6. はじまりの森

 サトウは都内の大学に通う学生で、タナカも大学生。2人とも1年生らしいが、冒険者としての経験はサトウの方が上だった。タナカも半蔵と同じく免許を取得したばかりの初心者だったが、サトウは高校卒業後に免許を取得して、4月からダンジョン探索をしているらしい。現在のレベルは11。一緒に探索していた友人が、忙しくて探索できなくなったので、野良猫酒場でメンバーを探していたらしい。


「でも、レベルが11なら、はじまりの森以外のエリアの方がいいんじゃないですか?」


 半蔵の質問に対し、サトウは苦笑しながら答える。


「前回来た時から間が空いちゃったので、肩慣らしをしたいんだよね」


「なるほど」


こうして半蔵は、剣士サトウと狩人タナカの2人とパーティーを組んで、はじまりの森へ探索に出かけることにした。


 ――はじまりの街の関所。ここで免許に行き先を設定する。各冒険者の行動履歴は免許に紐づけた電子情報を使って管理されている。そのため、もしも設定したエリアと違うエリアに行ったことが判明した場合、基本的には罰則の対象になるので、注意が必要だ。


 半蔵は行き先として『はじまりの森』を設定し、駅の改札めいた入出場ゲートに免許をかざした。緑のランプが点灯し、無事に通過。先に通過していたサトウとタナカとともに、はじまりの森を目指す。


 はじまりの森は関所から1kmほど離れた場所にあった。見た目はただの森。出現するモンスターのレベル帯は1~5。サトウを先頭に進んでいると、蠢く水の塊を見つけた。サトウがくいっと眼鏡を上げる。


「『迷宮スライム』だ。そんなに強くないし、2人で戦ったら、どうだい?」


「あ、はい」と半蔵。「それじゃあ、えっと、タナカさん。援護、お願いします」


「は、はい!」


 半蔵が前に進み出て、刀を抜いて構える。モンスターとの戦闘は、これが初めて。緊張する。ちゃんと動けるだろうか。


(……あの動画を思い出せ)


 半蔵の頭の中に、忍者の解説動画が蘇る。忍者マスターを名乗る配信者の動きを真似れば、迷宮スライムなど恐れる相手ではない。


「門夜君! 迷宮スライムは核が弱点だよ!」


 半蔵は頷く。緑色の液体の中に浮かぶ、赤い球体。それがスライムの核であることは、初心者動画で学習済みだ。


 半蔵は短く息を吐いて、駆け出した。迷宮スライムが体を大きく広げて、襲い掛かってくる。半蔵は避けようとした。が、足がもつれてしまい、避けきれず、全身がスライムの粘液で濡れる。


(うぇっ、気持ちわる)


 ねばねばした感触に嫌悪感を抱きながらも、チャンスとばかりにスライムの体に手を突っ込んで、核を掴む。そのまま腕を引くと、簡単に核を抜き出すことができた。その核に忍び刀を突き刺せば、討伐完了。スライムの体が霧散して、消えた。モンスターは、倒すと体が消え、アイテムをドロップする。体が消えたり、アイテムをドロップしたりする理由や原理についてはよくわかっていない。今回は、核を握っていた手に、少量の魔鉱石があった。


「おめでとう!」とサトウが手を叩く。


「ありがとうございます。ちょっと、スマートじゃないやり方でしたけど」


 半蔵は照れくさそうに笑った。スライムが消えたことで、体にまとわりつく粘着物は無くなったものの、べたべたした感じは残っていた。


「最初はそんなものさ」


「そうだよ。俺なんか、何もできなかったんだから」


 がっくりと肩を落とすタナカを見て、半蔵は申し訳なく思う。狩人タナカの主要武器は弓なので、今回の戦い方だと自分を撃ち抜きかねない。だから、攻撃しなかったのだろう。次にスライムが現れたときは、タナカも攻撃できるようなやり方にしようと思った。


 そして、その機会はすぐに訪れた。3人の前に再び迷宮スライムが現れる。半蔵はスライムの前に立って、気を引くことにした。スライムの核を見ながら、じりじりと回り込むように移動する。核が自分の動きに合わせて動いた。半蔵とタナカの間にスライムがいる状態になったところで、タナカが弓を放った。弓はスライムの体を貫くも、核には当たらない。核がタナカの存在を認めたように動く。だから、半蔵は忍び刀で核を狙う。忍び刀はスライムの体に刺さるも、核には至らない。


(これ、ダメージが入っているのか?)


 わからない。が、タナカが弓を構えていることに気づき、忍び刀を抜いて、距離をとる。タナカの2発目。核を貫いた。スライムの体が溶けて、霧散する。スライムがいた場所に少量の魔鉱石が残った。


「やりましたね! タナカさん!」


「ああ、やったよ!」


 そのとき、半蔵の体が微かに光った。


「お、レベルが上がったね」とサトウ。


「これがレベルアップ」


 半蔵は、目を閉じてその感覚を味わう。内側から熱を感じ、充実感が心を満たしていく。今なら空も飛べそうだ。光が消えると体の熱は冷める。しかし、気持ちは熱いままで、やる気に満ちていた。


「良い顔をしているね」とサトウ。


「ありがとうございます」


「くそっ、俺も早くレベルアップしたいな!」


 その後も3人は奥へと進む。そして3人の前に、地上に突き出た親指のような洞窟の入口が現れる。


「あれは『はじまりの洞窟』だ」とサトウが説明する。「探索可能レベルは10だから、2人はもう少しレベルを上げる必要があるね」


「そうですね」


 このときの半蔵とタナカのレベルは6だったが、半蔵の体がかすかに光って、レベル7になる。


「このタイミング!?」


「ああ。このダンジョンでは、いろんなことで経験値が得られるみたいだから、門夜君みたいに謎のタイミングでレベルが上がることもあるんだよ」


「そう、でしたね」


 初心者用の解説動画で説明があった気がする。経験値も数値化できると何が起きているのか把握できるのでありがたいのだが、現状、レベルしか数値化できないのがつらいところだ。


「とりあえず、今日はもう帰らない? 2人とも初めての探索でお疲れでしょ?」


 半蔵はまだまだ動けたが、空気を読んで頷く。


 そして、無事にはじまりの街へ帰還し、初めての探索が終わった。


 本日の成果は、レベルが2つ上がったことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る