13. デスマッチ

 千代子たちを助けるために駆け出したユイ。走りながら千代子たちに自然と合流する策について考えた。ユイとしても無用なトラブルを避けたい。そして策を思いつき、大きく手を振って、声を上げる。


「おーい! チョコちゃーん!」


 ユイの登場に誰もが驚いているようだった。ユイは千代子と目が合った瞬間に、ウインクで意思を伝える。千代子は意図を理解したのか、軽く頷く。


 ユイは男たちの間を割って入り、千代子たちと合流する。


「ごめんね、遅れちゃって。ユイさぁ、ちょっと道に迷っちゃった」


「あ、うん。大丈夫だよ」


「それで、この人たちは誰? なんだか、穏やかじゃない気がするんだけど」


「俺たちのことを知らない感じ?」


 ユイはトムと対面し、拍子抜けした。思ったより怖くない。想像だけでこの男を評価していたようだ。この男よりも、先月戦ったベヒーモスの方が、何百倍も覇気と殺意にあふれていた。


「はい。有名な方なんですか?」


「これでも、チャンネルの登録者が50万人はいるんだけど」


「へぇ。そんな有名な方が、チョコちゃんたちに何の用ですか?」


「コラボしようと思ってたんだ」


「コラボ? そうなの?」


「いや、まだ決まってない。また後日、連絡しようと思ってたんだけど」


「へぇ、そうなんだ。そういうことらしいですけど、何で、チョコちゃんたちを取り囲むようなことをしているんですか?」


「べつに、ちょっと話し合いをしようとしていたところさ。それよりさぁ、君、何なの?」


「ユイは、チョコちゃんの、と、友達です」


「ふぅん。でも、チョコちゃんのチャンネルで君を見たことないよ」


「それは、最近、友達になったからです。ね、チョコちゃん?」


「う、うん」


「そうなんだ。でも、チャンネルの人間ではないんでしょ?」


「それはまぁ、そうですけど」


「ならさ、邪魔だから、静かにしてくれない? 俺たちは大人の話し合いをしているの?」


「話し合い? 大の男が、女子高生を囲んで脅すことが、大人の話し合いなんですか?」


「そんなことしてないけど」


「そんな風に見えますけど。なら、この状況を配信して、視聴者に聞いてみましょうよ」


「……なぁ、君さぁ。さっきからウザいよ」


「ウザい?」


「そうだ。あんまりこういうこと言いたくないけど、大人を舐めない方が良いよ」


「別に舐めてませんけど」


「はぁ、君、レベルは?」


「17ですけど」


「俺のレベル知ってる? 36。君の2倍はあるよ」


「だから何ですか?」


「あ? わかんないの? 君よりも強いってわけ」


「え~ユイも強いんですか? 全然、そうは思えないけど」


「あ?」


 トムは明らかに苛ついていたが、ユイも苛ついていた。この男が中々引かないからだ。


(できるだけ、穏便に済ませたいんだけどなぁ)


 しかし相手にその気がないみたいなので、強硬手段に出ることにした。


「そうだ。なら、チョコちゃんたちよりも先に、ユイとコラボしましょうよ。ネタはそうだなぁ。デスマッチなんてどうでしょう? 殴り合いで負けた方が、相手の言うことを聞くっていうのはどうですか?」


「何で俺が」


「怖いんですか? ユイに負けるの」


「……いいよ。お前から言ってきたんだからな」


「ちょ、ちょっと、ユイちゃん」と千代子に手を引かれる。「止めておいた方が」


「大丈夫。チョコちゃんを困らせる悪い奴は、ユイがやっつけちゃうんだから!」


 ユイは不安顔の千代子にウインクを飛ばすと、トムと対峙した。トムのジョブは格闘家。手にはめた金色のグローブが鋭く光る。


 千代子たちが離れ、暴れるには十分なスペースができる。


「オイオイオイ」とトムの仲間たちがにやける。「あいつ死んだな」


「可愛いのにもったいない」


「トムはアマチュアのボクシング王者だぜ」


 その話を聞き、千代子の不安の色は濃くなるが、ユイは余裕があった。


(アマチュアのボクシング王者?)


 外の世界なら、確かに恐ろしい存在に違いない。しかし、ここはダンジョン。異なるリングの上で、彼はその実力を発揮できるのだろうか。


「もう一回確認だけど、本当に俺とデスマッチをやるんだな」


「はい」


「そうか。負けたら、何でも言うことを聞いてもらうからな」


「ええ、いいですよ。その代わり、ユイが勝ったら、何でも言うことを聞いてもらいますからね」


「ふん。本当にムカつく奴だ。現実ってヤツを見せてやるよ」


 トムが走り出し、ユイとの間合いを一瞬で詰める。そして、強靭な足腰から、強力な一発を繰り出した。――が、そのパンチをユイは軽々と掴んだ。軽すぎる一発。


「なっ」


 驚くトム。慌てて拳を引き抜こうとするも、全く動かなかった。


「あのぉ、それがあなたの本気なんですか?」


「いや、これはっ」


「そんなんじゃ、蚊しか殺せないですよ。いいですか、パンチってのは、こうやるんですよ!!!」


 ユイは左足で強く踏み込み、振り上げるように右の拳をトムのみぞおちに叩き込んだ。それは忍法ではないただの暴力。レベル差によるゴリ押し。強力すぎる一撃で、トムの体はくの字に折れ、放り投げた石のように宙を舞う。トムが落下して地面を転がるとき、辺りを静寂が包む。トムの仲間は目が飛び出るほど驚き、千代子たちも言葉を失っていた。そんな中、ユイだけは不敵な笑みを浮かべて、右の拳と左の手のひらを合わせた。


「はい。ユイの勝ちです。何で負けたのか、明日まで考えておいてください!」

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