18. お礼

「何でとーこが答えるのよ」


「まぁ、チョコちゃんもOKだすと思って。駄目なの?」


「まぁ、駄目じゃないけど。でも、いいの? あんまり映らない方が」


「大丈夫。あ、でも、配信じゃなくて、あとで動画をアップする形だと嬉しいな」


「わかった。なら、そうしよう」


「ありがとう!」


 ユイが動画に出演しようと思った理由は、今日の撮影を最後に、姿を消すつもりでいるからだ。自分の姿が流出しようとも、明日からは関係ない他人となるので、とくに関係ない。むしろ、千代子たちと一緒に遊んだ記録が残れば、何度でも見返すことができるので、喜ばしいことである。


「それでとーこ。企画が思いついたの?」


「もちろん。企画の趣旨としては、『チョコちゃんがユイちゃんに助けてもらったお礼をする』でいこうかなと思っている。で、お礼の具体的な内容なんだけど、まずはチョコちゃんが迷宮カフェのクレープをユイちゃんに勧めます。で、ユイちゃんがそのクレープを食べて、そのとき、口元にわざとクリームを付けます。それをチョコちゃんが舐めとり、今度はチョコちゃんがクレープを食べて、チョコちゃんの口元に付いたクリームを、ユイちゃんが舐めとる」


「いやいやいや。その企画はおかしい」とユイは全力で否定する。「何で、チョコちゃんがユイの口元を舐めとるのさ」


「そっちの方が、画面映えが良いから。美少女がイチャイチャしている姿なんて、再生数爆上げ間違いなしでしょ」


「くっ。これが数字に取りつかれた配信者か。でも、チョコちゃんはいいの? その、ユイにキスすることになるかもしれないのに」


「わ、私はべつにいいよ」


 顔を赤らめる千代子を見て、ユイも顔が熱くなった。


「もしかして、チョコちゃんって、そっち……」


「ち、違うから! これは、お礼だし。ユイちゃんには本当に感謝しているんだから。それに、キスと言っても、口元でしょ。あと、わ、私は誰にでもそういうことをやるわけじゃないよ。ユイちゃんだから、するの。むしろ、ユイちゃんは嫌じゃないの?」


「ユ、ユイも、べつに嫌じゃないけど」


「じゃあ、決まりだね」


 にやにや笑う東子と恥じらい顔の千代子。2人の顔を見比べ、ユイは頭がおかしくなりそうだった。


(え、何この流れ)


 了承してしまった自分が言えたことではないが、どう考えてもおかしな流れである。一度冷静になって、企画の見直しを提案した方が良いかもしれない。


「ほ、他の人はどうなの? この企画でいいかな?」


「ん。まぁ、2人が納得しているなら」と日々気。


「僕も2人がいいなら、良いと思うよ」と丸子。


「俺はやりすぎだと思うけど」と銀次。


「あーしはアリかな。チョコの困っているところ、可愛いし」と南波。


「ちょ、ミナミン。べつに、困ってないし」


「はいはい。そういうことにしてあげる」


 反対意見は銀次しかおらず、このまま企画が通りそうな雰囲気だった。ユイはドローンのサブセンに救いを求める。モニターに表示された絵文字はにっこり笑う。


「ユイ様ヲモウ一度トノ声が多数寄セラレテイルタメ、視聴者モ喜ブト思イマス」


「よーし! なら、決まりだね。それじゃあ、皆、準備に取り掛かろう!」


 東子の指示が飛び、それぞれが準備を始める。ユイはとくにやることが無かったので、ロビーのベンチに座って、頭を抱えた。冷静になれば、冷静になるほどヤバい気がしてきた。本当は男である自分が、千代子たちを騙しているのだから、モラル的に良いわけが無い。しかし、ユイの中にいる悪魔が囁くのだった。


(どうせ、今日でこの姿になるのは最後。だから、思いっきり楽しんじゃおう!)


 強力すぎる誘惑に、ユイは頭がおかしくなりそうだった。


「大丈夫?」


 顔を上げると、銀次だった。


「う、うん。大丈夫」


 ウーロン茶が入ったグラスを差し出してきたので、受け取る。


「ありがとう」


「ごめんね。うちのメンバーさ、ときどき暴走しちゃうときがあるんだよ」


「そ、そうなんだ」


「だから、嫌なときはちゃんと言った方が良いよ。もしも言いにくいなら、俺から言うし」


 ユイは銀次の顔を見返す。


(性格までイケメンかよ)


 完璧超人の好意は嬉しいが、千代子とイチャイチャすることを悩んでいるわけではない。モラルの問題で悩んでいた。しかし、そのことを言えるわけが無いから、ウーロン茶に映る自分の顔を眺めることしかできなかった。


 そして答えが出せないまま、南海が呼びに来て、ユイはドキドキしながら戻った。

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