第12話 欲望の末路

「封鎖の方はどうだ」

「物理的にも情報的にも滞りなく。旗下教会騎士団を総動員して街道を封鎖しております。コルダヴにはネズミ一匹通しません」


 いらだちの表情を隠そうともしない大司教に報告するのは嫌な役目だ。しかし、教会騎士団の団長としての務めは果たさなければならない。代理とはいえ、つらいところだ。


「街道以外を通るネズミはどうする。野は広いぞ」

「ネズミ一匹通さないと申しました。

 かの地は山岳。急峻な山を越えて進むにも進路は限られます。騎士団は、その要所に野戦陣地を構築済みです」


 地図の上にコマを置き展開した布陣を大司教に説明する。


 コルダヴに向かうために必ず通らねばならない谷間、山中にわずかにある開けた台地。山中の平地という平地に騎士団を表すコマが置かれていくのを見て、大司教の顔の険も少しだけ和らぐ。


 天然の要衝である山岳に配置された三万からなる教会騎士団。これを突破するのは一国の軍隊でも難しいだろう。


「定期的に山狩りも行っております。今のところ、コルダヴ方面へ行く者も、コルダヴから逃走するものも皆無です」

「……カーティス枢機卿は?」

「百人の祈りからなる『神の怒雷』でも消滅させることはできませんでしたが、なんとか地中への封印に成功した模様です」



◇◇◇◇



 コルダヴで異変が発生。カーティス枢機卿がその渦中に在り。枢機卿を救出せよ。


 急報を受けて派遣された教会騎士団。その中に私の姿もあった。


 演目は未曾有の災害。騎士団の副官として枢機卿を救出した聖女。私に与えられたのはそんな役どころ。


 私の経歴に箔をつけるために用意されたお飾りの役職ではあったが、物資の補給や現地の折衝などの仕事はなるほど、私にとってはお手の物だった。


 蝶よ花よと育てられた私には、逆に荒事などはできるはずはない。事務仕事は適材適所というものだ。


 教会所属とはいえ武力を担う教会騎士団だ。

 荒くれ男たちの中に、鎧を着るというより鎧ごと運ばれているような汚れ一つない金髪をなびかせた私の姿はいかにも不釣り合いであった。だが、割り当てられたのはさほど難しい仕事ではなかったはずだ。


 しかし、コルダヴ修道院で我々が見たものは、伝説の呪いの再来だった。


「も……亡者の皇帝! なぜここに!?」


 コルダヴ修道院にうごめく肉塊。

 人の面影を残したそれは、今は亡き帝国の首都に今も生きる伝説。亡者の皇帝だった。


「かの皇帝は五十年前から帝都から動いていないはず。それがなぜ今になって……」

「見ろ、あの顔を!!」

「カ、カーティス枢機卿!?」


 大小の無数の乳房と、何十本もの女の足を生やした肉塊。おぞましくもどこか艶めかしいそれは笑っていた。カーティス枢機卿の顔で。

 肉塊が動く。


「だ……団長っ!」


 先頭で指揮を執っていた団長が肉塊に襲われる。

 すぐさま反応した古参の騎士が抜剣し切りかかるも、その剣ごと団長と古参騎士は肉塊に取り込まれていく。


「こいつは……皇帝と同じ! 神敵だ……!! セラフィー、お前が……指揮を!」


 それが団長の最期の言葉だった。


 叫びたかった。何を? わからない。

 目の前の怪物への恐怖の悲鳴だろうか。それとも「無理だ!」だろうか。


 団長に何かあった場合、席次順では副官である私が指揮権を引き継ぐのが規則であるが、私に実戦部隊の指揮などできるはずがない。

 お飾りで副官の席に座らされている私には、軍事も部隊運用も、何もわからない。

 しかし、状況は待ってはくれない。陣形の崩れた我々に肉塊が襲い掛かる。


「聖女どの……じゃない、副官、指示を!」


 団長を失った団員は混乱し恐怖している。


 兵は自己の判断では動かない。一つの意思のもとに統率されて一つの生き物として動く。それが軍隊の強みだ。

 恐怖を、倫理を、個人の尊厳を捨てて上位者に従う。それが兵の役目であり、そう訓練されている。

 指揮者を失った兵は何をしていいかわからない。


 私も混乱している。


 意思を持たなかった手足が急に頭になれと言われても無理というものだ。せめてあの古参騎士が残っていれば……。

 だが、このまま壊走しては、各個にあれの餌となるだけだ。義務として、せめて何らかの方針を、彼らを統べる意思を示さねばならない。


「……団長権限により『あれ』は神敵認定されました。神の奇跡を示すのです!

 訓練通り、陣形を組んで、神の奇跡を!」

「そ、そうか。小隊集合! 第一陣形! 祈祷準備!」


 絞り出すように放った言葉が騎士団に統制を取り戻させた。


 意思さえ示されれば手足は動く。繰り返し訓練してきた動きを行うのに脳はいらない。反復訓練した動きは身体が覚えている。


 頭を失い手足の身になった我らが教会騎士団は、訓練で何百回も繰り返した動きを行うしかない。神の奇跡を行使するため円陣を組み聖句を唱える。ただ、訓練のそのままに。


 教会騎士団員たちは神官でもある。信仰は篤い。その祈りは神に通じ、奇跡を起こす。

 だが、教会騎士の奇跡は癒しではない。それは、神に背く背信の徒への神罰である。


 我々の前に、全てを燃やし尽くす聖なる炎が発現した。



◇◇◇◇



「聖女セラフィナ。いや、教会騎士団長セラフィナ」

「大司教殿。やめてください。私は序列に従い、臨時に指揮を執ったまでです」


 団長代理として指揮権を継承したまま、なし崩し的にコルダヴ封鎖し、大規模祈祷による奇跡の行使の作戦立案と教会騎士団の作戦立案と陣頭指揮を執ることになってしまったが、あくまで私は聖女だ。


 民衆の拠り所。生ける偶像。それが聖女の職務。教会騎士団からすれば異物でしかない。


「しかし、かの状況で見事に撤退してみせた。そして、事後も見事な采配でした。君の尽力により事態は収束しつつある。追って正式に教会騎士団長の座を任命します」


 だが、大司教は決定事項のように、有無を言わせずに告げた。おそらく私は今、苦虫をつぶしたような顔をしているだろう。


「さて、騎士団長セラフィナ。教会騎士団を率いて神に背き修道院を、そしてカーティス枢機卿を貶めた悪魔を追うのです」

「悪魔……? しかしあれは、枢機卿ご自身……」

「いいですか。神の信徒である我々のひざ元で。しかも枢機卿が。神罰を受けたなどあってはならないのです。

 この事態を引き起こした、真の神敵を探し出して討つのです!」


 神の威光の体現者たる枢機卿が不浄の呪いであのような姿に堕ちた。そのような真実は許されない。

 理解できる。聖女として教会の中枢にいた私には、教会の論理はわかりすぎるほどに理解できてしまう。


「神敵が存在するなのです。聖女セラフィナ。わかりますね?」

「……はい。必ずや。教会にあだなす悪魔に神の裁きを」


 そう。たとえ悪魔が存在しなくてもならないのだ。



――――

 あまり話には関係ないですが、大司教より枢機卿の方が上です。

 執行役員がとんでもない不祥事を起こして、管轄の事業所が全員大慌てで事後処理中(泣)

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