第4話 地下にある古本屋さん

「みちる様とよく似てらっしゃいますね」


「えっ?」


 エスコートされるが如く、自然な振る舞いで乗せられたエレベーターの中で、すぐにわかりましたと由利さんは表情を変えることなく淡々と告げてくる。


 みちるは母の名前だ。


「あっ、はい、よく言われます」


 あまりにもいきなり、そして無機質な声で話しかけられたものだから、わたししかいないというのに自分自身が話しかけられたのかと気づくまでほんの少しだけ時間がかかった。


 あまりに挙動不審で嫌になる。


 すぐに視線を奪われてしまうその美しいお顔は、人を惑わせないように笑顔を封印されてしまったように見える。


「ゆ、由利さんは母をご存知なのですね」


 作られたように整ったその顔はほんの少しだけ瞳を緩めてくれた気がした。


「ええ、とてもお世話になっていますよ」


「で、ですよね……」


 同じ職場だったのだから当たり前だろう。


 それでもあまりの気まずさに口を開かずにはいられず、予期しない言葉が飛び出してきて、ぐっと握りしめた指先に力を入れる。


 会話が続かない。


(お、お母さん、こんなイケメンとの密室なんて聞いてな……それでも……)


 それでも、この永遠とも思えるひとときの中でこのエレベーターはどこまで向かうのだろうか。


 ふとした疑問に頭上に目を向ける。


 由利さんは下へ向いますと言っていたから地下に向かっているはずだけど、ボタンの表示は確認できない。


 地下ということは、また駅のある位置に戻っているのだろうか。


 それにしてもゆったりとしていてずいぶん時間がかかるようだ。


(地下にある古本屋さんなんて……)


 来る人がいるのだろうか?


(しかもこんなにも遠い)


 このときはいろんな感情が混じり合っていて深くは考えなかったのだ。


 考えていたらこの違和感に気づけていたはずなのだけど。


(明日からはもう少し早く来ないとな)


 人で溢れた忙しい駅の中も思った以上に時間のかかるエレベーターも、すべて考慮して出勤しないといけないな、と自分に言い聞かせたとき、ゆっくりとわたしたちを乗せたエレベーターの動きがとまったのが感じられた。


 ドアが開かれたと同時に息を呑む。


「到着です。ようこそ、『ファンタジー書房』へ」


 耳の奥で穏やかな由利さんの声が聞こえた気がした。

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