15. 配信

 砂鉄斬によって、体が切り裂かれた銀獅子は大きめの魔鉱石を残して霧散した。


 ユイはトムたちに目を向ける。トムの仲間たちは装備がぼろぼろで、トムはV字開脚で地面に突き刺さっていた。むろん、下半身はむき出しで、千代子や東子が目のやり場に困っていた。


「さて、次は?」


「す、すみませんでした!」


 トムの仲間たちが土下座する。謝罪すべきはトムであって、彼らではない気がしたが、これ以上関わるのも時間の無駄な気がしたので、「もういいよ」と言う。


「チョコちゃんたちもいいよね?」


「う、うん」


「ありがとうございます!」


「んじゃ、その汚いのを連れて、二度と私たちの前に現れないで」


「はい!」


 トムの仲間たちは、トムを引き抜くと、逃げるように去った。


 小さくなる背中を見て、ユイは肩を竦めた。あんな連中を恐れていたことが恥ずかしい。


 砂浜を走る音。千代子が抱き着いてきたので、ユイはバランスを崩しながらも受け止める。


「ありがとう! ユイちゃん!」


「あ、うん。とりあえず、無事でよかったよ」


 ユイはドキドキしながら答える。


「ありがとうね」と丸子。「本当は男の僕がちゃんとすべきだったんだろうけど」


「大丈夫だよ。それより、その……」


 ユイは失礼にならないか心配しながら、千代子の両肩に手を置いた。柑橘系の甘い匂いと柔らかい感触で気が飛びそうだった。


「あ、ごめんね」


「うんうん。大丈夫だよ。それに、ユイの方こそごめん。急に馴れ馴れしかったよね」


「そんなことないよ。むしろ、ありがとう! ユイちゃんのおかげで助かった。ってか、ユイちゃんは私たちの動画を見ているの?」


「う、うん。その、この髪も、チョコちゃんの真似をしたくて」


 ユイが恥ずかしそうに2つ結びを触ると、千代子は驚いた素振りを見せたが、すぐに照れくさそうに笑う。


「そうなんだ。なんだか、嬉しいな」


 その顔は本気で喜んでいるように見えたから、ユイも嬉しくなる。気味悪がられるかと思ったが、打ち明けて良かったと思う。


「ユイちゃーん! 私からもありがとう!」


 東子が急に後ろから抱き着いてきた。さらに流れるように胸まで触ってきたから、ユイは「ひゃっ」と驚いて、肘打ちしてしまった。


「ごはっ」と東子が腹を抑えて崩れ落ちる。「強烈」


「あ、ごめん。その、驚いちゃって」


「自業自得よ。ごめんね。とーこは、ナチュラルにセクハラしてくるから」


「そ、そうなんだ」


 ユイの中で、東子が危険人物に指定される。彼女からのエッチな攻撃には用心しよう。


「それより! ユイちゃんってすごいんだね! あいつらだけじゃなくて、S級のモンスターまで倒しちゃうんだから」


「う、うん」


「サブセン、ちゃんと撮れてた?」


「バッチリデス」


 どこからともなく聞こえた機械音にユイは固まる。


「今のは?」


「サブセンだよ。サブセン、ユイちゃんに挨拶して」


 上空から球体のドローンが降りてきた。ドローンのディスプレイに笑顔の絵文字が表示されている。


「コンニチワ、ユイ様。サブセンターXデス。チョコチャンタチカラハ、『サブセン』ト呼バレテイマス」


 ユイから冷や汗が流れ始める。嫌な予感がした。


「チョ、チョコちゃん? これは?」


「飛行型ドローンのサブセン。AIが搭載されているから、コミュニケーションがとれるの!」


「へ、へぇ。そうなんだ。ドローンってことは、動画とか撮れるの?」


「うん」


 ユイから滝のような汗が流れる。レベル70を瞬殺した動画が残っているのは不味い。流出したら、自分の不正行為がバレかねない。


「その、さっきの様子も動画に撮っていたりするの?」


「うん。ほら、あいつら脅してきたじゃん? 実は、ああいう輩がたまにいるんだよね。だからギルドに提出するために、探索中はカメラを回すようにしている」


「そ、そうなんだ」


 いつの間に起動していたのだろう。全く気づかなかった。他のことに気を取られすぎていたのかもしれない。


「消すこととかできる?」


「できるけど、何で?」


「あ、いや、ほら、あいつらのエッチな姿とか映ってたじゃん?」


「それなら自動でモザイクが入るから大丈夫だよ」


「くっ」


 ユイは奥歯を噛む。無駄に高性能なドローンだ。


「まぁ、でも、ユイちゃんが映りたくないなら、消すよ」


「……ありがとう。チョコちゃん」


 千代子が天使に見えた。陰キャに話しかけてくれるし、彼女は本物の天使なのかもしれない。


「サブセン、さっきの動画を消せる?」


「デキマセン。配信中ナノデ」


「……配信?」


「トラブルに巻き込まれるかもしれないから、配信に切り替えたの」と東子が腹を抑えながら立ち上がる。「何かあっても、すぐに助けに来てもらえるように」


「配信ってことは、配信されているってことだよね?」


「う、うん。ごめんね、ユイちゃん」


「……うんうん。大丈夫だよ」


 申し訳なさそうに眉根を寄せる千代子に対し、ユイは渇いた笑みで答えることしかできなかった。


「ユイ様ノ活躍ニ、視聴者カラハ称賛ノ声ガ届イテイマス。ソノ数、オヨソ1000件」


「そ、そうなんだ」


「流石だね、ユイちゃん!」


 千代子が自分のことのように喜んでくれるが、全く嬉しくない。むしろ、何も見なかったことにしてほしいくらいだ。


 しかし、ユイの願いも空しく、その動画は瞬く間にバズってしまった。

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