第3話 案内人の由利さん

春咲はるさきうららさんですか?」


 いつの間に現れたのだろう、気配なく現れた背の高いスーツ姿の男性が背後に立っていて、笑みを含むことのない切れ長の漆黒の瞳はわたしを映していた。


(き……)


「あの……」


「あっ、はっ、はい! すみません! は、春咲です!」


 圧をかけられたわけでもないの飛び上がってしまう。


 さらっと靡く黒髪は艷やかで、よくよく見ると少し影を感じるその容姿はずいぶん整っていて、かっこいいというよりも人間離れした美しさというか、そんな不思議な印象を持つその男性の姿を無遠慮にもまじまじ見つめ、思わず見惚れてしまっていた。


(き、きれいな人……)


 決してよくないと思うのもつかの間、やっぱり油断をするとぼんやり見つめてしまって、要注意である。


「わたしは、由利貴峰ゆりたかみねと申します。お待ちしておりました」


 とはいえ、当の本人はまったく気にする様子もなく、淡々と続ける。


(ゆ、ゆり……)


 どんな字を書くのだろう?


 見た目も美しければ名前も……


「本日より、どうぞよろしくお願いいたします」


「はっ! こ、こちらこそっ!」


 気品に満ち溢れた所作で隙なくお辞儀をされてしまうと、どこかのお嬢さまになった気分だ。


 しかしながらそんなのんきな気持ちに浸っているわけにもいかず、盛大に慌ててしまったわたしは思ったよりも大きな声で気づいたら直角に頭を下げていた。


「こ、こちらこそっ、よ、よろしくお願いいたします!」


 声も裏返って本当に最悪だ。


 これが、わたしと彼……由利さんとの出会いで、そして、一生体験することがないと思っていた摩訶不思議な世界へ足を踏み入れた第一歩ワンコール目だったのだと思う。

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