4. はじまりの街

 トンネルを抜けると、洋風でレンガ造りの街並みが広がっていた。ここは『はじまりの街』。品川発ダンジョン行の列車に1時間も乗れば到着する場所だ。


 はじまりの街は、門の近くにある。門の近くはモンスターのレベルが低いため、居住区として整備された。現在は高い外壁に囲まれ、モンスターが侵入できないようになっている。多くの冒険者は、この街を拠点に、様々なエリアへ探索に向かう。


 半蔵は目を輝かせながら、ホームに降り立った。動画では何度も見たが、生で見るとその感動も違う。その感慨深さを言葉にできないのが悔しいほどだ。


(って、いつまでも感動しているわけにはいかないな)


 初心者向けの動画によると、まずは『迷宮神の神殿』で『ジョブ』を付与してもらう必要があるらしい。ジョブを付与してもらえれば、そのジョブ特有の魔法が使えるようになる。例えば忍者なら、『忍法』といった感じに。


 半蔵は駅から出て、『迷宮神の神殿』に向かう。迷宮神の神殿は、駅から徒歩10分くらいのところにある石造りの豪奢な建物だった。中に入ると、巨大な石像が迎える。槍を持って、王座に座る男性の石像。その前に列ができていたので、半蔵は並ぶ。人はこの石像を迷宮神と呼び、祈りを捧げることで『ジョブ』が付与される。


 5分くらい待って、半蔵の番になる。半蔵は石像の前に進み出て、片膝をつき、手を組んで祈りを捧げる。すると、頭の中で声がした。


――力が、欲しいか?


半蔵は驚きつつ、心の中で応答する。


(はい。欲しいです)


――汝、何の力を望む?


(忍者の力が欲しいです)


 ――よかろう。ならば、汝に『忍者』の力を与える。


 ドクン、と胸が熱くなり、内側から力が湧いてくる感じがあった。沈黙。謎の声はしなくなっていた。目を開けると、迷宮神が自分を見下ろしていた。心なしか微笑んでいるように見える。半蔵は微笑み返して、その場を離れた。出入口付近にあるジョブチェッカーでジョブを確認したところ、『忍者』のジョブになっていたので、忍者として免許に登録する。


(次は、レンタルショップに行こう)


 初心者向けに装備をレンタルしてくれるお店があったので、駅前に戻る。レンタルショップの看板を掲げた店に入り、手続きを済ませ、忍者用の装備を手に入れた。頭部を『忍頭巾しのびずきん』で守り、黒い『忍装束しのびしょうぞく』を着て、腰に『忍刀しのびがたな』を佩く。これで、忍者としての準備は整った。


(次は、『変化の術』の魔導書を手に入れなきゃ)


 このダンジョンでは、魔法の技は宝箱やモンスターがドロップする魔導書を読むことで取得できる。また、魔導書の売買も行われていて、魔導書を扱う魔導書店に行けば、目的の魔導書を購入できる場合がある。ラブリー・ジョン先生によると、『変化の術』を取得できる魔導書をドロップするモンスターの最低レベルは20。また、宝箱から見つけるのも大変なので、初心者がその魔導書を手に入れようと思ったら、買うのが手っ取り早い。


 半蔵は魔導書店へ行った。はじまりの街には、魔導書店が一つしかないため、多くの冒険者がいた。魔導書店は病院のロビーのようになっていて、タブレットから魔導書を注文し、受付で会計を行うスタイルだ。魔導書は消耗品で、試し読みなどができないから、このスタイルが採用されている。半蔵はタブレットで『変身の書』を探す。この魔導書を呼んで、技を取得できるジョブは、現状2つだけ。『忍者』と『魔法使い』である。忍者の場合は、『変化の術』という技になるし、魔法使いの場合は、そのまま『変身』という技になる。


 半蔵は『変身の書』の値段を見て、眉根を寄せる。値段は3万円だった。夏休みは毎日ダンジョンに来るつもりだったから、1か月の定期代ですでに10万くらい払っている。さらに、忍者装備の1か月のレンタル代で2万円。魔導書の代金も合わせると、15万円の出費になる。高校生には痛すぎる出費だ。


 半蔵は目をつむり、金が無いと言いながら、さまざまなセミナーに参加している父親のことを思い出した。


 父親は言う。


「これは自分への投資なんだ。いずれ、大金になって返ってくる」


 だから、半蔵も自分に言い聞かせる。


「これは自分への投資なんだ。いずれ、大金になって返ってくる」


 そして、購入ボタンを押した。


 その後、番号で呼ばれ、受付で会計を済ませる。店を出て、公園で『変身の書』を開く。よくわからない文字の羅列だったが、文字を目で追うと、文字が浮かび上がって、自分の中に流れ込んできた。最後のページまで読み終える、というより、見続けていると、手に持っている魔導書が消え、頭がカッと熱くなる。次の瞬間には『変化の術』の使い方を理解し、使えるようになっていた。ちなみに、魔導書が消失する理由や技を取得できる原理などはよくわかっていない。


(早速、使ってみようか)


 半蔵は、印を結んで『変化の術』を発動した。が、とくに変わった感じはない。鏡で顔を確認する。黒髪で額を隠した目つきの少し悪い男が映っていた。


(やっぱり、まだ使えないよな)


 何気なく前髪を上げて、ビックリする。眉がかなり太くなっていた。


(できてはいるみたいだな。あとはレベルを上げるだけか)


 ラブリー・ジュン先生によれば、レベルを上げれば、技の技術力も上がるらしい。変化の術の場合、レベル15で顔を別人に変えることができるようになり、レベル30になると、肉体的にも別人になることができる。さらにレベルが上がると、装備まで変化させることができるようになるらしい。つまり、女性用の防具などを装備しなくとも、自分の装備を女性用の装備に変化させることができる。この域に達せば、女装するための道具なんて必要なくなるから、まずはレベル35あたりを目指すことにした。ラブリー・ジュン先生のレベルがそれくらいだからだ。


(そのためには、まずはパーティーを集めなきゃ)


 半蔵は重い腰を上げる。半蔵にとっては、仲間集めが一番大変だった。

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