第二章

第7話 青空から漆黒の空の下へ

「はぁ……」


 何度目になるかわからないため息を付き、慣れた手付きでICカードマナカを改札にかざし、よくやく見慣れた駅に到着したことに気づく。


 桜山駅は今池駅から3つ先に南下した位置にある駅で、商店街や博物館もあり、今池駅ほど繁華街ではないけど、面白いところだ。


 最近はお洒落なお店も増えて再び活気を取り戻したものの昔ながらのあたたかい雰囲気もしっかり残した素敵な場所だと思う。


 長く続く地下の道を『江戸時代のなごや』の描かれた壁画を左手に眺めながらゆったり進む。


 階段の先は夜の空間だ。


 少しずつむっとする暑さが体を包み始め、地上に上がると風ひとつないもわっとした夏の夜に迎えられる。


「やっていけるのかな、わたし……」


 声に出さずにはいられなかった。


 古本屋のアルバイトのことだ。


 あの場所を古本屋さんと表現してもいいのかも微妙なところだ。


 あのあと、今後についてとコールセンターについての説明を由利さんから軽く受けた。


 コールセンターがどのようなものなのか、想像でしかなかったけどおとなの人が働いているイメージで、高校生になったばかりのわたしに務まるのか、不安と疑問しかなかった。


『春咲さんには大丈夫』


 そう彼は何度も感情のない様子で繰り返していたけどいささか信用ならない。


 これから三回は事前研修を行ってもらえるようだからそれまでは実際に電話の前に座るわけではないけど、たった三回で自分になにができるのだろうかと、声にならないため息がまた出てきた。


 仕事を与えられてできません!なんて、わたしはまだまだ未熟者で社会人からしたらありえない根性なしなのだと思うけど、こればっかりは失敗をする未来しか見えてこない。


 神様と称されるお客様と直に接するというのだ。


「でもなぁ……」


 養成所に行く資金も貯めたいのは山々。


 そんなに簡単に諦められる夢ではない。


 ずっとアルバイトができる年になるのを楽しみに計画してきたし、ようやく母がお世話になっているところならと家族からの許可がもらえた今しかないのだ。


 由利さんの言う通り、試してもいないうちから諦めるのは早すぎるかもしれない。


 そんな思いもあってわたしは今日、大人しく第一回目の研修を受けてきたのだった。

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