7. はじめてのクエスト

 初めての探索を終えた次の日。半蔵は再びはじまりの街を訪れる。今日もレベル上げを行うつもりだったが、サトウもタナカもいなかった。彼らはエンジョイ勢で、毎日探索を行うつもりはないらしい。だから今日も、新たにメンバーを探す必要がある。


 しかし今日は、『野良猫酒場』へは行かない。サトウから有益な情報を教えてもらった。冒険者の管理を行っている『桜花ギルド』に行くと、クエストの参加者を募集していることがあって、それを利用すると、自分でメンバーを探す必要がないらしい。


 桜花ギルドは、駅前にある赤いレンガ造りの建物だった。中に入ると、奥にカウンターがあって、慌ただしく働く職員の姿が見えた。入口の近くにあるタブレットでクエストの情報を確認する。


(お、あった!)


 サトウはいつもあるわけではないと言っていたが、幸運なことに、今回は半蔵が参加できるクエストがあった。クエストの名前は『体力回復薬の原料採集』。内容としては、タイトル通り、体力回復薬の原料を採集するクエストだった。応募資格はレベルが5以上の冒険者で、採集場所ははじまりの森だった。定員が残りわずかになっていたため、半蔵は急いでクエスト課の窓口に向かう。若い男性の職員が対応してくれた。


「こんにちは。本日はどのクエストを受けますか?」


「『体力回復薬の原料採集』でお願いします」


「はい。定員の方を確認いたしますので、少々お待ちください。……あ、でました。一名様ですよね?」


「はい」


「なら、空きがあるので、大丈夫です。良かったですね。残りわずかでしたよ」


「良かったです」


「今回のクエストに関して、何かご質問などはありますか?」


「ないです」


「承知しました。それでは、免許をお借りしてもよろしいでしょうか? クエストの情報を登録しますので」


「はい。よろしくお願いします」


 免許を渡すと、職員はパソコンを使って作業する。市役所を利用したことはほとんどないが、こんな感じなんだろうなと思っていると、職員が笑顔で免許を差し出した。


「ありがとうございます。情報を登録いたしました。それでは、1時間後に関所の前に集合してください」


「はい。ありがとうございます」


「いってらっしゃいませ」


 笑顔の職員に見送られ、半蔵はギルドを後にする。


 そして適当に時間を潰してから、関所の前に行くと、『クエスト受注者集合場所』の看板があったので、その前に移動する。すでに人が集まっていて、20人くらいいた。周りを見ると、グループで参加している人がほとんどで、ソロで参加しているのが自分だけに思えた。


(めちゃくちゃ、アウェーじゃん)


 しかし、2000円払って野良猫酒場に行くよりはマシだと考え、我慢する。


 数分待っていると、職員と思しき顎髭を生やした作業服の男が、数人の部下を引き連れて、看板のもとへやってきた。


「いやいや、お待たせいたしました! 『体力回復薬の原料採集』の参加者は、僕の周りに集まってください」


 その場にいた冒険者が、男を囲むように並ぶ。半蔵も後ろの方に並び、大人しくしていた。


「本日のクエストを担当する鷹尾です。よろしくお願いします。それでは、今日のクエスト内容から確認しますね」


 鷹尾がクエスト内容を読み上げる。ギルドで確認した内容とほとんど同じだった。


「で、今回はグループで行動してもらいますので、班分けを行います」


 班分け!? 半蔵の苦い思い出が蘇る。自由に組めと言われたら地獄でしかない。しかし、班分けはギルドの方で行っているらしいので、ほっとする。そして半蔵は、5人のグループに呼ばれた。残りの4人は、鷹尾とその部下と思しき魔法使いの若い女性、さらにカップルと思しき冒険者だった。


「それじゃあ、班ごとに分かれて、活動を開始してください」


 半蔵は鷹尾のもとへ向かう。軽く自己紹介してから、鷹尾班の仕事内容について説明があった。


「この班には、『迷宮ゲンキバナの根茎』集めをやってもらいます。まぁ、迷宮ゲンキバナが生えている場所とかはこちらで把握しているので、現地に行って集めるだけです。それじゃあ、行きましょう!」


 関所を出ると、カップルの男性冒険者とともに大きな荷車を引いて、はじまりの森を目指した。はじまりの森に到着。迷宮スライムなどのモンスターが出現するが、レベル42の鷹尾がそれらを鍬で一蹴し、とくに問題が起きることもなく、白い花畑に到着する。開けた場所にあって、太陽の光が花畑に注いでいた。


「それじゃあ、吉江ちゃん。いつものよろしく」


「はい」


「あ、皆、ちょっと地面が揺れるから気を付けて」


 魔法使い吉江が前に進み出て、杖を構えた。吉江が念じると、吉江の足元に魔方陣が生じ、地面が揺れ、花畑の土が弾けた。迷宮ゲンキバナと土が舞い上がり、美しかった花畑が一転、踏み荒らされた農地みたいになる。吉江が再び念じると、杖の前に魔方陣が生じ、火を噴き始める。吉江はそれで、地面に転がる迷宮ゲンキバナを焼き始めた。


「タカハシさんだよね?」


「あ、はい」


 カップルの女性冒険者が頷く。彼女も魔法使いだった。


「炎系の魔法って使えるかな?」


「一応。でも、使えるようになったばかりで、吉江さんのようにはできませんが」


「ああ、うん。大丈夫。とりあえず、できる範囲でいいから、吉江ちゃんみたいにやってもらえる?」


「は、はい!」


 タカハシが杖を構えて念じると、杖の前に魔方陣が生じ、小さな火球で迷宮ゲンキバナを焼き始めた。


「これは何をしているんですか?」と半蔵は鷹尾に聞く。


「『迷宮ゲンキバナの根茎』を効率的に入手しようとしているんだ。モンスターって、倒すとアイテムをドロップするんだけど、倒し方によってアイテムのドロップ確率って変わるんだよね。で、迷宮ゲンキバナの場合は、ああやって根まで出した状態で焼くと、根茎をかなりの確率でドロップする。だから、魔法で掘り起こした後、ああやって焼くのさ」


「なるほど。野草もモンスターなんですね」


「みたいだね。それじゃあ、僕たちはドロップしたアイテムを拾っていこう」


 鷹尾からバケツを渡され、半蔵は根茎を拾い始める。根茎はゴボウみたいな見た目のアイテムだった。鷹尾の言う通り、ほとんどが根茎になっていて、たまに魔鉱石なんかが落ちていた。それらも回収し、バケツがいっぱいになったら、荷車に移した。


 半蔵は汗を掻きながら、隣で作業する鷹尾に言う。


「これって、魔法を使って一気に集めることとかできないんですか?」


「やろうと思えばできるよ。でも、敢えてやらないんだ。今回みたいな初心者向けかつ定期的に行われるクエストには、チュートリアル的な意味合いがあるからね。つまり、そのクエストを通して、ダンジョンの空気感みたいなものを感じてほしいんだよね。それに、このダンジョンでは、苦労することが必ずしも悪いことではないし」


 そのとき、タカハシの驚く声が聞こえた。見ると、タカハシの体が光っていた。レベルアップである。鷹尾と目が合った。鷹尾はウインクして、手を叩く。


「タカハシさん、おめでとうございます!」


「おめでとうございます!」


 吉江も祝福するので、半蔵も手を叩いて祝福した。タカハシは照れながら頭をペコペコ下げる。


 そして作業を続けること1時間。耕された大地だけが残った。


「根こそぎとっちゃんですけど、大丈夫ですか?」


「うん。大丈夫。1週間後には復活しているから。原理はわからないけれど、このダンジョンでは、モンスターが無限に沸くみたいだし。少なくとも、今のところは」


「なるほど」


「よし、それじゃあ、男子諸君。これを街まで運ぶんだ」


 半蔵はカップルの男性冒険者と協力して重い荷車を引いた。街についた時、半蔵のレベルが上がったので祝福された。それで半蔵の初めてのクエストは完了した。報酬は2000円だったが、それ以上の価値があるようには感じた。


 帰り際に、鷹尾にソロで活動する場合、パーティーをどのように集めればよいか相談してみた。すると、マッチングアプリを利用することを勧められた。ギルドが公式に運営しているアプリで、鷹尾もメンバーを集めたいときは利用しているらしい。明日はそのアプリを使って、メンバーを探してみることにした。


 いろいろな収穫があって、充実した1日を過ごすことができた。ゆえに半蔵は、満足げな表情で駅のホームに立つ。


 しかし、ある人物を見つけ、その顔が曇る。


 江戸沢大志がダンジョンにいた。

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