第18話 ファーストコール
(きっ、きたっ……)
思ったのとヘッドホンの向こうに誰かの存在を感じるのは同時だった。
「おっ、おでっ、お電話あり、ありがとうございますっ!」
最悪だ。
実はこっそり昨晩マニュアルの一例を音読していたというのに、思いっきり噛んで頭の中が真っ白になったのを感じる。
心臓の音は全身に響くくらいドクドクいっている。
情けない。
そんな感情よりも、このあとどうすればいいんだっけ?と軽く混乱していた。
「ふぁっ、ファンタジー……いかっ……いかがいたしましたか?」
名乗ることさえまともにできないのだ。
涙目で見つめた先の由利さんは表情を変えることなく深く頷いてくれる。
心なしか大丈夫だと言ってくれているように見える……けど、大丈夫じゃなさすぎる。
「あのっ……」
わたしのパニックがうつったのか、電話の向こうの声も動揺しているように聞こえた。
「はっ、はい!」
(そうだった……)
「ファンタジートラブル受付課、春咲です!」
相手の人は困っているからこそ連絡を入れてくる。
それを受け止める気持ちで聞いてあげて欲しい。そう由利さんからの研修で習った覚えがある。
相手もどうしたらいいのかわからないのに、頼るべき相手まで動揺していたらこんなところに相談するのかと心配になってしまうだろうからと。
コールセンターは、まず相手に安心感を与えて、言いたいことをしっかりヒアリングする。
「いかがいたしましたか?」
「あの……その……」
「はい……」
ぐっとヘッドホンに手を添え、要件に耳を傾ける。
声はかすれていて女の子か男の子かわからない。それでも若い子なんだろうなと思えた。
「好きな人がいまして……」
「えっ? あっ、はい!」
いきなり予想外のセリフが飛んできて、うろたえるもここはファンタジートラブルに関するコールセンターだ。そういうのもありうるのだろう。
(好きな人が、いる……と)
画面上の備考欄に打ち込み、選択項目の部分を恋愛にしぼると一気にそれに関する質問事項とその回答例が並んだ。
(えっ、えっと……)
「デートに誘いたいのですが、彼はとても仕事が忙しい人で」
「お仕事をされている方なんですか?」
どうやって次の質問に持っていこうかと考えていたけれども、そんな心配はなく、突然相手はひとりでに話し始めた。
「いつもお仕事ばかりで、会っても笑顔すらなくて、事務的な会話ばかり」
「そ、それではお客さまの現在地と現状を確認いたしますので、物語のタイトルを伺ってもよろしいでしょうか?」
タイトルを聞いて、少しずつ電話の先の相手の情報を探っていく。
質問要件も全てを確認し、しっかり入力を終えたら、このあと対応班から改めて折り返しをいたしますと伝え、通話を終了させるのだ。
「タイトルは『白百合のきみへ』です」
「し、しら、白百合の……きみ……へ……」
入力しながらふいに視線の先の由利さんの目が合い、この上ない気まずい気持ちでいっぱいになる。
(は、花の名前よ。ゆ、由利さんのことじゃ……)
彼も特に気にする様子もなくマニュアルに目を向けている。
「そ、それでは、このあと対応班より改めて折り返しお電話をいたします。ご検討を祈ります」
ようやく、終話まで持ち込めそうでなんとなくほっとしていた。
長々つらつらと誰彼構わず視線を集め、それでもつれない艷やかな美形で仕事人間の恋人との悩みを聞かされたのだ。
(特徴がなんだかもう……)
ツー……とまた音がして、通話が終わったのが確認できた。
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