第8話 幼なじみの男の子

 駅から徒歩五分と少し。


 おうちは大通りである名古屋市道名古屋環状線沿いを歩いて少し進んだ先を住宅街へと曲がる。


 明るい道が続くとはいえ、夜道に慣れていないせいか、ついつい小走りになってしまう。


(自転車でも通えるか聞いてみようかな)


 そんなふうに思いながら歩みを進める住宅街はあたたかな明かりを灯し、もうすぐ九時になろうというのに楽しそうな笑い声が耳に届く。


 ほんの少し懐かしさを感じ、見上げた先にぼんやり見える明かりに瞳が奪われた。


(あっ……)


 表札に『立石たついし』と掘られた立派な門構えのおうちだ。


 その家だけは二階の窓以外、真っ暗でこのあたたかな空間の中では異質に感じられる。


 それでも気にすることなくさっとスマホを取り出し、慣れた動作で通話ボタンに手をかける。これはきっとわたしの習慣なのだ。


(絶対起きてるんだと思うけど)


 プルルルルプルルルル……と、変わることのない通話音。


(もうっ……)


 がっかりするも切り替え、ぱっとスマホをかばんにしまう。


 直接訪ねようと心に決め、隣にある我が家の門に手をかけたとき、


「うららちゃん」


「えっ!」


 想像してなかった方向から声がして思わず飛び上がる。


「おかえり」


 ひょろっと背の高い男の子が我が家の門の前からにゅっと姿を表すものだからぎょっとした。


 長い前髪はメガネにかかって、表情は完全に夜の闇に飲み込まれている。


「え、英介! な、なんでこんなところに?」


 室内にいるんじゃ?と交互に先程まで眺めていた二階の明かりと交互に彼を眺める。


 彼の名前は立石英介えいすけ


 パソコンスキルは大人顔負けと言われていて、加えて県内で一番頭のいい高校に通っているわたしの自慢の幼なじみだ。


「うららちゃんが帰ってくるって言ってたから」


 そんなハイスペックな経歴とは裏腹に、自信なさげな言動がいささか残念だと言われているけど、それが英介なのである。


「まだっぽいし、見に行こうかと思って」


「……えっ!」


(う、うそでしょ!)


 表情は全く読めないものの、恥ずかしげもなくそう言ってのけるその男にわたしの心は飛び跳ねる。


「む、迎えに来てくれようとしたの?」


 そういえば、今池ビルを出る前にどうせ見ないだろうと思いつつも『今から帰る』とメッセージを送ったのだった。


(も、もしかしてそれで……)


「コンビニにも行く予定があったし」


「………」


 ちょうどよかったんだ。


 その言葉が聞こえないうちに、わたしはこっそりと、それでも内心大きなため息を付いた。


(でしょうね、そうでしょうとも……)


 わたしの気持ちなんてつゆほども理解していないマイペースな幼なじみは、変わらない様子で不思議そうに首をひねっている。そんな姿に思わず頬が緩む。重症だ。


 会えただけでも嬉しいのだから。


「うららちゃん、はじめてのアルバイトはどうだった」


「はっ!」


 そうよ、そうなのだ。


 にやついている場合ではない。


「え、英介、聞いて!! それがねっ!」


「まずは一度帰りなよ、おばさんも待ってるだろうし、ぼくはあとで聞くから」


 ねっ、と優しい声色を向けられる。


 こういうところはずっと変わらない。 


「あとでって、絶対英介、相手してくれないじゃない」


 どうせ、パソコンに夢中になってわたしの話なんて聞いてくれないのだ。


 じゃあ、あとでね!と手を上げ、背を向ける英介に向かってポツリとつぶやいた言葉は絶対に彼の耳に届くことはない。


 暗闇に少しずつ遠ざかっていく背中を見つめ、ゆっくり、そして大きなため息を付いた。

 

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