第14話 真面目な勤労悪人

「早いとこブツを納品しちまおうぜ」


 木箱を運ぶ仲間に声を急かしながら、きょろきょろと周りを見渡す。夜の倉庫街には人の気配はまったくないが、巡回の自衛団にでも見られたら面倒だ。


 ポートタウンとかポートシティとか、そんな名前のこの町は、ここいらじゃそこそこ大きな貿易港だ。

 陸のやつらに取ってみれば地元に港は一つしかないのかもしれないが、俺たちが行くのは全部港だ。同じような名前ばかり付けやがって。区別がつかない。

 名前だけではない。小さな漁村ならともかく、まあ、でかい港なんてものは、どこも街の作りにもそう大した違いはない。


 わざわざでかい港を作るのはでかい船を入れるためだ。そして、でかい船がなぜでかいかというと、山ほど荷物を運ぶためだ。

 でかい船は、遠くから運んできた大量の荷物をでかい港をで陸に上げ、大量の荷物を積み込んでまた遠くのでかい港まで運ぶ。


 長いこと船の乗員の端くれをやっていて、なんとなくわかってきたんだが、船という商売はつまるところ、馬車で物を運ぶ行商人となんら変わりゃしない。物を仕入れて運んで遠くで売る。それだけだ。

 だが、でかい船はでかい馬車の何十倍もの荷物をいっぺんに運べるわけだ。それこそ、村一つ、町一つ分の荷物をだ。


 そんな大量の荷物を船から上げ下げするには、その辺に適当に積んでおくというわけにはいかない。そんなことをすれば、どんなでかい広場だってあっという間に荷物で埋まっちまう。

 だから、でかい港の荷揚げ場の近くには、必ずでかい倉庫が並んでいる。そうじゃないと日々荷揚げされる大量の荷物で町が埋まっちまうからな。

 どこの港でもあまり代わり映えしない倉庫街。俺たち三人はそこを進んでいる。


 俺たちは、あまりガラが良くない船で働くチンピラ崩れの人足だ。

 大量の荷物を運ぶには、でかい船とでかい港。そして、でかい港にはでかい倉庫街があるが、荷物は自分で歩いて倉庫に入ってはくれない。船も勝手には動いてくれない。

 船を動かすのも荷運びにも、俺たちのような人足が必要だ。それも、大量にだ。


 船付きの人足の仕事はあんまり良いものじゃない。

 海や川には命の危険があるし、水や食料は貴重だ。だから船ではろくな食いもんも出ねえし、流行り病でも出ようもんなら、面白いようにバッタバッタと死んでいく。

 何よりそんな職場に嫌気が指しても逃げ場はねえ。船に閉じ込められたまま、何ヶ月も陸に上がれない。やってらんねえ。

 だから、他にまっとうな職に就けるような奴は、船の人足なんて誰もやりたがらねえ。なのに、人は大量に必要とくる。

 いつでも人手不足だから、どんな人間でも素性なんて細かく問わずに雇って貰える。必然、スネに傷のある人間が集まってくることになる。人生の掃き溜めみたいなもんだ。


 ま、どんなろくでなしでも、船の上では真面目に働くことになるが。気を抜くと死ぬからな。最初の頃に、殴ってでもわからせられる。わからないやつは縄や荷に巻き込まれて死んだ。


 俺たちの船は、そんな掃き溜めの中でもヘドロみたいなもんさ。なにせ船長以下船員全員がみんなスジモンという、由緒正しいろくでなしの船だ。

 そんな我らのヘドロ号が海賊に堕ちていないのは、俺が思うに良心とかそういうことじゃねえな。でかい船を持っていれば、海賊行為なんてしなくても単純に荷運びしてた方が儲かるからだ。


 船持ちならまっとうな商売をしても普通に儲かるが、ちょいと怪しい荷物を運べばもっと儲かる。

 持っているだけで捕まるようなご禁制の品でも、どこからか攫ってきた違法奴隷でも、船に乗せちまえばあとはこっちのもんだ。海の上には官憲も追ってはこない。


 普通の船でもこっそりやる奴はいる。というか多かれ少なかれ下っ端は小遣い稼ぎ程度にはみんなやってるものだが、真っ当な上の人間に見つかれば良くて追放、下手すりゃ鮫のエサだ。


 だが、うちの船は上から下までグルだ。


 上がどこかのコネから仕入れてきた違法なヤバいもんを船で運ぶ。そうして、上の指示でこうやって俺たちが荷揚げして運ぶ。船倉もそのために区画を用意しているし、陸にも倉庫も確保している。下っ端が片手間に違法なヤクをポケットで運ぶのとは効率が段違いだ。

 そうやって違法なブツをせっせせっせと、俺たちみたいなクズ共が、一致団結して、汗水垂らして運送してるわけだ。


 今日のブツは割とヤバめなようで、万が一にも見つからないように、用心してこんな夜更けにこっそりと運び込んでいる。俺が見張りで残りの二人が荷物持ち。こっそりこそこそ、誰にも見られずに違法な箱を倉庫に運び入れることができた。


「よーし、納品完了っと。お疲れさん。どうだ。飲みにでも行くか」

「美味いサシミをツマミに一杯と行きたいところだが……こんな夜中にそうそう酒場もやってねえだろ」

「そもそも、なんで俺たちはこんな夜遅くまで真面目に働いてるんだ? ヤバいブツをちょちょい運べば大儲け。そういう話じゃなかったのかよ」


 まったくそのとおり。

 なんの因果か、俺たちは今日も、真面目な荷夫よろしく堅実に働いている。いやあ、労働は尊いね。下っ端は泣けるね。


「しょうがねえだろ。俺たちにはブツを仕入れるコネがねえし金もねえ。

 上が仕入れた荷物を言われた通りに運ぶしかねえんだよ」

「あーあ、どっかに丈夫そうなガキか、若い女でも落ちてねえかな。船に押し込んで他の国で売っぱらえばいい金になんだろ」

「そんな都合のいい話、あるわきゃねえだろ。

 適当な女子供を攫ってくるにしても、荷運びに忙しくてそんな暇もねえ」

 

 そんな馬鹿話とも愚痴とも言えないような話をしていたら、もう倉庫街の端まで来ちまった。

 ま、でかい港には、探せば朝までやってる店もあるだろう。


 夜の倉庫街は薄暗くて人気ひとけがない。どこか不気味だ。

 だがその時、たまたま雲が晴れたのか、一際明るい月光が差し込みんだ。


「ひっ……」

「なんだよ? 変な声だすなよ」

「あ、ああ、あれ……」

「だからなんだって?」


 仲間の一人が、道端の方を見つめて何か言い出した。


「だから! あれ!」

「何もねえじゃねえか……?」


 何かを指で指す。だがその先を見ても、暗くてなんも見えやしねえ。何だたっていうんだ。月明かりを頼りに目を凝らすがおかしなものは……。


「うおっ……!? ゆ、 幽霊……?」


 暗闇の中に、顔が浮かんでいた。



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