第5話 ファンタジー書房
『ようこそ、『ファンタジー書房』へ』
温度感変わることなく告げられた由利さんの言葉の先に、色とりどりでまるで虹色を連想させるグラデーションで彩られた扉がいくつも目の前に広がっていた。
「きれい……」
思わず言葉が漏れていた。
ドアだけが並ぶ様子を見ていれば塾の自習室を思わせるものだけど、なんだか違う。
古本屋といえば、街の中にひっそりと佇む古風な木造の建物の中にホコリ臭さのある(本当に勝手な固定概念で申し訳ないけど)心なしか湿っぽい本の山が山積みに重なって並べられているのをイメージしていた。
にも関わらず。
にも関わらず、だ。
ここはどう見ても古本屋さんというよりも、むしろ図書館……いえ、飾り立てられた本屋さん……と言うよりも、今この場所は本すら一冊もないのだ。カラフルなドアだけが存在していて、どちらかというとお洒落なカフェを想像するほうが近いそんな印象だった。
「こちらです」
「えっ?」
迷うことなく真ん中の扉に手をかけた由利さんはこちらに目を向ける。
色鮮やかな空の色だ。
「7月より働かれるので、春咲さんは
「ふみつきの……ま……?」
(7月に……入ったから?)
入った時期となにが関係あるのだろうか。
開かれた先に、まさかまさかのまばゆい夏の色が見えた。
(それに……)
このままこの中に入ってしまっていいのだろうか。
ここまで来ておいてなんだけど、ようやくわたしの中の危機感というものが作動し、不安になってくる。
この場所を古本屋さんと言われても納得がいくわけがないのだから。
「ああ、そうですね」
不審がって足を止めたわたしを見て由利さんが納得したように顔を上げたあと、胸元からさっそうとスマホを取り出し、目にも止まらぬ速さで何かを撃ち込んでいる。
スマホを片手に持つ姿さえも絵になるその光景をただただ見つめていたわたしに、何度かタップを繰り返したのち、彼はこちらに画面を向けてくる。
「えっ!?」
「いきなりこのような場所へ連れてこられても驚くばかりですよね。配慮が足りませんでした」
失礼しました、と彼は胸に手を当て頭を下げる。
「あっ、あの、いえ、そんな……」
慌てて言葉を返そうとしたそんなとき、
「うららー!」
「えっ、えええっ?」
画面の先には母がいて、こちらに向かって手を振っていた。
「お、お母さん?」
「無事、ファンタジー書房についたみたいね! 貴峰くんに迷惑をかけちゃ駄目よ」
「あ、あの……」
一方的に話し出すのは母らしい。
話しだしたら止まらず、気づいたらこのままひとりで話し続けてしまいそうだ。
「ご無沙汰しております、みちるさん。本日より、うららさんにお世話になります」
いきなり母のテンションを遮るように割り込んできたのは由利さんだ。
やんわり、そしてさり気なく。
(う、うらっ……)
しかも、わたしのことを名前で呼ぶものだから、胸のあたりがはげしく揺れた。
「あらー、貴峰くん、相変わらず男前ね」
「ありがとうございます」
拍子抜けするような脳天気な母の声とびっくりするほど落ち着いた由利さん声はまるで正反対で、それでもやはり面識はあったのだなと思える信頼関係がそこに感じられ、信じられない心境に陥る。
母はそれからも明るい声でわたしにエール送ってくれ、そして通話が切れたところで由利さんが申し訳無さそうに頭を下げた。
「突然地下まで連れてこられたら不審に思いますよね。みちるさんに誓っても怪しいところではございませんので」
(ああ……)
この場所が、本当に母の過ごしていた職場なのだと母と会話をすることで証明してくれたようだ。
「い、いえ、お手数をおかけしました」
そこまでされてしまっては、こちらも前に進まないわけには行かない。
それぞれの扉ごとに色の違う部屋の先には一体何があるのだろう?
本当にここは古本屋さんなのだろうか?
なかなか晴れない疑問を胸に、わたしは恐る恐る空色の世界に足を踏み入れたのだった。
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