16. 拡散
ユイは冒険者の気配を感じた。駆け寄ってくる3人の冒険者を見て、顔をしかめる。黒い鎧を装備した冒険者がいて、兜の額部分に桜の紋章があった。保安局の人間である。端的に言えば、ダンジョン内の警察だ。
「あ」と丸子が気づく。「誰かが通報してくれたみたいだね」
保安官は千代子たちの前に立つと、辺りを見回す。
「こちらで、若い冒険者がトラブルに巻き込まれているとの通報があったのですが」
「それは多分、私たちのことですね。でも、解決したので大丈夫です」と千代子。
「ああ、そうでしたか。念のため、お話を聞かせていただけませんか?」
「一応、動画として残っているので、それを見てもらえれば。あ、ユイちゃん、良いよ――」
そこで千代子は戸惑う。ユイの姿が無くなっていたからだ。
「あ、あれ?」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、もう一人いたんですけど……」
千代子は何度も辺りを見回すが、ユイはいなかった。それもそのはず。保安官たちが千代子たちに気を取られている隙に、ユイは『変化の術』で透明になっていたからだ。
(ごめんね、チョコちゃん)
今は自分の正体がバレるわけにはいかない。そのまま、迷宮イーグルに変身し、ユイはその場から離れ、適当な木に止まる。様子だけは見ていようと思ったが、保安局の魔法使いが使用した転送魔法で、千代子たちが目の前からいなくなった。
(……まぁ、大丈夫でしょ)
千代子たちは自分の正体を知らない。だから、保安局の人間に、自分の正体がバレることはない。しかし、あの動画がある以上、安心はできない。
(どうしたもんかねぇ)
とりあえず街に帰ることにした。
はじまりの街へ戻り、一般男性の姿で歩いていると、どよめく冒険者たちの声が聞こえた。男たちがスマホの画面をのぞき込んで興奮していた。
「すごいぞ、この子。銀獅子を瞬殺だ」
「これでレベルが17って嘘だろ!?」
「しかも可愛いしな」
「俺、ファンになるわ」
褒められるのは素直に嬉しいが、非常にまずい状況ではある。思っている以上に拡散の速度が早く、その辺の冒険者にも自分の存在が知られ始めている。
(いや、たまたまかもしれない)
しかし、たまたまではなかった。街を歩くと、どの冒険者も、ユイのことを話題にしていた。熱の入りように、一般男性は渋い顔になる。
(もうユイの姿で歩けないな)
かなり気に入っていただけに、ユイの姿で歩けないのは悲しみが深い。ただ、状況が状況なだけに致し方ないだろう。
次はどんな姿になろうか。そんなことを考えていると、カフェにいる千代子たちを見つけた。テラス席に座り、他のメンバーと話しているみたいだった。しかも、東子と丸子だけではなく、茶髪でギャル風の
一般男性は店の前に立ち、誰かを待っているかのような素振りを見せながら、聞き耳を立てた。
「マジで許せないんだけど!」と南波は怒っていた。「訴えようよ」
「まぁまぁ」と丸子がなだめる。「保安局の人が動いてくれるみたいだし、それからでもいいんじゃないかな」
「そうね。私もそう思う」と千代子。
「まぁ、皆がそういうなら。あーしがその場にいたら、追い返してやったのに」
「だな。俺がいたら、あいつらビビったぜ、きっと」と日々気が胸を張る。
「となると、補習で遅れた日々気と南波のせいだね」と銀次が爽やかに笑う。
「いや、それは、ほら。なぁ?」
「うん。テストを難しく作った先生が悪い」
「先生のせいにするなよ……。それにしても、あの、ユイさん、だっけ。彼女はいったい何者なんだろうね?」
「そうね。折角友達になれたのに、突然消えちゃうし。せめて、ちゃんと挨拶くらいしたかったな」
友達。一般男性にとって、その言葉は意外だった。確かに流れの中で友達と言った気はするが、それだけで友達として認めてくれるとは思わなかった。やはり、千代子は天使だ。彼女の人の好さは、人間のそれじゃない。
一般男性は千代子を一瞥する。寂しそうな彼女の横顔を見て、決断した。
(あと一回。あと一回だけ、ユイになろう)
一般男性は裏路地に入ると、ユイになってカフェの前に戻ってきた。『忍装束』の代わりに、『黒いローブ』を着てフードを被っている。魔法使いがいるこの街では、それほど目立つ格好ではなかった。
ユイは千代子たちがいるテーブルの前に立った。
「ん。何?」と南波はけんか腰だったが、ユイは気にせず、千代子を向いた。
そして、フードを脱ぐ。
「あ、あなたは!?」
徐々に明るくなる千代子の顔を見て、ユイの顔も明るくなる。ただ、少しだけ恥ずかしそうにしながら、口を開いた。
「さっきは、急にいなくなってごめんね、チョコちゃん」
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