5. 野良猫酒場
はじまりの街から他エリアへ探索に出かける場合、基本的には2人以上のパーティーを組まなくてはならない。とくに半蔵のような初心者は、経験者の同伴が必須だった。しかし半蔵には、ダンジョン経験者の知り合いなんていないから、まずは一緒に行動してくれる経験者を探す必要があった。
ゆえに半蔵は、『野良猫酒場』という酒場にやってきた。初心者向けの動画によると、この酒場には、ソロで活動している冒険者が集まる。だから、冒険者の友達や知り合いがいない場合は、とりあえずここに来て、パーティーを組んでくれる人を探すのが一般的なやり方らしい。一応、ネットで募集する方法もあるが、対面で話せるこのお店をおすすめしていた。
(それで、来てはみたけど……)
半蔵は辺りを見回し、心細くなる。酒場ということで賑やかな場所を想像していたが、そんなことは無かった。ソロで活動しているからか、1人で静かに座っている人が多い。話し声も聞こえるが、声を潜めており、図書館に来たような気分だ。
(どうしよう)
半蔵が入り口付近で佇んでいると、若い女性店員に話しかけられる。
「こんにちは。うちの店を利用するのは初めてですか?」
「は、はい」
「それでしたら、まずはカウンターでドリンクを注文してください。ワンドリンク制になっていますので。ドリンクを受け取ったら、うちの店ではレベルごとに座るエリアが決まっていますので、自分の目的やレベルに応じたエリアで、メンバーを探してもらえたらなと思います。あ、もちろんですけど、ナンパや勧誘目的での声掛けは禁止にしているので、ご了承ください」
「わかりました。ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ~」
女性店員の優しさに感謝し、半蔵はカウンターに向かう。カウンターにいたのは、銀色の短髪で鼻にピアスをしている色白の男性店員だった。だるそうに立っている。
(ドリンクを注文しなければいけないんだよな)
半蔵はボードに書かれたドリンクの値段を見て、目が飛び出そうになった。『ソフトドリンク 各2000円』。見間違いかと思い、目を揉んでから改めて確認する。しかし、見間違いではなかった。
(ぼったくりだろ、こんなの)
ウーロン茶が2000円もする現実に震えていると、先ほどの女性店員が後ろからやってきた。
「ごめんなさいね。紹介料も含んでいるので、これくらいの値段になっちゃうんですよ」
「な、なるほど」
紹介料も含んで2000円なのか。なら、安いかも。半蔵は無理やり納得して、カウンターの前に立つ。
「っしゃいませー」
「ウーロン茶を1つください」
「ぁざす。2200円です」
消費税を含んでいない値段かよ、と思いつつ、半蔵は2200円を払う。大きめのグラスに入ったウーロン茶を受け取った後、レベル10以下のエリアに移動する。レベル10以下のエリアには、5人ほど人がいた。強面で金髪の男性が1人。短髪で筋肉質な体つきの男性が1人。あとは眼鏡を掛けた平凡な顔つきの男性が3人。彼らはとくに話すことも無く、互いに距離を開けて座っていた。半蔵は彼らを観察し、端っこにいた小太りで眼鏡の男性に話しかけることにした。何となく、彼だけは経験者に見えたし、話しかけやすそうだった。
「あの、すみません」
「は、はい。何でしょう」と眼鏡の男性が顔を上げる。
「パーティーのメンバーを探しているのですが、良かったら、一緒にパーティーを組んでくれませんか?」
「あ、いいですよ。サトウです。よろしくお願いします」
「門夜です。よろしくお願いします」
「それで、門夜さんはどちらに行かれたいんですか?」
「あ、えっと、すみません。今日が初めてのダンジョンでして、『はじまりの森』にしか行けないのですが、はじまりの森でもよろしいでしょうか?」
ダンジョン内の各エリアには探索可能レベルが設定されていて、レベル5の半蔵は、はじまりの森にしか行けなかった。
「あ、そうなんですね。私は、はじまりの森でも大丈夫ですよ」
「ありがとうございます。それでは、よろしくお願いします」
あっさりとパーティーのメンバーを見つけることができたので良かった。が、サトウの表情が乏しく、少し早口なところが気になる。感情の起伏がよくわからないので、多少の不安はあった。
(まぁ、でも良い人の雰囲気はあるし)
そのとき、そばにいた細身の眼鏡の男性が話しかけてきた。
「あ、あの、すみません。僕もご一緒してよろしいでしょうか?」
「あ、はい。私はいいですけど……」
サトウが目配せしてきたので、半蔵は頷く。
「俺も構わないです」
「よ、良かったです! 僕はタナカです。実は、中々声を掛ける勇気が出なくてですね。あ、そうだ。これ」
タナカが机の上に2000円を並べた。
「え、これは?」とサトウが困惑し、半蔵も困惑した。
「え? メンバー料ですけど……」
一瞬の間があってから、サトウが笑う。
「いやいや、メンバー料なんていらないですよ。気楽にいきましょう」
「あ、そうなんですね。良かった」
安心そうに笑うタナカにつられ、半蔵も笑う。教室の端っこで、くだらないことを言い合っていた日々を思い出し、懐かしくなった。
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