第6話 青の世界でのお仕事

 一歩前に進むとそこはブルーハワイ。


 爽快な夏の色全開である。


「わぁ!」


 あまりの清々しさにさきほどとはまた別の声をあげてしまう。


 どこまでも続く青を見上げ、ひっくり返ってしまいそうになり、はっとする。


 仮にもここは職場なのだ。


(……職場?)


 改めて見渡してみて、違和感しかない。


 部屋の隅っこにぽつんとパソコンの置かれたデスクが三つ並んでいるだけでその他はまったく想像していた職場らしくない。


(こ、ここが?)


 古本はどこにあるというのだろうか?


 概念を覆されるとはこのことだ。


「あ、あの……ここって、古本屋さん……なのですよね?」


 母から聞いたんですけど、と言葉に乗せた声は徐々に小さくなるものの、聞かずにはいられなかった。


「みちるさんから聞いていませんか?」


「ふ、古本屋さんで働くのだと」


「そう、ですか」


 由利さんの表情は変わらない。


 とはいえ、そんな中でもほんの少し返答への間が気になった。


(お、お母さんっ!!?)


「花咲さんにはコールセンターで働いてもらう予定です」


「へっ?」


(こ、コールセンター?)


 お客様相談センターなど、電話を通して質問のあるお客様を相手に的確な回答を返しているイメージの、あの……


「みちるさんからパソコンの操作がとても得意だと伺ったので」


「ま、まぁ、好きではありますけど……」


 幼なじみにパソコンに長けている人がいる。


 その背をずっと追い続けるわたしとしてはパソコン操作はもちろんお手の物よ。


 そこは胸を張って言えるけれども……


(だけど……)


「あと、マイクでお話するのが得意なのだと」


「一方的に話す分には、ですよ」


(コールセンターって、あの??)


「それで……」


「む、無理です!」


「え?」


「無理ですよ!!」


 無理無理。


「そりゃ、パソコンは好きですし、マイクを使ったお仕事に就きたいのは事実です。だけど」


 だけど、違うのだ。


「電話は得意じゃありません!」


 コール音が鳴り響くと無駄に胸がドキドキする。


 それに、表情の見えない会話はどこか不安で落ち着かない。


 ましてや知らない相手とお話するなんて、考えたこともない。


「………」


「あ、あの……」


 予想していない慌てっぷりでまくし立ててしまったからだろう。


 そこでようやく初めて由利さんの切れ長で黒目がちな瞳が大きく見開かれたのだった。


「ご、ごめんなさい」 


 そんな顔をされてしまうとこちらが悪いことをしてしまったみたいだ。


「でも……」


 いや、実際のところ、できないと喚き散らして迷惑をかけているのは事実なのだけど、無理なものは無理だ。


 アルバイト初めてかつ高校生のわたしに、電話越しにお客様の対応が務まるとは思えない。思えないのだ。


「では、試しに一日だけ体験してみるのはいかがですか?」


「へ?」


 通常運転の表情に戻った由利さんが、淡々と告げてくる。


「もしそれで春咲さんのおっしゃるとおり本当に無理ならここでのアルバイトはなかったことにしていただいてかまいません。ですが、一度も試していないのです。やってみないで判断されるのはいささかもったいないように思いますよ」


「うっ……」


 おっしゃるとおりなのだけど。


「マニュアルはしっかり整っております」


「はぁ」


「それに」


 一言つぶやき、空(正確には天井なのだけど)を仰ぐ由利さんはゆっくり瞳を閉じる。


「あなたにはとても合っていると思います」


「そ、そうですか……」


 つくづく単純でちょろいのだと思わずにはいられない。


 ここまできたらあとは頷くしかなさそうな雰囲気に持ち込まれている気がする。


 無表情でまったく心のこもっていない話し方なのにどうしてこんなにも胸に響いてくるものなのだろう。


 こわいくらいだ。


 そんなわたしをよそに、由利さんはほんの少し口角を上げた。


「どちらかというと、必要なのは体力かもしれませんね」


 吸い込まれるようにその表情を見入ってしまったわたしが後悔するのは後の祭り。


 のちにわたしは、彼が口角を上げたその瞬間、逃れられない運命にあるのだと悟るようになっていくのであった。

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