に入れては身の破滅。そんなことは重々にわきまえております」


 枢機卿は訝しげな表情をしている。私がスキャンダルをネタに強請りに来たという線をまだ疑っているのだろう。


 そんな危険な金などいらない。我々は公正な取引をモットーにしているのだ。公正に、ぼろ儲けがしたいのだ。

 愛すべき金貨をたくさん持っている変態は、我々にとっては上客だ。良い友情を育めるはずだ。


「最初に申したように、本日は商談にまいったのです。

 このたびは大変貴重な魔法薬を手に入れまして…」


 ふたたび、声を潜める。

 

「……男性のあちらの方の『生命力』を何度でも『無限』に『再生』させる神秘の魔法薬です。

 これがあれば病人でも老人でも赤子でも、天に向かって雄々しくみなぎり、十人でも百人でも、それこそ修道院の修道女全員でも何夜に渡って相手にできる。

 奇跡の秘薬でございます」


 ガタリ。枢機卿が椅子から腰を浮かす。

 私は、にっこりと、営業用の笑顔で続ける。


「他意などございません。

 この商品の価値を本当にわかって頂けるのは枢機卿閣下をおいて他にいないかとお持ちした次第です。

 こちらが効能の鑑定書きでございます」


 枢機卿の目の色が変わった。


 さあ、変態エロジジイ。お前のショボくれた下半身のために金貨を吐き出せ。



◇◇◇◇



「西の都の様子? 特に変わったことはなかったよ」

「そうですか。ありがとうございます」


 旅客船で三日かけて大河を下り、河口の町までやってきたが、この後の進路に迷う。


 西の都で発生するであろう第二の不死の皇帝……いや、不死の何であるかは飲んだ人間の職業によるのだろうか。

 とにかく不死のなにがしかの化け物が、こちらの方面に進んできているようであれば、ここからさらに船で海に出て逃げるか、陸路で逃げるか選択せねばならない。


 万が一にも水中行動能力を持っていたらこのまま船で進むのは危険だし、陸を移動するのなら奴の進行方向と違う方向に進みたい。


 河口の町についてから十日、私は西の都の方面から来る商人に聞き込みをしている。


「しているのですが……芳しくありませんね」


 私と同じように船でやってきた商人や、陸路を早馬で駆けてきた通信使などを捕まえて聞き込みをしているのだが、みんな西の都はいつも通りだったという。


 西の都からここまでは船で三日、陸路の場合、馬で途中の駅を乗り継いで約十日の時間差がある。いくらか余裕を見たとしても、いくらなんでも、もう陸路でも情報が入ってきてもいい時期だ。

 しかし、危急の知らせは一切入ってこなかった。


「もしかして、何も起きていない?」


 悩んだ私は腕を組んで眉を寄せかけてとどまる。

 いけない。私のような可愛い少女が腕組みして眉間にしわなど寄せてはいけない


 少し考えて、人差し指を頬に当てて首をかしげてみる。

 どうだろう。今の仕草はなかなか可愛いらしかったのではだろうか。いや、やっぱりこうだろうか。


「そういえば」


 可愛らしく悩む仕草をいくつか試していると、先ほどの商人が話しかけてきた。


「西の都ではないけどコルダヴが封鎖されてるらしいよ」

「コルダヴ?」


 今度こそ自然に、こてんと首をかしげる。どこかの都市だろうか。聞いたことがない。


「ああ、知らんだろうな。さらに西の方の山麓だよ。修道院があるくらいの人里離れた辺境さ」


 さすがに辺境の山奥の地名までは私も知らない。

 しかし、封鎖とは穏やかではない。そのコルダヴというのは何か政治や軍事的な要所なのだろうか。


「その修道院で疫病が発生したらしくてね。全滅だとさ。

 教会騎士団が出張ってコルダヴに繋がる街道を全部封鎖してるとかなんとか」


「疫病? 辺境で人の出入りがない修道院に?」

「生存者もいないので修道院ごと教会騎士団が焼いたらしい。たまたま枢機卿が修道院にいらっしゃってて巻き込まれたとか」


 ふむ。その枢機卿が感染源を持ち込んだのだろうか。

 だとしたら西の方面はやはり危険だ。枢機卿が立ち寄った可能性がある場所ではその疫病が発生する可能性がある。


「それは怖ろしい。でも、修道院しかないような辺境で幸い……などと言っては怒られますね」

「ああ。教会は相当ピリピリしてるらしい。めったなことを言ったら引っ立てられるぞ。気をつけな」


 『永遠の命の妙薬』に関係ありそうな話は聞けなかったが、思ったよりも大変なことになっているようだ。

 

「いまは疫病とは違うわざわいの方が気がかりだったのですが。……どうやら、これ以上ここにいても得られるものはなさそうです。

 どうしましょう。何か名物でも見物しつつ、もう少し先に進みましょうか」

「お、 嬢ちゃん。旅の人かい?

 ここまで来たのなら、この先の半島にあるでかい港町には行っておく価値はあるぜ。港町だけあって魚介料理がうまい。サシミは絶品だ」


 独り言ちていると、船の男から声がかかった。


「サシミ? サシミとは何ですか?」

「魚を生で食うんだよ。うまいぜ!」

「なんと! ええと、それは……大丈夫なのですか?」

「はっはっは。内陸の人にはサシミの良さはわかんねえか。もちろん、ほかの料理もうまいぜ?」


 生食はともかく、南の半島は気候が穏やかで魚介が美味しいらしい。そこまで行ってみようか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る