第10話 薬の行方

「5000シリカだよ」

「何でだよ! 明らかにヤベえだろこれ。もっと高く買えよ」


 アタシは大声で怒鳴る貧民の少年に辟易しながら応える。すっかり腰は曲がっちまったが、まだ耳は遠くなってない。そんな大きな声で叫ばないでおくれ。


「ああ、確かにとんでもない力ととても高度な魔法が込められている。アタシでもほんの一部しか読み取れない」


 アタシは魔女。魔女といえば魔法使いみたいなものを想像するかもしれないが、ほとんどの魔女は大した魔法なんて使えない。薬の調合が本業だ。薬師みたいなもんさね。

 まあ、魔女は多少の魔法を込めた薬なんかも作れるってだけで、やることは同じさ。鍋で煮込んで薬を作る。魔女ってのはそういうもんだ。


 アタシは、その本業の傍ら、出どころ不問の魔法の品を買い取る故買屋みたいなことをやってる。

 誰にも知られずに流通してる貴重な魔法が込められた品が世の中にはわんさかある。それを市中から拾い出して欲しがる人間に渡す。

 ま、慈善事業みたいなもんだね。手数料は頂くがね。魔女やるにも金がかかるんだよ。


 この貧民の少年は魔法の才能があるらしく魔法の品の目利きができる。

 こいつが最初に持ち込んだネックレスは失われた魔法が込められていて、最終的にはとある貴族に500万で売れた。アタシの懐に入ったのはその二割くらいだけど、それでも大儲けだったね。


 それ以来、こいつはたまにどこかから魔法の品を見つけては売りに来る。

 魔法の中身まではわからないようで、二束三文で買い取っても文句は言わない。不満そうな顔はするが、他に売るあてもないのを理解している。

 賢い子だね。生まれが生まれならもう少し魔法の才能が発揮できたかもしれないのに惜しいね。


 さて、今回こいつが持ち込んだ魔法薬。また、とんでもないものを持ってきたね。ひと目見ただけでヤバいとわかった。冷や汗が止まらない。ああもう、こいつがヤバいヤバい言うから馬鹿な言い回しが感染っちまった。


 込められている術式の種類も系統も全くわからない。というより、異なる系統の術式が大量に複雑に絡まり合っている。かろうじて読み取れる意図は『生命』『再生』『無限』……?


「なら!」


 こいつも、中身はわからなくてもこれがとんでもないものだということはわかるようで、いつになく食い下がる。


 アタシは大仰にため息をついて見せた。


「はあ。買い手の気持ちになって考えな。

 もしアンタが金持ちの貴族だったとしよう。効果がわからない得体のしれない薬……アンタの言うとこのヤバい薬を飲む気になるかい?」


 少年はハッとした顔をする。いいねえ。賢い子は好きだよ。


「誰かが欲しがるから値がつくんだよ。確かにこいつからはすごい力を感じるが、売れるかどうかは別だよ」


 少年はうなだれる。これが高く売れることをよほど期待していたのか。可愛い子だねえ。ちょっとサービスしてあげよう。どうせ二束三文だ。


「仕方ないねえ。6000だよ。それで満足しときな。

 これはたぶん、本当にヤバい。さっさと手放して関わらないほうが身のためだよ」


 子供の駄賃程度の上乗せをされた金を握りしめて貧民の少年は出ていった。納得していないだろうが飲み込んだというとこかね。


「売れないなら、欲しがるようにしてやればいいのさ」


 アタシゃ別に嘘は言ってない。


 この薬はこのままでは売れない。これが「ヤバい」のは、ほんのちょっとでも魔法をかじったことがある人間ならすぐわかる。飲む気なんかぜったいに起きない。


 貧民街のスラングもなかなか便利だね。全部「ヤバい」だけでなにか言ったような気になれるじゃないか。だが、金持ちを相手にするにはそれじゃだめだ。


「必要なのは物語だね」


 飲む気が起きないなら、飲む気が起きるような物語をつけてやればいい。


 貴族連中や大商人、役人に高級司祭。金持ちどもは賢い。

 賢くなければ金持ちはやってられない。馬鹿な金持ちは、他の金持ちからしたらいいカモだ。そんな獲物は一瞬にしてケツの毛までむしり取られて素寒貧。それが金持ちの世界さ。

 身ぐるみはがされた金持ちはもう金持ちじゃない。だから、バカな金持ちはいない。


 でも、奴らも、欲のためなら馬鹿になる。欲のためになら惜しげもなく金を出す。奴らを馬鹿に叩き落とすには、欲を刺激してやればいいのさ。


 金持ちの琴線に触れる欲がいい。食欲とかそのあたりはあんまり響かない。いいもん食ってるからね。

 奴らは賢い。金出せば買えるものにはしみったれた相場以上の金は絶対払わないよ。金勘定は得意だからね。物の価格とか相場というやつを熟知してやがる。


 金を出しても手に入らないものがいい。

 若さ、美容、健康。人間関係。親族のゴタゴタ。出世、名誉、異性。その辺りだ。

 おおっぴらにできない秘めた欲望を絡めるとさらに良い。


 ようは『幸せ』って奴だね。驚いたことに、金持ちは自分のことを最高に不幸だと思っている生き物なんだよ。

「金なんていくらあっても何の価値もない。自分はなんて不幸なんだ!」ってね。


「お金では決して手に入らないもの。値段のつけられない幸せ。

 それがなんと、いまなら、無駄に有り余っているあなたの無価値なお金で手に入るのです。こんな機会はめったにありませんよ」


 こういうのを聞くと、金持ち連中の賢いはずの頭はたちまちおかしくなっちまう。


 なまじ金勘定が得意なだけに、金で手に入らないはずの、いわばお値段無限大の『幸せ』に値段がついてると、計算がおかしくなって大安売りされたと思っちまうんだろうね。


 連中から金を巻き上げるには、あんまり適当なことは言えない。

 宝飾品や美術品を見る目は確かだし、魔法の品を買おうなんて金持ちは、魔法がそれなりにわかる人間を抱えている。術式の深層まではわからなくとも表層くらいは理解する。


 もうちょい簡単に言うと、魔女のアタシが真面目に解読するほどにはわからないけど、斜め読みするくらいには奴らも読める。ショボい魔法の品物を大げさに言っても通じないし、術式に書かれてないことを言ってもバレる。


「『生命』、『再生』、『無限』ねえ……」


 アタシにも全容がわからない複雑な術式に強大な魔力。フカすにはうってつけ。

 さあさ。この辺の単語を使ってこの薬にふさわしい欲望の……幸せの物語を組み立てようかね。



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