第7話 クリスちゃん誕生秘話ヒストリア

 皇帝が求めた永遠の命。


 作用さえ分かっていれば病やけがは治癒魔術で治せる。しかし、いかに治癒魔術で傷病を治したところでこの世の物質である以上いつか朽ち果てる。

 繰り返すが、皇帝が求めたのは「永遠」である。


 様々な実験を行った。


 治癒魔術を使わずとも、人体は傷が治るとき、足りない骨や肉、内臓を作り出すことで再建築を行う。そして、治癒魔術を使えばその修復作用のみを引き起こすことができる。

 ということは極論すれば、理論的には、切り取った指に治癒魔術をかければ、指から人体が生えてきて同じ人間をもう一人複製できることになる。


 だが実際にはそうはならなかった。


 指を切断された人間の側に治癒魔術をかければ、切断した指を生やすことはできる。欠損部位を再生するには非常に高度な技術が必要だが、それは可能であった。


 ここまではわかる。だが切断直後のまだ生きている指に治癒魔術をかけても人体は生えてはこない。しかし、なぜかはわからないが、指から指を生やすことはできた。


 同じような実験を様々な部位で行った結果、同じ肉や骨でも、指の肉は指に、目は目に、内臓は内臓に。同じ部位の部品にしかならないことが分かった。

 指は指にしかならないので、切り取った指からは指しか生えない。ということのようだった。


 これはつまり、人間を構成する血肉や骨は、自分がどの部品になるべきかを知っているということになる。

 驚くべきことに、私の血肉は、自分が指であるとか心臓であるとかの意思あるいは記憶のようなものを持っているのだ。


 この結果を同僚に発表すると(たくさんの研究者が皇帝に拉致……もとい共同研究を行っていたのだ)ある動物学者は「生物はもしかしたら群体のようなものなのかもしれない」と言った。また、ある神学者は「神が描いた設計図が刻まれているのだ」と言った。


 誰が正解かはわからない。

 しかし何にせよ、一連の研究の成果は、我々の体は思ったよりも細かいパーツでできており、それぞれが勝手に生きており、また、日々それらは死んで入れ替わっているということが確認できたことだった。

 まるで、抜けおちては新しく生まれたものと入れ替わる髪の毛のように、全身の肉も皮も死と再生を繰り返しているのだ。


 であれば、それらのパーツたちが無限に再生を続けることができれば、その集合体の人間は永遠に生きられるのではないか。

 再生力をしこたま強化してやれば、永遠に生き続ける人間という難題を解決できるのではないか。


 誰かがぼそりと言った。指が無限に生えてくる生き物は人間だろうか。


 なに。我々の指も手足も内蔵も、日々死んで新しく生まれたパーツと入れ替わっているのだ。そういう意味では、今日の自分には何年か前の自分と同じパーツなど残っていないのだろう。連続はしているが物理的には全くの別人に入れ替わっている。しかし、私は私だ。


 であれば、その生命体から生まれた生命部品が生きている限り、その生物は生きていると言えるのではないか。指が増えようが目が増えようが大した問題ではないではないか。生命としては連続していて生き続けるのだから。


 よし、この理屈で行こう。屁理屈だって? そんなことはわかってる。概念として理屈が通ってればいいじゃあないか。だいたい『永遠の命』ってなんだよ。観念的すぎる。もう無理。


 同僚たちは各分野の有能な才能たちだった。これを実現したらどうなるか、おそらくみんな想像できていた。

 しかし、外界と隔離された環境で何年も研究させられて、みんな疲れていた。


 もうそれでいいよ。それが永遠の命だよ。それ作って皇帝に飲ませて何もかも終わりにしよう。もうお家に帰りたい。


 疲れて頭の働かなくなった研究者たちの満場一致で、各分野の最高の、おそらくは過去にも未来にも世界のそこにしかないであろう秘術と呼ばれるレベルの技術を惜しげもなく使って『永遠の命の妙薬』は完成した。


 『秘薬』とか『霊薬』などと言わなかったのはみんな恥ずかしかったのだろう。

 研究者たちはプライドが高い。この詐欺に付ける名前に許せるのはせいぜい『妙薬』がぎりぎりだった。


 そして、世界最高の研究者たちは皇帝に向かって、全員で自信を持って「完成した」と報告したのだ。

 これは安全で確実で、同じものはもう二度と作れない『永遠の命の妙薬』であると。



◇◇◇◇



「人体の各部位が無秩序に増殖して人の姿を保てなくなるところまでは想定していましたが……まさか周りの生命をすべてとり込んで無限に増え続けるとは。

 誰ですかそんな術式を組み込んだのは。あいつか。生命エーテルは共有されているとか言ってた……」


 あの事件から思えばはや数十年。少女らしい口調も板についた。誰も見ていない独り言でも無意識に少女をやっている。

 ……趣味ではない。見た目に相応しい振る舞いが大事なのだ。かわいらしい少女の形をしている私は、かわいらしくあるべきなのだ。


 さて、『永遠の命の妙薬』を飲んだ皇帝は、無限に増殖しつづける肉塊と成り果てた。

 おぞましいことに、皇帝の面影がのこる肉塊の顔(?)は、いまだ燦然と輝く帝冠を被っていたので、なるほどたしかに、誰が見てもあれは皇帝だった。


 そして、肉塊もとい皇帝陛下は、今思えばおそらくは増殖のための材料やエネルギーを得るためだろう。周りの人間を襲いかかりその身に取り込んだ。

 まず最初に標的となったのはもちろん、薬を献上して飲ませてさしあげるために皇帝陛下の最も近くにいた我々だ。


「あの研究の日々で治癒以外の魔術の技術を高めていなければ、私も皇帝の一部になるところでした……」


 あっと言う間に皇帝に飲み込まれてしまった私だったが、しかし、なんとか治癒魔術も他の魔術もなにもかも、持てる全ての技術を駆使して皇帝に取り込まれないよう奮闘した。


 神経や血管を私のそれと融合させて自らの一部に取り込もうと、身体中の穴という穴から、皮膚という皮膚から、肉という肉から、私に入って来ようとする皇帝の肉体組織に必死で抗い、なんとか意識だけは、つまり脳と神経系は死守していると、一緒にいた他の研究者たちが皇帝の一部となっていくのが見えた。


 私の魔法力も無限ではない。これはもうダメかもしれんなと思いつつ抗い続けていると、皇帝は城にいた人間たちを襲い始めた。

 大臣を、侍女を、そして突如現れた化け物を止めようとする騎士たちを、皇帝は倒し、取り込み、巨大化していった。

 

 私は、自分の意識と自我を守るのに必死でその戦いをよく見てはいなかったが、まだ私が自分であると自信が持てるのが脳と片眼だけになった頃、ふと気づくとちょうど上手い具合に私の近くに少女の身体が転がっていた。


 少女は、皇帝の触手(皇帝はこの頃にはもう完全に人間をやめていた)が頭を貫通して明らかに即死していたが、奇跡的にそれ以外は無傷で、身体はまだ生きて痙攣していた。もっとも、脳を失った肉体は数分と立たずに死ぬことになるだろうが。


 まだ十四、五歳頃の、黒髪の肌の白い少女は服装からすると貴族か王族だったのだろうか。

 諸行無常。どんな身分の人間であれ、我らが皇帝陛下の前では等しく一つの生体材料である。貴賤はない。

 考えている間にも視界が失われていく。残っていた私の片目も皇帝に侵食されて自分のものではなっていく。


 脳だけになった私と、脳だけが死んだ少女。


「脳移植。

 机上の理論だけは考えていましたが……まさかあの状況の一発勝負で成功させるとは、我ながら自分の才能がおそろしい。

 ……二度とやりたくはないですが」 


 私は最後の魔法力を使って賭けに出た。


 触手の制御を何本か奪うと、それを使って自分の脳を少女の身体に押し込み、治癒魔術で身体と接続。同時に大急ぎで肉体の損傷を修復する。


 痛み、怖気、悲鳴を上げる五感。


 目が見えない。手足が動かない。周りが暑いのか寒いのかすらわからない。人種も性別も年齢も構造も、まるで違う身体に無理やり繋げられた神経系が適合していないのだ。


 地面に転がって苦痛に喘ぐ。気が狂いそうな苦痛にのたうち回りながら、混乱する神経信号に脳を無理やりに合わせていく。


 どれだけそうしていたかわからない。何時間か何日か。何カ月ということはないだろうが、とにかく、気の遠くなりそうな時間の苦痛を経て、私は新しい身体を何とか自身の制御下に組み込むことに成功した。


 目が見えるようになったとき、いつの間にか戻ってきたのか元々そこから動いていなったのか、私は皇帝に薬を献上した謁見の間に転がっていた。


 目の前に、色鮮やかな布の塊が落ちていた。


 見ているだけで目がちかちかしそうな極彩色のそれは、間違いなく同僚の錬金薬師の服だった。黒を好む私と彼は服の趣味が合わず、趣味が悪いと何度も批判したその服を見間違えるはずがない。


 皇帝に献上した薬を最終的に調合したのは錬金薬師だった。

 皇帝は服だけを取り込んだのか、あるいは生命以外は邪魔と吐き出したのか。これを着ていた彼は無事ではいまい。


 そうか。私が認める数少ない天才の一人であった彼も、皇帝陛下の一部となってしまったのか……。私にしては珍しく、感傷に浸りながらそれを持ち上げる。


 錬金薬師の服のポケットから『永遠の命の妙薬』の小瓶がころりとこぼれ落ちた。

 世界に一つ、皇帝が飲んでもうこの世にないはずの秘薬が。


「あいつ……予備を作って…!」


 錬金薬師がそれをどうしようとしたのかはわからない。


 金になると思った? いや、彼も研究者だ。気持ちはわかる。

 この二度とは作れない、技術の粋が詰まった至宝を残しておかないといけないと思ったのだろう。非常に同意できる。研究者とはそういうものだ。


 私は、床に転がる小瓶を掴んで帝都から逃げた。

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