第15話 英介と一緒の帰り道
「うららちゃん、お疲れさま。疲れてない?」
いつもは早くつかないかな、と思いながら足早に歩く地下通路をいつの間にか通り抜けたわたしは、地上に登った先で手を上げてこちらに向かって歩いてくる存在に気づき顔を上げる。
「え……英介……」
ひょろっと背が高く、長い前髪で表情を隠した見慣れた姿を目にして、『危ないからあまり夜は出歩かないで』と自分を心配して迎えに来てくれた相手に思わず声を張り上げそうになり、とっさのところで思いとどまる。
彼は何も知らないし、本当かどうかもわからないのだ。
変なことを言って不安にさせるわけにはいかないし、なにより、下手したらわたしが頭のおかしなやつだと思われてしまう。
もう少ししっかりいろんな物事が見えてくるまでは慎重にいかなければならない。
「うららちゃん? 大丈夫?」
明らかにいつもと態度の違うわたしを不振に思ったのか、英介がさらに足を進め、こちらを覗き込んでくる。
「なにかあったの?」
「う、ううん。なんでもないの。覚えることが多くって、頭が疲れちゃってるだけかも」
わたしはちゃんと笑えているのかな。
これから養成所に通って演技のレッスンを受けないといけないというのに、先が思いやられる。
「迎えに来てくれてありがとう。英介、学校帰りだったの?」
改めて制服姿だということに気付き、思わず口にする。
背が高い英介には淡い青色と白色が混ざった爽やかな色合いの制服がよく似合う。
「友だちに数学を聞かれてて、図書館で教えてたんだよ」
着替えそこねて、と柔らかく口角を上げる英介の様子に、同じ学校だったら良かったのに、とこっそり思う。
そうしたら、わたしも制服の英介が毎日見られたのに。
「あ、ここ……」
「えっ?」
博物館の前を通りかかったとき、英介が足を止める。
「秋ごろから長期休館するらしいよ」
「えっ、そうなの?」
行事のたびに見学に来ていた小学生の頃と違って、中学に上がってからはなかなか訪れることがなかったこの場所は夜は昼間の様子が嘘のように静まり返っている。
いつも当たり前にそこにあり、これからも変わらずそこにあるのだと思っていた。
こうして、街は変わっていくというのだろうか。
さきほどの話が頭に残っているだけに、背筋がぞわっと冷えたのは気のせいじゃないはず。
「3年後にリニューアルオープンするらしいよ」
「リニューアルオープン?」
「そう。『名古屋の歴史文化から未来をつくる博物館』というコンセプトで改修されるとかなんとか」
そんなわたしとは裏腹に、さらに進化を続けるってすごいよね、と明るい声を出す英介。
「え、英介……」
「ん?」
「う、ううん、なんでもない」
前向きなその言葉に、心の奥が少しだけ軽くなった気がした。
「うららちゃん、やっぱり今日、なんだか変だよ」
「変じゃないよ~! やっぱり英介は英介だなぁ、と思って」
「えっ? どういうこと? 今までの会話になにかおかしなところでもあった?」
「だから、おかしなところなんてないよ〜」
そうよ。
街はただ変わるのではない。
過去の歴史をしっかり未来に繋げて進化していくのだ。
まっすぐ、まっすぐにと。
だからこそ、日々進化を遂げるわたしたちだって前を見て歩いていかないといけない。
そう思えたら、自然と頬が緩んだ。
「英介、ありがとね」
「え? どういう意味なの?」
わたしたちのおうちが立ち並ぶ住宅地に向かって次の角を左に曲がってあの光景を見るまでは、わたしもまっすぐ前を見て歩きたいと思っていた。
「ふふ、ひみ……え?」
街灯がついていて明るく暖かい街のはずなのに、奥に広がる道が闇のように真っ暗になった世界を目にするまでは。
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