12. ピンチ
半蔵はダンジョン駅のホームに降り立つと、慣れた足取りで市街地へ移動した。見た目は、黒髪で額を隠した少し目つきが悪い少年。しかし、人気のない裏道に入って、再び姿を現した時には、黒髪で目の大きな美少女に変身していた。髪を2つ結びにして、服装も女性用の黒い『忍装束』となっているから、若いくの一にしか見えない。
半蔵改めユイは、手鏡で自分の顔を確認し、前髪を少しいじって調整する。ユイになったときは、普段の動作から女の子になりきることを心掛けている。
(ユイは今日も可愛いな)
ナルシストっぽいが、ユイは自身の技の精度にほれぼれする。可愛い子に変身するまでに苦労したからこそ、今の自分の姿に格別の思いがあった。
(あとは、この姿で女子と話すだけなんだけどな~)
しかし、それができずにいるから困っている。
「ねぇ、お姉さん。これから探索に行くの? 俺たちと行こうよ」
男性冒険者に話しかけられたが、ユイは無視する。しばらく無視していると、彼らはどこかに行った。すると、別の男性冒険者が話しかけてくるので、再び無視する。ナンパされるのにも慣れてしまった。だから、いちいち反応しない。
(男じゃなくて、女の子と話したいんだよなぁ)
ユイになってから、このダンジョンで女性冒険者と仲良くなる難しさを痛感している。そもそも女性冒険者の数が男性に比べて少ないし、街で見かけても、男性冒険者と一緒にいることが多いから、話しかけづらい。野良猫酒場にも女性冒険者はほとんどいないし、仮にいたとしても、変わった感性の持ち主だったりして、うまくお喋りできなかった。アプリに関しては、半蔵として登録しているから、使えない。同じ理由で、顔と名前をちゃんと確認するクエストには、ユイの姿で参加できなかった。
(マジでどうしよう)
クラス替え初日のことを思い出す。千代子と同じクラスになって、彼女からいろいろと話しかけてくれたのに、うまく喋ることができなかった。このままでは、この1年も同じ轍を踏みかねない。
そのとき、ユイはある人物を見かけ、とっさに物陰に隠れた。壁から少しだけ身を乗り出して、その人物を確認する。千代子だ。幸運なことに、千代子と遭遇できた。しかし、そばには他のチャンネルメンバーもいる。黒髪おさげで丸い眼鏡を掛けた
(ユイも混ざりたいなぁ)
東子も丸子も、クラスは違うが同学年ではあった。だから、彼女たちと一緒に歩いても、不自然ではない。しかし、声を掛ける勇気がユイには無かった。
(どこに行くんだろ?)
ユイは気になって、3人についていく。3人は関所に移動し、行き先を登録し始めた。ユイは『明眼法』を発動する。視力が強化される忍法で、3人の手元を確認したところ、どうやら3人は『南の砂浜』に行くようだった。南の砂浜は、はじまりの街の南側にある砂浜で、探索可能レベルは15以上に設定されている。つまり、今のユイでも関所を通って、行くことができる場所だ。
(行ってみようかな)
とくにすることも無いし、追いかけることにした。千代子たちが関所を通過したのを見届けると、ユイも急いで免許に行き先を登録する。できるだけリスクは冒したくないので、免許のレベルで行ける場所については、関所を通るようにしていた。が、登録しようとしてパーティーのメンバーがいないことに気づく。今から探すのも面倒なので、やっぱり違法な方法で外に出ることにした。
人気のない場所で小鳥に変身し、壁の外に出る。そこから迷宮イーグルに変身し、空を飛んだ。3人を見つけたので、気取られないように追いかける。そして、30分ほどで3人が南の砂浜に到着する。白い砂浜と青い海に、3人ははしゃいでいるようだった。ユイは枝木に止まり、『
「ここはいつ来てもきれいだね!」と千代子。
「そうだね。けど、ちょっと冷たい」と丸子が海に触れながら言う。
このダンジョンの季節や時間は、外の時間に連動している。だから、海も春の仕様になっているようだ。
「それで? ここで何をするの?」
「んー」と東子が顎に手を当てながら考える。「まだ良い企画が降りてこない」
「ふぅん」
「千代子がさ、水着でモンスターと戦うっていうのはどうよ?」
「えー。時間が欲しいな。最近、ちょっと太ってきたし」
「そうなの? そうは見えないけど。お姉さん、調べてもいいかな?」
「その気持ち悪い指の動きを止めなさい」
「なら、僕が痩せる薬を作ろうか?」
「いいよ、作らなくて。ってか、季節的に水着は違うんじゃない?」
「そうかー。んじゃ、夏までお預けか」
千代子たちの話を聞きながら、ユイは考える。もしも自分があの場にいたら、どんな風にお喋りするだろうか。水着の話を広げて、今年の夏に着たい水着の話でもしようか。でも、女性物の水着なんて知らないから、ボロが出かねない。なら、海に関連した企画を提案してみる。どんな企画を提案したらいいだろうか。
ユイが妄想にふけっていると、他の冒険者の気配を感じた。確認すると、5人組の男性冒険者だった。その顔に見覚えがある。若い女の子から支持を得ている有名な配信者グループだった。
(あいつらかよ)
ユイは彼らのことが好きではない。風貌がチャラチャラして、ノリが軽いからだ。悪い噂も聞く。決して、嫉妬ではない。
冒険者の一人が、千代子たちに気づく。ユイは嫌な予感がした。そして予感は的中し、彼らが千代子たちへ近づく。千代子たちが不審に思って逃げようとするも、「ちょっと逃げないでよ」と浅黒い肌で金髪の男が回り込んだ。
「君たち、探索中?」
「まぁ、はい」と千代子が怪訝な表情で答える。
「へぇ、そうなんだ。でも、女の子3人での探索って危なくない?」
「大丈夫です。それに、彼は男なんで」
「ああ、そうなんだ。可愛い顔だから、女の子かと思ったよ。ってかさ、よく見たら、君、チョコちゃんじゃない?」
「……そうですけど」
「やっぱり。いつも動画を見ているよ! 俺、君たちの動画好きなんだよね」
「そうなんですか。ありがとうございます」
「実は俺たちも配信とかしてるんだよね」
「……トムさんですよね?」
「お、俺のこと知ってる感じ?」
「まぁ、有名なので」
「そうなんだ。嬉しいなぁ。ならさ、折角だし、コラボしようよ。なぁ、お前たちもそう思うだろ?」
トムの呼びかけに、「いいね」「コラボしたーい」と男たちが反応する。しかし、千代子たちの反応は冷ややかだった。
「ありがとうございます。他のメンバーにも相談したいんで、また後日連絡します」
「いや、今してよ」
「いえ、後日。私たちだけでは決められないので」
トムが肩をすくめると、他の男たちが千代子たちをニヤニヤしながら取り囲んだ。東子が怯えた表情で千代子の裾を掴み、丸子が進み出ようとした。が、千代子が手で制する。
「脅すつもりですか?」
「いや、話し合いをしたいだけだよ。ちなみになんだけど、チョコちゃんってレベルいくつ?」
「24ですけど」
「ふぅん。後ろの2人は?」
「21と20です」
「そっか。俺たちはさ、全員、30を超えているんだよね」
千代子は眉をひそめる。トムは笑っているものの、脅しているようにしか見えなかった。
――今にも千代子たちが襲われそうな事態にユイはハラハラしていた。
(ヤバい、どうしよう!)
今すぐ、人を呼んできた方が良いだろうか。しかし、そんなことをしている間に、千代子たちが危険な目に遭ってしまうかもしれない。でも、自分が対応するのは怖い。レベル的には優位だが、メンタル的には相手の方が上。自分みたいなチキンが、あんなヤンキーめいた奴に勝てるわけがない。
そこでユイは気づいた。千代子の手が震えていることに。彼女は気丈に振舞っているものの、本心では怖いに違いない。彼女が勇気を出しているのに、自分は勇気を出さずに傍観していて、良いのだろうか。
(……良いわけ、ないよね)
ユイは覚悟を決める。千代子が勇気を出しているのだから、自分も勇気を出すしかない。ユイは女の子の姿に戻ると、地面に降り立って、千代子たちのもとへ駆け出した。
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